スカーレティシア城を、見事トラン軍は打ち破り、新たな戦力を手に入れることとなった。
     ミルイヒ・オッペンハイマーを、トラン軍の一員とする!」

そう、赤と緑のバンダナをたなびかせながら声を張り上げる、青年と言うには少々若すぎる彼を見上げ、無意識にも自身の口元をいじっていた。
     彼はクワンダと同じく、ウィンディに操られていただけである。だというのに、首を切り落とし、晒し者にしてしまっては、トラン軍も、赤月帝国と同義となってしまう。かつ、彼は有能な将であり、トラン軍に大きな利益をもたらすものだと。

簡単にまとめればそんなところだ。ただしさすがの手腕といったところなのだろうか。言葉一つに重みがあり、ミルイヒの肩に手を伸ばす軍主を見てしまえば、ミルイヒがなんとも哀れで、悲劇の将にでも見えてくるものだから、不思議なところだ。
クワンダという前例もあったが、彼はグレミオをその手にかけた。暖かな春のようなあの男性は、トラン軍ではよく慕われていたらしい。一番に悲しむべき軍主を差し置いて、堂々と涙を流すものは少なかったが、鼻をすする音はそこかしこから聞こえていた。

だというのに。
(大した演説力だな……)

天魁星とは、往々にしてどこか似通っている。人を惹き付ける“何か”がある。とはいえ、は歴代の中で、ぴかいちと言ってもいいかもしれない。群衆達は、彼の言葉を鵜呑みにするわけではないだろう。軍主の言葉を聞き入りながらも、群衆は互いに肘を突き合い、言葉を交わし、意見を交流させている。ただ、確実に、これはきっかけの一つとなった。これが現在、彼が望んでいる流れであるのだろう。
ざわつく広場の真ん中を見上げ、瞳を細めた。

あの少年の心内は、一体、どのようなものなのだろう。



***



「いい加減にしてよね」

ひどく不機嫌な声に引き止められた。こちらに聞かせているのか、それともただの独り言なのか、なんとも言えない声音だった。振り返るべきか、否かと考えしぶしぶ声の主を見つめると、普段は石版の前からてこでも動かない、という噂の少年が苛立たしげに杖を握りしめ、会話をするには遠すぎる距離のまま、こっちを睨んでいる。

「何か、御用で? ルック」
さん、と敬称をつけるべきかどうか、少し悩んだ。これでもある程度の礼儀は心得ているつもりだ。自身の見かけと、彼のおそらくと思われる年齢を想像し、今更ながらに敬称をつけようとして     「そこのチビ」 すぐさま考えを改めた。

「こんにちは、ルック。そういえば、自己紹介をしていなかったね。私は
「うそぶくな、チビ」

これでも、かなり改善はされているのにな、と自身の体を見下ろす。前々から、服のサイズが合わなくなった、と考えていたが、今はこれが顕著だ。最近は新たに二人目の料理人も加わり、食事のレパートリーが増えたこともあるが、やれ子どもは食えと無闇矢鱈と口の中に詰め込んでくる人間も増えた。主に熊とか。虎の被り物とか。

うーん、と口元に手を当てて考え込んでいると、ルックはイライラとした口調で、「この間は一度きりだろうと思ったから許してやったけど、こう何度もなるとたまったもんじゃない。いい加減にしなよね」となんのことだかわからない文句でこちらをぶつけてくる。

「……申し訳ないのだけれど、一体なんのことだか。人違いではないかな?」
君が言うチビ違い。という言い方は少々自嘲的過ぎたので控えておいた。

「この間のスカーレティシア城の攻略。どうせ、あんたがいらないことを言ったんだろ」
そっと天井を見上げた。意外と心当たりのある内容だった。

     『ルックという少年が、いい仕事をする。それくらいですね』
     『参考にしよう』

「いや、まあ」 言葉を濁そうとして、「いやいや」と不可思議な言葉を呟いてしまった。しかしながら、自身は軍師に事実を告げただけであり、それをどう判断するかというところまでは責任を取れない。という言葉を飲み込み、微笑んだ。そして杖で打たれた。「うっぶ!」 たいして痛くもないし、避けようと思えれば避けることもできたが、案外いい音が城に響いた。何事かと周りから若干の視線を感じる。

「さ」 言ったら、またぶたれるのだろうな、と思いながら、この少年には言ってやりたい。「才能の、使い方というやつっぶ!」 やっぱり殴られた。
ルックは軽く舌打ちをして、幾度か杖を地面に叩きつける。振りかぶる練習でもしているのか。やめてくれ。

「あんたよく、あの目が細いやつと悪巧みをしてるんだろ。言っとくけどね、僕は確かに手伝えとは言われたけれども、こき使おうってんなら話は別だからね。あの目が細いやつに言っといてくれよ」

そう吐き出すだけ吐き出し、コツコツと石畳の道を歩いて行く。定例の石版の部屋へと戻って行くのだろう。
それにしても、(悪巧みか……) なかなかに、不本意だった。長く生きてきたが、初めて言われたような気がする。
そして、目が細いやつ、と少年に称される軍師に、心の中で手のひらを合わせた。せめて本名を呼んでやってほしい。

「おい、ガキ同士なんだから、ちゃんと仲良くなっとけよ?」
「……ビクトール」

どこからか現れたのか、一方的に殴打されていた姿を目の端にとらえていたのだろう。わしゃわしゃと彼が面白がって頭を撫でるものだから、ただでさえ鳥の巣である頭が、より本物に近づいていく。
「すべてのガキが、仲良くできるとは限らないのですよ」
ため息つきの言葉だ。
……とは言っても、星に好かれたあの少年。どれだけ嫌がられようとも、関わりはできるのだろう。
(あなたと、フリックさんと同じようにね)



2018/02/12