| なんてこった! 第1話 お姉ちゃん見参 暑い日差しの中で、なんでわざわざ体育祭の練習をしなければならないんだろう。そう私は思った。グランドを延々と回る行進練習は、隣の一年生と二年生にピッタリと合わさるように、三年生である私が、お手本として、オイッチニイ! と元気よく歩かなければならない。 けれども誰がそんな恥ずかしい所なんて見せるもんか! お父さんとお母さんは、そんな頑張る私と弟を嬉しそうにビデオでとるんだろうけれど、勘弁してくださいと土下座をしてやりたい。 自分の小さな身長を、改めてビデオで見る程自虐的精神ができあがってる訳じゃないやい! やっとこさ訪れた休憩に、ああ耳元で先生の笛の音が響かない、やったーでもあつい! と叫びたくてたまらなかった。 けれども一年二年三年が入り乱れる木陰もないグラウンドであんぎゃー! と叫ぶ趣味はないのだ。 (けれども) 「あつい!」 私は大声で叫んでいた。下へとだらんと下げていた両手を、上へとべろんと上げて。べろん。おかしい。右腕を上げた瞬間、誰かの何かにべろんと触った。 私は改めて両手を上げた状態で、自分の右側を見詰めてみる。男の子の後ろ姿だった。男の子は目を大きく見開いていて、「えっ」といいながら私の右手を自分のお尻を何度も視線で往復させる。 改めて自分の右手を見詰めて、先ほど確かに触った筋肉質な彼の、えっとお尻を思い出す。赤くなりそうな顔にがばっと両手で覆って未だに私を大きく目を見開いて凝視している彼へと叫んだ。ごめんなさい、本当にごめんなさい! そういうつもりでごくりと空気を飲み込んで、 「尻の一つや二つでガタガタ騒ぐな!」 あれっ!? 「へいまぁ」と私は情けなく彼へとすがりついていた。私よりも一つ下なくせに私よりも大きな彼に正面からがばりと抱きついて、情けない自分の失態を思い出してはぐるぐると頭に回る。 柔らかいソファーの上で、彼はハイハイと座りながらも私の背中をぽんぽんとたたき、「馬鹿だなー、は」とため息混じりでいい放った。 もうちょっと自分のお姉ちゃんに敬意を払って欲しい。 「おしり、触っちゃったよう、山口くんのおしりー!」 「うんうんよかったじゃん、ケースケのファンなんでしょ」 「よくないよ、全然よくないよ! 出会い方がこんなのって最悪だ!」 そういって、ほんの少し眠そうな瞳をした弟の胸に抱きついて、わんわん泣きまくった。 山口くんは格好良かった。平馬のサッカーの試合の応援に行ったとき、がんばれ平馬ー! と叫んだ瞬間、その隣にいる男の子にはっとした。別にこっちを見た訳じゃなかったけれど、最初はうわ格好いい! だったはずが、サッカーの試合を、平馬と彼を視線で行き来する間に、うわ超格好いい! に変わってしまっていた。 平馬から同じ中学校だと聞いて、うっわお知り合いになりたい! とずっと思ってた。けれども「横山先輩」だなんて呼ばれて他人行儀に敬語を使われるなんてなんだか嫌だなぁ、と考えて、ずっとずっと我慢してたのだ。平馬が今日、彼を家に連れてきてくれる今日まで! (それなのに) それなのに、お尻ですか。中々休みのない、中学生にしては忙しい彼らの事情も考慮して(お姉ちゃんだしね!)まだかなぁ、まだかなぁ、とずっとずっと待ってたのだ。 お姉ちゃんとして紹介されるなら、横山先輩だなんてきっと呼ばれないに違いない。きっとあの素敵な笑顔で「さん」といってくれるはずだった。 「へーまのばかー!」 「………なんで俺が怒られんの」 ドンドンドン! とぐーの拳で彼の胸辺りを力一杯連打していると、振動で時々言葉をぶらせながら「ってさぁ、緊張すると変な事いい出すよね」とあんまりな答えを発してきたのだ。 ああそうさ! 私は極度にテンパると、頭の中の血管が二三本切れてしまうさ!(おかげで授業中にだってまともな発言できやしない) なんだかもの凄く悲しくなってきて、「うー」と私は短く唸って平馬にもう一回抱きついた。「鼻水つけないでよね」と可愛らしくもない事をいいながら平馬は私の頭をゆっくりとなで上げる。 ひくっ、ひくっ、としゃっくりのような息が喉の詰まっていて、ほんのちょっと苦しかったけれども、楽になった気がする。 「で、どうするの」 多分きっと、俺は今からケースケ迎えに行くけど、はどうするの、という意味だろう。私は平馬にくっついたまま、「ともだちの家に、いってる」とだけ呟いた。 あっそ、と平馬は私の脇へと手を伸ばして、フローリングの上へとよっこらしょと落とす。 やばいなぁ、かなしいなぁ、と思って、とぼとぼと玄関をくぐり抜けたのだ。 ケータイに平馬からの連絡があったのは、夕方を過ぎていた。『ケースケはもう帰ったよ』という簡潔なメールに、じゃあ私もお家に帰ろうか、と急に約束を取り付けてもらった友人に、ありがとうとお礼をいって、家へと向かった。 夜も眠れないくらい楽しみにしてたっていうのに、なんでこうなっちゃうかなぁ、とまたじわじわと目尻あたりに何ががたまってきて、鼻の奥がツーンとする。 