例えば、自分の性別を疑ったヤツなんて、この中に誰かいるだろうか。
自分は男だと祖母に教えられ、そうだと信じ、俺は生きてきた。

例え、胸の前に脂肪が付いてたとしても、ババアがそれは出来物だっていえば、そう信じたし、例え、他の奴らに比べて身長が低くても、お前の両親は小さかったから、とババアがいえば、ああそうなのか、とぼうっと考えた。

俺は、男なのだ。
       ババア曰く



01



「このクソバアア! 死んじまえ!」

そんとき俺はそういった。元来俺は口が綺麗なヤツじゃなかったし、そんな言葉の掛け合いも、いつもの事だった訳で、いつもの如く、ババアが、「んだってこのバカ孫が!」と返事が返ってくる事を知っていた。
けれどもその時のババアの反応は酷く珍しいものだったと記憶している。

「ああ死んでやるともバカ孫が!」

俺は、何故だか妙な気分にさいなまされつつ、敢えていうのであれば、いつものババアの台詞が、微妙に違った事だった。
けれどもその後ババアが踵を返してドアの向こうへと、どかどかでっかい足音をたてながら去っていってしまったので、「まぁいっか」と軽く考えてしまったのだ。




次の朝、ババアは死んでいた。
いつまで経っても起きてこないババアに、イラついて、「このババア俺様が作った朝飯に謝りやがれ、冷たくなっちまうだろうが!」
お玉を片手に、ババアとチャンバラする覚悟で部屋の中へと飛び込んだ。

そんときババアは普通に眠っているのかと思えた。や、眠ってた。
真っ白い布団の中で、ひょっこりと出した顔は、カーテンの隙間から溢れた光に照らされて。何故だか俺は「ばあちゃん、」と声を掛けてしまった。
それからよく分からないのだが、ぽろりと俺の目から、汗が流れ出ちまったのだ。


それからの事は覚えてない。確か隣の家に住む、鶴さん(うちのババアと負けず劣らずの婆ちゃんだ)のインターホンを連打して、それからどうなったのか。

知らず知らずの内に、俺とババア二人だったはずの家は、たった半日前までは考えられない程の人数で敷き詰められていた。みんな黒い服に身を包み、ざわついたような、沈み込んだようなこの場所で、俺は延々と頭を下げる。よく分からないが、お客さんだから頭を下げなければいけないと鶴さんがいったのだ。



とうとう、俺の体は地に着いた。下げて、上げての繰り返しだった体は、ずぶりとそのまま下がり続けた。何もする気が起きなくなった。

何をやってんだろ、俺。そう思った時、「くん」と誰かに声を掛けられたのだ。「婆ちゃん」と声を掛けた俺と、何故だか被った。

ひょいと目線を上へと上げた。女だった。女は、「私はくんの叔母よ」といった。ババアの娘で、俺の母さんの妹だという。(ちなみに俺の母さんはもういない)

「大変だったわね」

女、いや叔母さんは、すらりとした顔に、幾分か影を落としながら俺にいった。俺は「いえ、別に」と答えた。本当に、何が起こったか覚えていないし、それよりも叔母さんの方が辛そうに見えたので、俺はそういった。

「あのね、くん」

改めたように、叔母さんは息をすって、俺の手をつかむ。なんだ、と考えるより前に、「今日から、あなたのお家は、私の家になるの」という。
ババアが居なくなった今、俺はこの家に残れない事を、今初めて気づいた。(なるほど)案外、俺は落ち着いていたのだ。

「それでね、くん、いえちゃん」

手を握りしめたまま、叔母さんは俺へと向かう。何故だかちゃん呼びになった事に疑問を感じて、「あの」と言葉を続ける前に、彼女に先をこされてしまった。

「戸籍をみて、分かったの。あなた、実は       女の子ね?」


とん、と止まった時の中に、この人は一体何をいっているんだろう、という疑問、そして俺を置いて淡々と進む周りの連中。
え? つまりどういう事よ。なんだ、え?


数日後、俺はババアが残した日記を見つめた。その中に、『は体が弱い。だから、男として育てなければ』と書いた謎の文章を見つける。
叔母さんに訊いてみると、昔、体の弱い男を、女として育てる風習があったのだと聞いた。…なるほど、その反対バージョンがあっても可笑しくないのかも…いや、可笑しいだろ、ありえないだろ。

取り敢えず、ババアへと湧き上がる殺意を胸に、俺は宍戸叔母さんのお家へとお世話になる事になった。男? 女? そんなのバカかよ巫山戯んな!

「このクソババア! 死んじまえ!」


 


2007.05.12