子狐、こんこん




「あちゅふっ、あちゅふっ」

ラーメンが入った茶碗を抱えて、べー、と舌を出しながらひーひー言ってる子狐を見て、思わず彼はため息をついた。「お前、さっさと帰んねーと、親父が心配すんぞー?」「うるさい浦飯、俺は客だぞ、文句あんのか」「深夜のラーメン屋にがきんちょがいるのはこっちの体裁が悪いんだっつの」

あーあ、と腕を組みながら、もう一回ため息をついてしまった。
子狐は、「なんだとー! 俺からすればお前の方ががきんちょなんだぞー!」とお箸をぶんぶん振り回して、ついでにお尻の尻尾をばさばさ不本意そうに振り回している。頭の上には、銀色の三角お耳がのっかっているが、残念ながら、普通の人間には見ることができない。傍からみれば、ただの小学生のように見えるが、この実この狐、彼の仲間の一人である銀色狐の息子であり、正真正銘の妖怪だ。

ちゃん、ちゃんと冷まして食べなきゃだめだよー」と、赤ら顔の常連に頭をなでられて、「ばかにすんなよな!」と口では生意気を言っているが、尻尾の方はまんざらでもなさそうにパサパサ元気に振られていた。まあ、幽助にしか分からない訳だけど。

「それにしても……」 
ううう、と子狐は唸りながら、茶碗を見つめた。どんぶりでは量が多すぎると、ご飯茶碗に入れられた、狐専用ミニミニラーメンである。お箸のサイズもちょっとだけ短くなって、ミニミニだ。「お前のラーメンには、何かがたりない」「あー?」

何いっちょ前に文句言ってやがんだテメ、とカウンターに肘をつきながら、眉間に皺を寄せつつ狐のほっぺたをぶにぶに引っ張ると、「や、やめろお」とはバタバタ両手を振った。常連の客に、「ゆうちゃん、子どもはいじめちゃだめだよ」とたしなめられる。いつものことだ。「いじめてねーべ。スキンシップだよスキンシップ」「はなふぇー!!! はなふぇー!!!」 涙目である。


「で、何が足りないんだって?」

やっとこさ解放されて、ほっぺを僅かに赤くしたは、ふんっ、幽助から顔を背けた。そして斜めがけのポシェットからティッシュを取り出して、ちーんと鼻をかんだ。あったかいものを食べたから、鼻水が出てきてしまったらしい。ガキである。しかしながら、「ういー」と言いながら、鼻をずるっとすする姿はおっさんくさかった。

「あれだろ、足りねーだろ、あれが」
「だからなんだよ」

わからん、とばかりに眉をひそめる幽助を見て、はもだもだしたように手足をばたつかせた。「だから、あれが!」「あれぇ?」「油揚げが!!!」

油揚げが、たりねーだろ!?

と、主張する狐をまじまじとみて、コメカミに人差し指を置いてみた。「おい子狐、うちはラーメン屋なんだけどな」「知ってらぁ!」「だったらなんで油揚げだよ」 うどんじゃあるめーし。と思いながらを見下ろすと、狐は怒ったように耳をとんがらせて、バシバシ力強くカウンターを叩いている。「うまいだろ! 油揚げ! うまいだろぉー!」「あーもーわかったっつの」 だからちょっとおだまんなさい。


狐と言えば油揚げというが、妖怪にも当てはまるもんなんかねぇ、となんとも奇妙な気分になる。「わかったんなら今すぐいれろ!」「だからうちはラーメン屋だ」 あるわけねーだろーが。

そうかぁ? そうかぁ……としょぼんとカウンターにほっぺたをつけたを見下ろして、はいはい。と幽助はじゃっじゃと振りざるを動かしながら、「まあ、そのうちな」 パッと狐は顔を上げた。「ほんとだな!」「へいへい」「嘘つくなよ!」「ほいほい」 じゃっじゃっ。

「返事がてきとーすぎるぅ……」 ばかー、としょぼくれながら、再びカウンターにぺたっと体をつけるをちらりと横目で見て、そういえば、とふと呟いた。「……狐が油揚げが好きっつーことは……蔵馬もなのか?」「しらねーよう」「あっそー」


もしそーなら、面白かったのになぁ、と思いつつ、じゃっじゃとざるを動かした。ついでにぺたんと額をつけている狐の頭に、ばしっと一つ、チョップした。「あうっ」「だからさっさと帰れって」



   ***


一人のサラリーマンが、橋の下でぽっぽと灯りのともるラーメン屋台に、ひょいっと顔をのぞかせた。屋台の主は、どうにも若い。額にぐるりとハチマキをつくって、大きな鍋をぐつぐつ煮ている。「おにーちゃん、入っていいかい」「へいどうぞー」

メニューはそこね。と指をさされた場所を見てみると、手書きで書かれた紙が、屋台の端っこに貼られている。ふんふん、とうなずいて、最後のひとつを見たときに、んん? と彼は首を傾げた。「ねえおにーちゃん、これなんなの、きつねラーメン」 うどんの間違い? と首を傾げると、少年はカラカラと笑って、手のひらを腰にひっかけたエプロンで拭った。「間違いじゃねーよ。うちにはちょっと、狐が来るもんでね」

ちっちゃな狐、専用メニューさ、とおかしがるように言った彼のセリフに、ううん? とサラリーマンは首の角度を深くした。