泣いていいかなぁ、これ。 とぼとぼと歩く、オレンジ色の道は、とっても最悪だった。長く長く伸びた私の影に、やっぱりぽとぽとと丸い痕を残してしまった。ぽとぽと、ぽとぽと。 「へーまの、ばかぁ」 こんちくしょう、家に帰ったら平馬の横っ面をパンチして、抱きついて、鼻水付けてやる! (別に、平馬が悪い訳じゃないのは分かってるけれど、どうしようもないのだ) なんでこんなに悲しいんだろう、と考えてみると、もしかして私は山口くんの事が好きだったんじゃないだろうかと気づいてしまった。 話したことだってないし、遠くからじっと見詰めてただけなのに、早速私は人生初の恋を己の不注意で木っ端微塵にしてしまったのだ。始まる前に終わるって格好いいなぁこの響きと思ったけれど、実際はシャレにならない程悲しい。 山口くんに会ったら話す予定のお話を思い浮かべるたびに情けない気分になった。お家のくまちゃん(テディベア)に向かってリハーサルしてただなんて誰にもいえやしない。いや、平馬の部屋は私の部屋の隣だから、もしかしたらバレてるかもしれない。 さようなら私の恋。 そんな風にぐちゃぐちゃと考えていたから、そのまま家の中に入ればいいのに、何故かインターホンを押してしまった。ピンポーン。 「へーまぁ、ただいまぁ」 泣きそうにぐじゅぐじゅしたような声を出して、バッカだなぁ、は、という平馬の声を待っていた。けれども聞こえた声は「ちょっと待ってて」という男の子の声だ。誰だこいつ。家間違えたか。鼻がつまったら耳までつまるもんなのか。 がちゃん、と開いたドアの向こうで、私は平馬に飛びついた。玄関前だなんて知るもんか。姉弟のスキンシップの何が悪い。 「へーま!」 ぐりぐりぐり。おでこを平馬の見かけにしては厚い胸板にくっつけて(お姉ちゃんとして、筋肉質な弟はちょっといやだ)背中に平馬の手が回されてぎゅっ、とされるのを暫く待っていたけれど、おかしい、なんのアクションもない。 おかしいな、とそのまま突っ立っていると、「おかえり」と気の抜けたような平馬の声が、随分遠くから聞こえた。「とりあえず玄関閉めなって」 私の脇を誰かが通り過ぎるようにして、がちゃん、と扉が閉められる音がする。思わずその誰かを見てみると、いつもの気の抜けたような顔の平馬だった。 ………じゃあこれだれだ。 私は思わず顔を上げた。どっちかというとサイズはちっちゃい、身長順をするならば前にならえなんてしたことがない私のサイズで首を上げるのはちょっとしんどかったけれど、見上げた先には、ちょっとこまったような、今日のお昼に見たような、そんな顔。 「…………こんにちはー」 「…………こんにち、わ」 ご挨拶に、ご挨拶で帰してしまった。こんにち、わ。 帰ったんじゃなかったのか! と慌てて手を放して後ろへ飛び退くと、背中にガンッ! とドアにぶち当たってもの凄く痛かった。お尻もぶつけた。もう驚きのあまり、涙なんてひっこんでしまった。 「うわ大丈夫?」と手を伸ばしてくる山口くんから逃げるようにバタバタしても、彼は私の右腕と左腕を掴んで、よいしょ、と上手に立たせてくれる。「あ、妹さん?」 姉です! と叫ぼうとしたけれど、掴まれた山口くんの腕に、なんだか舌がよくわからない、ドキドキする、わ、私はなんて事をしてしまったんだ! 平馬は山口くんの疑問に、めんどくさいのか「そうそう」と適当に頷いている。適当すぎるだろ弟よ! 「ちゃん、だっけ。よろしく、俺平馬の友達」 両手を放されたかと思ったら、山口くんは私に右手をさっ、と差し出した。「握手」とにっかりと笑って、あれ、もしかして山口くん、今日のお尻をぺろんと触っちゃった事件、忘れてる? まるで初めましてとでもいいたげな態度に、とっても嬉しくなって、私はぎゅっと右手を握った。 まだまだ、大丈夫かもしれない、私の初恋、崩れてないかもしれない。 「横山、、です!」 「山口圭介です」 にっこりとお互い笑って、ぶんぶんと腕を振った。大丈夫、大丈夫。頭の中で何度もリハーサルしたおかげで、(くまちゃんと練習したおかげで)妙な事も口から出ないし、舌も噛んでいない。 平馬、嘘つきメールありがとう、とこっそりと頭の中でいおうとしたとき、彼はいった。 「ちゃんってもの凄く男らしいよな。確かに尻の一つや二つってかんじだわ」 ………いま、なんてった? なー? とかいってくる彼に、頭の中の何かがぷつんと切れた。 「お、お前に褒められても、うれしくないわい!」 あんまりにも男らしく響いた私の声に、呆れたような顔をした平馬が「ホントって緊張すると変な事いい出すんだから」と小さな声で呟いていた。 1000のお題 【67 ワイルドな彼女】 TOP NEXT 三周年アンケリクエスト、山口くんのお話という事で。 山口くんと横山が同じ学校な訳ないだろというツッコミは置いといて。 (いやいやもしかしたら……っ!)(………やっぱりだめか) 2008.07.29 |