うちの姉には、秘密がある。
秘密と言っても大したことがないかもしれない。何年も昔、神かくしに遭ったことがあるという。ある日いきなり姉ちゃんは姿を消して、またいきなり、ぽろっと家に戻ってきた。
何があったのかと誰が問い詰めても、何も覚えていないと姉ちゃんは首を振るばかりだった。けれども、俺は知っている。
姉ちゃんは、センゴクジダイに行ってしまったのだ
そんなことを言っても、きっと誰も信じてくれない。姉ちゃんは、そう知っていたから、そっと俺に教えてくれた。まあ怖いとこだったけど、いい人もいたよ。そんな風に言っていた。
それを、俺がどこまで信じているかと言うと、姉ちゃんが言うんだからそうなんだろう、と案外適当に考えている。
それと一つ、姉と一緒に消えたものがいる。ものというか、なんというか、そいつの名前はろくもんと言って、ふわふわ真っ白毛の大きなわんこだ。首元にちゃらちゃらとお金を六文つけていたから、そんな名前になったのだけれど、昔の俺は、ろくもんって名前なんだから、ろくもんなんだろう、とやっぱり適当に考えていた。
ろくもんは、よく家出をする犬だった。だからいなくなったときも、今度もまた長い旅に出たんだろう、とみんなあまり深くは考えていなかった。それよりも、ろくもんがいなくなると同時に、姉ちゃんも消えてしまったから、そんなことを考えている場合ではなかったという方が正しいのかもしれない。
姉ちゃんは帰ってきた。
けれどもろくもんは帰って来なかった。
オニューの運動靴に足を通して、よっこらせ、と立ち上がる。「、入学式、遅刻しちゃだめだよー」「へいへい」 わかってらあ、と片手を上げて、そいじゃあね、と首元の襟に指を通した。制服なんて初めてだから、なんだか変な感じである。
「ねえ、姉ちゃん」
「ん?」
「犬、飼わないの?」
うーん、と言う風に、姉ちゃんは困った顔をして首を捻った。「冗談だよ」 まあでも、と立ち上がった。「もし飼うってんなら、あいつくらい変わった犬がいいな。自分が武士だって主張してるやつ」 姉ちゃんが何かを言う前に、俺は立ち上がって玄関の扉をひらいた。
「いってきます!」
俺と姉には、秘密がある。
姉は、センゴクジダイに行ってしまったこと。
俺は、自分が奇妙な力を持っていること。
いいや、いたこと。
踏み出した足は、すとん、とどこかに落っこちた。
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