夢と、 小さな庵の中で住んでいた。火にくべるための枝をさがしにと山へ行く。からころから、と下駄が音をたてた。そしてその瞬間、少女は顔から地面につっこんだ。けれどもさして気にすることもなく、乱れた着物を直してまたからころと下駄の音を響かせる。からころから。 枝を両手に抱えた格好で少女はぴたりと足をとめた。ころりと足が転がっていたからだ。いいや、足だけではない。人だ。横たわっている。暗い色をした服を全身にまとい、口元も布で隠している。彼は目をつむっていた。死んでいる。そう思ったけれども違う。僅かに胸が上下している。なるほど。と彼女は頷いた。そして彼を引きずるようにして自分の庵へと連れ帰った。それから二度こけた。 「ここはどこだ」 猫目の青年が、ぱちりと瞳を開けた。「ああ、気づきました?」 なんてことなしに少女は微笑んだ。彼の額に冷たい布を差し出す。けれどもそれは、はねとばされた。ピシリ、とそっけなく叩かれた自分の手のひらを見て、ぼんやりとした表情をする。青年は辺りを見回した。小さな小屋の中で、自分が一人で布団をぶんどっていることに気付いた。そして体を起こそうとしたが、中々身動きが取れなかったのだ。 足が折れている。それだけではなかった。体中から血が足りないことに気付いたのだ。 それでも必死にはい出そうとした。すでに仕えるべき主はいない。彼の目の前で死んだ。けれども、それでものうのうと一人で生きながらえる訳にはいかなかった。あとを追うのだ。仕えるべき主のあとを。「……はっ」 息を吐き出した。無理やりに布団から体をはいずりだそうとする。その手を女のやわ肌に掴まれ、縫い付けられた。 「何をする」 激しい叱責の声にも、彼女はおびえることはなかった。いいや、今の彼はただの不抜けた赤子のような存在だ。こんな小さな女一人に負けるほど弱っていた。女はじっと彼を見下ろした。無言が辺りを包みこんだ。そして女は彼の手を放した。「元気になりましょ」 そしてやんわりとほほ笑んだのだ。 何を、と反論する暇もなく、体は休息をもとめた。女は彼の頭をなでた。おそらく、血にまみれたそこをなでた。ゆるゆると彼の意識は沈んでいく。女の手のひらの感覚だけが残る。死ななければならない。死ななければならないのに。 主を失った今の自分は、 「元気になりましたか?」 「うるさい」 「あなたは忍者というものなのでしょうか。初めて見ました」 「うるさいな」 「忍者とは、何をするものなのでしょうか。実は私、よく分かってないんですよ」 「まもるもの」 「まもるもの?」 「ただ一人を、まもるもの」 「なるほど。実は私、よくいろんなところでこけて、困っちゃうんです。おっちょこちょいです。変なことに巻き込まれたりもするので、こんなへんぴなところに」 「だからなんだ。俺もその変なことと言いたいのか」 「あはは、違います。なんなら私のこと、護ってくださいませんか?」 「……ふざけるな!」 忍者は怒った。 何故お前などと。 女は笑った。冗談です、と軽く。 その日から忍者は女の庵から消えた。 さわさわと、風の音がなる。気づくと、女が集めるはずの枝は毎朝扉の外に積まれるようになっていた。からん、と下駄をならし、彼女がこけそうになる瞬間、何かにひっぱられたような気がした。一人で暮らしていたはずの庵に、温かい誰かの空気を感じるようになった。 「忍者さーん……」 女は片手で口を覆いながら、山へと向かい声をかける。「おにぎり、置いてきますからねー……」 返事はない。そして笹の葉に包まれた握り飯をことりとその場に置いた。 会うことはない。出会うこともない。 けれども、確かに、そこに 夢を見ていたらしい。竹巳にそっくりな男の人が怪我をしていた。目をぬぐおうとしたら、手を縛られていることに気付いた。そうだ、私は誘拐されたのだ。よくそんな中で堂々と寝ようとできたもんだ。 多分、大丈夫だと自分の中で確信しているからかもしれない。くあー、とあくびをする。そのとき、妙な音が聞こえた。何かを叩きつけるような音。瞬きした。部屋の中には自分一人しかいなかった。おかしい。なんで誰も誘拐犯がいないんだろう。 そのとき、誰かが部屋の中に入って来た。誘拐した男の人の一人だ。そのあとを追うように、小さな影が飛び出した。まるでそれから逃げるように、わあわあと彼は逃げ惑っていた。 男の人が両手を前に突き出して許しを請うように泣き叫んだ。その手を通り抜けるようにして、小さな影はぐるりと体を回転させ、彼の顎へとかかとをヒットさせた。「ぎゃうっ」と犬が蹴られたような声を出して、男の人が叫ぶ。そしてそのまま仰向けに崩れ落ちる。 私はぼんやりとその光景を見ていた。ほんの少し息を荒くして肩を上下させていた小さな影はゆっくりとこっちを見た。そして全身を固まらせた。 「………………?」 「…………たくみ……」 ああ、なるほど。と、よくわからないけど、そう思ったのだ。 ← ■ → 1000のお題 【578 衝撃的事実】 2010.12.17 |