ぱち、ぱち、ぱち
火の粉が弾ける音が聞こえる。
「まったく、旦那ったらバカだねえ」
アホでもあるね。と呆れたような佐助の言葉に、俺はぶうたれた顔のまま燃える炎を見つけた。ぱち、ぱち、ぱち。慣れ親しんだ布団が、じっくりと時間をかけて、すすの中に埋まっていく。「何がバカだ」 ぽい、と手短の枝を投げ入れて、燃え移る炎を見つめた。「だってさあ、そこは普通、強引に止める場所でしょ。そのまま見送っちゃうなんて、バカの極みだねえ」
女将さんに、泣かれてしまいました
旦那さんにも、なんにもお返しすることができなくて、まったく。恩知らずな女ですねぇ、と最後に会った彼女は苦笑していた。恩知らず。自身はどうなのだろうか。恩を返すと言いながら、ただ彼女のそばにいたい。そう考えていただけなのかもしれない。
「約束したからな。必ず、元の場所にお帰しすると」
「いらぬおせっかいってこともある」
「帰りたいと、どのはそう言っておった」
「本心の言葉だったとしても、人間気持ちは変わるものだよ」
「俺ならば、元の場所に帰りたいと願い続ける」 そう言った。相変わらず佐助は呆れたように息をついて、「そりゃ旦那だからさ。旦那とちゃんは違う」 わかっていたことだ。
思わず、俺は彼女をひっぱった。落ちていく。初めて彼女が自身の布団で寝入ったとき、そう思った。ぞっとして、慌ててひっぱりあげたあと、そうした自身を悔いた。必ずお帰しする。そう言っておきながら、本当の気持ちでは、彼女が帰らぬことを望んでいた。「あちらの世界には、どのの父や、母や、弟がいる」「家族よりも、別のものをとるってこともあるさ」「さあな」
終わったことだ。とまだポキリと枝を折って、炎の中に投げ入れた。
「どのは、迷っておった。いつまでもこちらにいては、あちらの世界でのこともある。考える時間もない。だからな、俺は背中を押したのだ」 少しでも、彼女の迷いがなくなればと思ったのだ。
「あとは、俺が少し、我慢をすればいいだけだ」
寂しくとも、彼女のことを覚え続けていたらいい。「ちゃんの方は?」 腕を組んだまま、佐助はこちらを見下ろした。「ん?」「んにゃ、別に」 いいけどね、と面倒くさ気な声だ。
懐から、一本の串を取り出した。彼女と祭りで食った団子の串だ。ぴろぴろ、と指先で遊んで、これも投げ入れるべきかと考えた。少しだけ振りかぶって、ため息をついた。そのまま懐に戻して、すとんと座った。「なんていうか、旦那も大人になったのかもねえ」「妙に響きがバカにされておるような気がする」
はは、と佐助は笑った。
「それが分かるんなら、十分だ」
***
わん、わん、わん
くるくると、真っ白な犬が走っている。首元にはちゃりちゃりと六文銭をつけて、へっへと舌を出しながら、しっぽをぱたぱた振っていた。
そんなに走ったら、また汚れるよ。そう怒って、わんこを追った。
こっちだぞ。
そんな風に、ぱたぱた尻尾を振っている。
こっちでござる。
なぜだかその子は、ござる口調だった。
「…………ろくもん…………?」
目を覚ました。泣いている人たちがいた。妙に懐かしい気持ちになった。うえ、うえ、と赤ちゃんのような泣き声で、が私の手を握っている。不思議に思って、きゅっ、と彼の手を握ってみた。は少しだけ目を開けた。そして、また握り返した。
ぎゅっと握り合った手のひらは、ひどくまた、懐かった。悲しくなって、ぶるりと唇が震えた。昔よりも、ボロボロになってしまった手での小さな背中を抱きしめた。二人一緒に、声をあげて泣いた。
今度は私が抱きしめる番だった。
こうして、物語はこれにて終了する。
一人姉の物語は、閉幕した。
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