たとえば。想像してみてくれ。
勝手知ったる家の中に、知らない人間が紛れ込んでいたら。
そんで、ソイツの上半身が、裸だったりしたら。



02


正直、俺は自分の目を疑った。いや、疑ったなんてレベルじゃない、とうとう俺、可笑しくなったんじゃないだろうか、とも思った。特に変哲のない朝が来て、敢えていうとしたら「亮、起きなさい」と掛けられる声がなかった事だ。けれども今日は休日だった。ついでにいうと、珍しく部活がなかった。だから声がなかったんだろうと、勝手に俺は納得したのだ。

ダンダンダン、と音をたててリビングへと向かって、朝飯の準備をしているはずだ、そう思ったんだ。


ガチャリとドアノブに手を添えて、前へと押す。動いた。入った。前を見た。

「…んあ?」

ちなみにコレは俺の声じゃない。正直、情けない話なんだけどよ、声なんて出なかった、出せなかった。ぱっくりとマヌケなぐらい口を開けて、その女(その割に女らしくない声を上げた)を見た。

首に巻いたタオルに、腰へと当てられた、手。その片方は、当たり前の如くの牛乳瓶(ってオイそれ俺の)に、しっとり濡れた短めの髪が、なるほど風呂上がりなのか、朝風呂か、良いご身分だな、と思わせる。

きゅるりと無駄にでっかい目に、ちいさな口、長いまつげ。町中で歩いてたら、「お、可愛い」なんて思わず見ちまうレベルなのは確かだった。

けれども、その問題は、

「お、お前、その、ふ………服」
(ダメだマジでこれ以上いえねぇよ)(っていうかお前だれだよ)(つーか俺落ち着け)(驚きすぎて下半身も反応しねぇ)(……ヤベェ、意識したら反応してきたよ)


「ハァ? 服?」
「何で着てねぇんだよ!」
「着てんじゃん、ほら」
「(ち、近づくんじゃねぇよ!!)う、上!」
「ケチケチすんなよ男だろ」
「そういう問題じゃねー!」

ゴトン、と牛乳瓶をテーブルに置いて、「ぷはー。ごっそさん」
なんなんだコイツは、なんなんだよ! ぐるぐるといろんな言葉が頭の中で回りすぎて、頬がぴくぴくする。しゃべれない、下半身がやばくなってきた!(お願いだから隠してくれ)(そんなにおっぴろげだと、有り難さが半減すんだよ!)(そういう問題じゃねぇおれぇぇえぇぇえ!!!)

「何亮騒いでるのよってイヤァァアア!!!!」
なんて格好してんのちゃぁぁああん!!!

「か、かあさ、」
「アンタも何黙ってみてんのよぉおおぉおお!!」

力の限り殴られた。







「で、コイツはうちに居候することになったと」
「そうなのよ」
「そうそう」

ジンジンと痛む頬を氷で冷やして、じろりと実母をにらむ。うふふ、と誤魔化したように微笑む母さんに、もう何もいう気がおきない。はぁ、と一つしたため息に、「幸せ逃げるぞ?」と…えーと、、か。ここはお前の所為なんだよ、といっていいのかよ。いうぞ、それ以上いったらいうぞ俺。

「…なんで、教えてくれなかったんだよ」
「だって急だったんだもん」
「もん。じゃねぇって」

もっかいついたため息に、「幸せ、」とがいったあたりで耳をふさいだ。それ以上聞いたら俺キレる。

「それで、えっと亮にはちゃんに道案内してもらおうと思って」
「は?」
「ほら、やっぱり住んでる街の地形くらい理解しとくべきじゃない?」
「悪いな! 亮」

ぱんっ、と両手を前に出して、ちろり。とこっちを見ている(っていうか名前呼びかよ)(…別にいいけど)
しーん、と流れる空気に、三回目のため息。が「し、」といったあたりでいってやった。


「分かったから、さっさと準備しろ」
(俺って、なんでこんな押しに弱いんだろうな!)



