3 わんこのおんがえし

「ところでいまさらだけど、君は野良なの?」

真っ白犬は私の疑問に「くおーん?」と首をかしげた。まったくわからん。


お腹がいっぱいになったらしい真っ白わんころのもふもふした首元を、私はじぃっと見つめた。六文銭に紐がかかり、ぐるっと彼の首元へ苦しげにまかれていた。「首輪かなー?」 普通に考えたら、多分そうだろう。やっぱり野良じゃなくて、迷子犬なのかなぁ、と思うのに、彼は「くおーん?」と首を掲げるばっかりで、家に帰りたがる素振りも見せない。

「ううーん、どうしたものか……」

まあ迷子にせよ、野良にせよ、あのままほっぽり出してたら保健所決定に違いない。とりあえずしばらくうちで面倒を見て、近場で尋ね犬をしている人を探せばいいのだろうか。お座りしたままのわんこを見下ろすと、彼は左右に首を揺らした後、ぺこんと頭を下げた。まるでお礼しているみたいでかわいい。

私はにまーっと笑って頷く。よし、君の名前は「ろくもんだ!」 単純というなかれ。とりあえずの呼び名がなければ不便というものだ。「ろくもん、ろくもん〜!」といいながら頭をよしよししとうとすると、さすがわんこ、野生の動きでそささっと滑り込むように逃げた。なんだと。もういっちょ、と押さえ込むようにしてゲットしてやろうとしたが、腕の間を滑り込むように逃げる。そしてそのまま勢いずいて、ドアに頭をぶつけ、「きゅおん」と悲しげな声を出している。

「……そんなに、なでなではいやですか……」

そういえば、さっきよしよししたときも、力の限り抵抗して叫ばれてしまった。わんこはよしよしされるのが好きなものだと思っていたのだけれど、勘違いだったのだろうか。ちくしょう。

私が恨みがましげな瞳でじいっと見つめてみると、ろくもんはまたまたすみませぬ、というようにぺこんと頭を下げた。なかなか賢い子なのかもしれない。


ぽーん、ぽーん、ぽーん、と時間を告げる音がする。もうこんな時間かー、と時計があるリビングに目を向けて、あいつ、なんでだか帰ってこないぞ? と眉をひそめた。お父さんたちが出かけているから調子にのってお友達と遊んでいるのかもしれない。「まったく、あの子は」と頬を膨らませたとき、ガチャリとドアが開いた。ドアにもたれかかっていたろくもんが、ころんと外に飛び出る。それを見て、、弟が、「ぎゃー!」と言って一歩後ろに去った。

おかえりーおそいよー」
ねーちゃんぎゃああー! でかいよこいつー! なんなのこれー!」

小学三年生の弟、がどんぐり眼を大きくさせて、「でっかー!」と言い直した。



***



童だった。
おなごからのなでなでという破廉恥な事態を逃げることに成功した俺は、「こえええー!」と叫ぶ童を見上げる。先ほどの会話を聞く限り、彼らはという名前らしい。「こえええー!」 なるほど、俺の外見は必要以上に他を圧迫するらしい。そういえば、このというおなご以外には恐ろしいと逃げられてばかりであった。さすがに石を投げられるのはへこたれた。

殿は宿を提供してやろうとありがたい善意をいただいたが、さすがに彼までおどかせるわけにはいかぬ。俺は早々にその場を立ち去るべく、扉に背を向け、そのまま去ろうとした。しかしそれは、小さな子どもの手により阻止された。「ちょうもこもこー!」 が俺の首筋に顔をうずくめて、もふもふ! もふもふもふ! と幸せげな声を上げている。いったいこれは。

そんなを、殿は「ううう、うらやましいなぁ、代わって代わってぇ!」と腕をばたばた振り、は必死にもこもこを続けていた。正直こそばゆいので勘弁してくれぬだろうか! と叫びたいのに、こんなに抱きすくめられてしまっては抵抗すらできない。

やっとこさは俺から手を放し、ようやく力が抜ける、と思ったとき、のしりと背中が重くなった。「の、乗れたー!!」「い、いいなぁー!」

いったいなぜこのような。
四本足で立つ俺の背には、小さな少年が。耐え切れぬほどではないし軽いものだが、何やら奇妙な気分である。は俺の背でばたばた暴れた。「なあなあわんこ! 歩いて! 歩いて!」 俺はのそのそと歩いた。背中では童が興奮している。殿が「いいなぁいいなぁ!」とばたばた腕を振っている。


奇妙な兄弟であった。
俺はのそのそ馬になったような気分でしばらく歩き回り、いつの間にやらこの家に居つくことになってしまったのだった。





  

2011.07.25