4 わんこのおんがえし

「ろくもん、ろくもん、今日こそなでなでさせてねー」
「俺がするもん、俺がなでなでするんだもん!」
「姉ちゃんが先だよ、はアウト!」
「ろくもん、お馬さんになって、おうまさーん!」
「犬に馬になれとはなにごとかー!」

こらちょっと待ちなさいちょっとろくもんおうまさんおうまさん、ろくもんおうまさぁあーん!


勘弁して欲しいだわん。と思いながら、俺は背中の上に乗ってくる、殿の弟君、をげっそりした気分で見上げた。仲がいい兄弟だ。一宿の宿を提供される仲である。俺はそう思っていたのに、彼ら二人の兄弟は、「まあまあ、好きなだけいなさいな」と言うように、俺に朝晩二食のほどこしまで恵んでくれるのだ。

この真田幸村、受けた恩は必ずお返ししましょうぞ!

そう言って、「わわわわん、わふん、わほーん!」というと、「ろくもん近所迷惑だから静かにして」と怒られた。すまぬ。ところで彼らは、俺のことを”ろくもん”と呼ぶ。俺のふわふわした首元に埋まった六文銭をちらりと見て、なるほどそうか、と頷いたのだが、俺の名は幸村だ、そんな珍妙な名ではないぞ、ゆきむらだ、「わほほほん!」「ろくもんうるさい!」 にまで怒られた。

俺はしょんぼり尻尾を垂らしながら、ふろーりんぐ、と言うらしい床の上をちゃかちゃか歩く。「外じゃあ寒いしねぇ。おかーさんが帰ってきたらどうしよう……」と静かにつぶやいていたのだが、俺は彼女たちの気持ちを受け取ることにした。まったく、雨風がしのげる屋根まで提供していただけるとは。俺はなんという幸運な男で、彼らはなんと親切であるのか。

ちゃかちゃかちゃかちゃか。
しかしこのフローリング、どうにも歩きづらい。俺はつるつると足を滑らせて、どんどん四足が広がっていくのを感じる。ちゃかちゃかちゃか、と爪が床を弾いていた音は、ちゃっちゃかちゃか、ちゃっちゃかちゃか、ちゃっちゃかちゃか、と激しい音に変わり、まるで俺はふらふら踊りを踊っているように暴れ狂った。滑る。滑る。まるで氷の上にいるようだ。「ねーちゃーん、ろくもんがまた踊ってるー」「ほっときなさいよ。そのうち慣れるんじゃない」「すごい必死な顔してておもしろーい」「ちょっと待ちなさい携帯の動画で撮るから」

よく分からないが、屈辱な気分になったのは何故だろうか。




***



うちに新しい家族ができた。とは言っても、私が勝手に家に入れただけで、数日後に帰ってくる両親が、この大きいワンコを見たらどう反応するかと不安なのだけれど、弟のと言えば、「まあなんとかなるって、ろくもんカッコイイもん!」 とにこにこ顔で笑っていた。主に犬の上で。馬にしながら。

うらやましいなぁ……私もあともうちょっと小さかったら、無理やりにでも乗るのになぁ……とゴールデンレトリバーくらい大きなわんこをじぃっと見つめる。ろくもんが何かの恐怖を感じたのか、ぶるっと震えてを乗せながら逃げていった。フローリングにもそろそろ慣れてきたらしい。

それにしても。

ー、ろくもんはカッコイイじゃなくて、かわいいだよ」

わふわふ逃げていった犬のお背中を追いかけて、に言った。は、「ええー?」と眉を顰めて、「カッコイイだよ、オスだもん」「メスだよ、かわいいじゃん」「オスだもん。だって俺、ろくもんがお腹だしてるの見たことあるもん」「わ、私も見たことあるもん」


俺が正しいよー、私だもんー! と小学生の弟とバタバタ手を暴れさせて喧嘩していると、の下のろくもんが、自分の話題だと言うのに、不思議気な顔をしていた。私とは、ババッとろくもんを見つめて、「ふおん?」と言いながらろくもんは真っ黒い鼻をふるふると動かし、私とを見つめる。野生の勘だろうか、何か不穏な空気を察知したらしく、そのまま激しく逃亡しようとしたところを、「!」「あいさー!」 姉弟パワーである。

がっちりにホールドされたろくもんは、ぶるぶる震えていた。よくよく考えたら、私はまともにろくもんに触ったことがないのだ。なんていったって、私が触るのを、この子は嫌がって嫌がって仕方がない。
嫌われているのだろうか、と悲しくなるのだけれど、そんな訳ではないらしい。触るのだけが勘弁とは、なんとも変わった犬である。


それでは、丁度いい機会ですね、と私とが手のひらをわきわきしながら、ろくもんに飛びついた。「さてさて、オスメスどっちだー!」「オスだー!」「メスだー!」「わふおおおおおおおおおおおん!!!!!」

聞いてて悲しくなるような、切実な叫び声というか鳴き声でろくもんが叫んだのだが、まあ、気のせいという奴だろう。とりあえず賭けはの勝ちだったので。なんだかちょっぴり悔しかった。こんなにもこもこしててかわいいのに。くぬぅ。


  

2011.09.24