こんこん、と靴の端っこを持って、つま先を押しつける。隣でもが小さな足を靴ん中に入れていた。「じゃ、俺いってきます」「ちゃん、わたしでしょ」「…あ、えーと、私、行ってきます」
隣でされる不思議な会話に(…俺って、今いったよな)ちょっと首を傾げてガチャリとドアを開ける。「ほら行くぞ!」

そのままスタスタと玄関まで出て、後ろからがついてくるのを確認した。
(俺、女って、苦手なんだよな…)

はぁ、と思わずしてしまったため息に四回目だ。と思った。丁度その時、が「四回目だ!」と少し嬉しそうに声を上げた。…だから、な、これお前の所為なんだっつの。
イラリ。一瞬だけ表に出しそうになった気持ちを、何とか収めた。…おちつけ、おちつけ俺。

「ごめんな」

一瞬小さく聞こえた声に、「え」と思わず小さな声を上げてしまった。後ろにとぼとぼと付いてきていた影をぐるりと思わず振り返ってしまった。
小さな影は、ぽつんと立って、「ごめん」ともう一度いった。

「ごめん、ほっぺ、痛かったよな」
「…べつに、」
「こんな風にさ、親戚ってだけで、他人の生活踏みにじるのどうかと思うし」
「…だから、俺はべつに」
「なるべく早く、出て行くから」

「だから別にいいって!」
(あ、やっべ叫んじまった)


なんか俺悪者みたいじゃん。やめろって。別にそこまで嫌だって思ってないし、ちょっとビックリしちまっただけで、別に迷惑とかじゃないし!
…って、いおうとしたんだけど、案外言葉ってのは口から出ないものらしい。「ばあちゃん死んだんだろ! しょうがないじゃんか。別にいいじゃん!」
……一文字すらいおうとした言葉と合ってない(何でだ)


は、道の端っこできょとん、とでっかい目をもっとでっかくさせて、変な風に顔を歪ませて、「亮って、いいやつなんだな」と、一言だけいった。
その後、小さく顔をうつむかせて、「あー、俺、なさけねー」
微妙に震えてた言葉に、今、自分がいった言葉を思い出した『ばあちゃん死んだんだろ!』…そうか、こいつばあちゃん死んだのか。

妙にイライラとしてきて、少し俺の後ろに歩くの手を、ひっつかんで、ぐいっと引っ張る。「うわ!」「んなトコでしょぼくれてんじゃねぇよ」

無理矢理ひっぱって、歩かせて、ずいずいと道を進む。跡部とか、忍足とか、滝とか。彼奴らなら、なんか上手い言葉を使ってなんとかするんだろうけど、俺にはそんな事思いつきもしねぇ。
ぐいぐい引っ張って、手から伝わるポカリとした温度に、俺の体温も、少し上昇したような気がする。

「あ、亮!」
「なんだよ」
「俺の事、でいーよ!」
「………(いきなりなんだよ)」
「俺、仲いいやつは、名前で呼んでもらいてーの」

あ、なんか今、また体温が上がった。すっげー今、ぐるりと振り向いて、の(違う、か)の顔見たい。けれども、勝手に動く口が、「うっせぇな、だろ」、というのはホント何でだ。
! っていってくれ!」「…うっせ(さっきから可愛い声でいうんじゃねぇよ!)」「りょーう」「(だから可愛い声でいうな!)」

熱い。なんかすっげー熱い。手を繋いでる部分が、熱い。
さっきから何回も、りょうりょうといっているコイツの話題をなんとかそらさなくちゃダメだ、と頭の中の何かが囁く(だってなんか俺、マジでやばいんだよ)
ピッタリと止まって、チロッと、隣のを見た。

「つか、さ」
「ん?」
「(く、首を傾げんな!)…お前、何で、俺っていうの?」
「へ? …ああ、」

にっこり、と沸騰しそうになるぐらいの笑みを見せて、小さな桜色の唇をあけて、そいつはいった。


「だって俺、昨日まで、自分の事、男だと思ってたもん」





静かすぎる沈黙に、ちょっと頭の中ショートしそうだ。



  


2007.08.07