がさり


第13話  バレンタインデー。と。





スーパーの袋を思いっきり床へと置くと、案外大きな音がした。
リビングから顔をのぞかせた平馬が、なにそれ、と呟く。「チョコです」「手作りじゃないの」「一応受験生です」

だったら別に買わなくていいんじゃないの、と面倒くさそうな弟には分かるまい。気持ちの問題なのだ。
「平馬の分もあるよ」と袋をいじれば猫の耳がぴんっと立ったような表情をしてのんびりとこちらへと向かう。ひょいと平馬が持ち上げた袋はゆさゆさと揺れた。
「ケースケのは?」
「あるよ」

平馬が持った袋に無理やり手をつっこみ、茶色い箱を取り出して、ひょいと鼻先へと突き付ける。「平馬が渡してくれないかな」 平馬は面倒くさそうに片眉をよせて、「別にいいけど」と小さく呟き、箱を受け取ってくれた。「」「ん?」


「俺がいっといてやろうか」


なんのことだ、と思って首を傾げると、僅かに瞳を逡巡させながら、「姉ちゃんだって」
ぽとんと言葉を落とすように話すことは、平馬の癖だ。

私はほんのちょっと苦笑いしながら、別にいい、と首を振った。本音を言えば、今更だった。
平馬の誕生日以来、山口くんには会っていない。学年が違うのだから、気をつけて行動していれば、当たり前と言えば当たり前なんだろう。時々見つけてしまう影を見るたびに、びくんちょと心臓が大きな音を立てて何故だか逃げなきゃ! と思ってしまう。そして逃げる。
私は山口くんにどう思われただろう。どうも思われてないかもしれない。


フラグがぽっきり折れたらしいあの日、心の方もぽっきりやってしまったのだろうか。
卒業という言葉が近くなる。
まぁ色々終了なのだ、色々と。




卒業式を面倒くさいな、と思う生徒は全国どこにでも存在するだろう。
それでもぐっときてしまうものがあるわけで、ハンカチ常備の生徒は賢い。目がしらを押さえながら通った花道は少々気恥しい。
ふと上げた目線の先に山口くんがいた。ぱちりと合った視線で、彼はパチパチと拍手をしていて、おめでとうとでもいうように、にっと笑っている。
(モロばれじゃないですか)

死ぬほど恥ずかしい。
私これ、すっごく痛々しい。

(忘れてしまえ)
もう全部忘れてしまえ。高校生になるんだ。中学のことは、全部忘れちゃえ。知らないふりしちゃえ。半年間馬鹿でした。すみませんでした、もう忘れてください、お願いします。
白いハンカチを額にあてて、顔を下に向けた。我慢した涙は、何を我慢しているのかよくわからなくなってきて、後で母に、ちゃんと胸を張って通らなきゃ駄目でしょう、と怒られた。



卒業した。

りりりりり、りりりりり、りりりりり


電話が鳴っている。お母さんが電話をとりあげたらしい。廊下の向こう側から僅かな話声が聞こえた。「ー」 呼ばれた声に、なんだろう、と腰を上げると、お母さんはにやついたような顔をして、
「山口くん」


「平馬じゃないの」
「違うわよ、どうやって聞き間違えるの、ほら」

押しつけられた受話器を耳に当てると、回線の問題なのか、いつもよりほんの少し低い声が、聞こえる。『………ちゃん?』
ぞわりとした。久しぶりなものだから、ばくっと心臓が動いた。
勘弁してほしい。勘違いするじゃないか。本当にそれだけは嫌なのだ、どどどどどっ、と速く聞こえる心臓の音が肯定しているようで、うん、と私は頷く。渡したいものがあるらしい。




夕暮れどきは、空に鳥が連なって飛ぶ。くの字型のそれは僅かにぶれながら、ついーっと私の頭の上を過ぎ去った。
住宅街の一角で自転車に腰掛けるようにしてぼんやりと空を眺めていた山口くんは、私に気づいたようで「お」っと顔を上げて、手のひらを振った。

「わ、渡したいものが、って」

上ずる声でほんの少し駆け足で近寄ると、うんと山口くんは頷き、肩にかけた黒いショルダーバックへと手のひらをつっこんだ。そこから取り出した袋を私の胸の前へとトンとつきだし、思わず呆然として見詰めてしまった。

「…………クッキー?」
「うん、ほらバレンタインのおかえしで」



やられた。最後までやられてしまった。
期待しました。ものすごく期待しました。思わず崖から突き落とされた気分です。「ああ、卒業おめでとうちゃん」 ついでに、今の私にはビシリと突き刺すような言葉に貫かれて、もう再起不能だ。

情けなくて、思わず涙が出そうで、ぎゅっと眼を瞑る。最後までこれですね。このやろ。このやろ。

「あとこっちも」
もういちどバックへと手をつっこむ音が聞こえて瞳を開けるとまたつきつけられたお菓子はましゅまろだ。なんでだ、と頭の上ではてなマークを飛ばしていると、「あ、飴わすれた」と驚いたように彼は顔を上げた。

「別にそんな、い、いらない」
「いや、だって」
「だって?」

困ったように笑った彼を見つめると、やっぱりふと、空気が重くなるのを感じた。これってなんだろう、と思っていると山口くんは言い辛そうに首をかしげて、誤魔化すように瞳を逡巡し、まるで何かのタイミングを計っているようにも思える。

「ホワイトデーのお返しってさ、そこら辺がセオリーじゃん」
「え、いや、そんなにいらない」
「だから、だからさ、オッケーするとき、そこら辺渡すって女子が」
「は」
「だからさー」

クッキーのふくろを持っていた手のひらがぎゅっと掴まれる。顔が近い。瞳が熱い。


「付き合ってくれない?」

違う、と山口くんは一人でごちて、「付き合おう」 何やら言葉を言いなおしていたけれども、最初とどう違うのかわからない。同じ意味じゃん。山口くんの中でどう差があるんですか、教えてくれ。

重くぐねっと漂っていた空気が、一瞬にして吹き飛んだ。
そのかわりに真っ白になった頭で泣きそうになっていた涙が本気でぼろぼろとあふれてきて、山口くんはあわてながら服の裾でぐいぐいと私の顔を拭う。ちょっとごわごわしているので痛い。

「な、なんで?」
「いやなんでって」
「私、妹じゃないし、姉だし」
「え、いやどっちでもいいし」
「よくないよ! 年上だよ!」
「そう? なんかごめん」
「頭撫でるなよ!」

ごめん、と聞こえる声は笑っている。
ちゃん、俺のこと好きでしょ。
ふと呟いた彼のセリフに、何いってんだこいつはと思いっきり頭を振ると、何故かあっはっは、と笑われた。なんでだ。


やっぱり、かっこいい。


ふと流された思考に、思いっきり頭を振って、山口くんを見た。手のひらを握られたままなので、後ろに引くことができない。がちゃん、と音がすると思えば、山口くんは腰かけていた自転車から降りて一歩足を動かす。

ぐっと強くひかれた腕の力の所為だ。
飛び込むように山口くんへ向かってしまい、彼は簡単に私をキャッチしてもう片方の手を私の背中へとまわした。胸の中でぐしゃりと袋がつぶれた音が聞こえる。二度目なのはわかってるけれど、相変わらず周りの音が聞こえなくなって、なんだかものすごく気持ちいい。そうか、ほっとするんだ。

忘れちまえ、と思っていた考えは、どこかへとふっとんだ。
代わりに押し寄せる胸の中で大きな波がやってきて、うーっと肩に力をいれて、そうか、と何かが分かったような気がした。


あの重い空気は、好きな気持ちなんだ。



ちゃん、俺のこと好きでしょう」

二回目のセリフに、私は自然に頷いた。ほっとしていて、落ち着いた気持ちなのに、胸にとんとんとん、と大きめな、けれども優しい心臓の音が響く。「付き合いませんか」 声が聞こえる。


頷いても、いいんだろうか。
本当のことをいうと、付き合うなんてよくわからない。好きだ、と考えてはいたけれど、その先なんて考えたことなかった。
私は高校生になる。
中学生のときのことなんて忘れてしまって、勉強をがんばって、平馬のお姉ちゃんをして、きっと新しく恋をして、あの人かっこいい、ってキャーキャー騒いで、でもやっぱりどこか素直になれなくて困ってしまって、「うん」

頭の中に過ぎ去る未来予想図はとってもリアルだ。けれども、リアルのかけらもないこっちが現実だ。勝手に頷いた声が出ていて、その瞬間、体が弓なりになっていた。
山口くんが、押しかかるように私のことをぎゅっと抱きしめたからだ。「やった!」、と笑った山口くんは、なんだか初めてみた笑顔だった(やばいかわいい)


恥ずかしさなんて知るもんか。
絶対、今は、素直になった方がいいに決まってる。ゆらゆらと沈む太陽は屋根の間に埋まっていて、空が暗いヴェールをかぶり始めている。遠くの遠くで、ぶーん、とバイクが通ったような音が聞こえた。見えないだろう、多分大丈夫、



ふと、初めて自分に勝ったときのことを思い出した。
おはよう、と山口くんに自然に挨拶ができた、そのときのことだ。


伸ばした腕は山口くんの背中にくっつく。指をすべらせてクッキーの袋は地面に落ちてしまったけれど、その分体を寄せた。思った通りあったかくて、平馬とはほんの少し違う。
「山口くん、私のこと好きでしょう」




うん、と力強く頷かれたセリフに、うわあ、と少しだけ耳が赤くなった。







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2009/03/26
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