「一人で勝手に消えたあげくに、ネクロードの真の紋章に干渉して、魔力勝負を仕掛けたって?」

きみは何を言っているの? と今現在、私は文字通りにさんに首根っこを捕まれ、ぷらぷらと地面とのしばしのお別れを経験していた。「確かに少し……調子に乗っていたやも……」「少し?」 ハァン? とうちの軍主がきこえねーなー、と眉をぴくぴくさせている。「とても調子に乗りました」「本当にね」 ぽてん、と地面に落とされた。


結果として、ヒックス含めたさんの素早い行動により、私達の危機は脱した。ネクロードは見事ビクトールにとどめを刺され、ただの灰となって消えてしまったが、彼の元となっていたはずの月の紋章は一体どこへ消えたのか。なにやら違和感を抱えつつもさんにあらましを伝えた。そして首根っこであった。

「まあ、くんが行かなきゃ、テンガアールがネクロードの文字通りの“毒牙”にかかっていた可能性もあるし」

結果的にはよかったのかな、とテンガアール達には聞こえないようにして、ひっそりと彼は呟く。今更恐怖を思い出させるわけにはいかない、と彼なりの気遣いだろう。前々から知ってはいたがこの少年、できる男だ。


そして解放軍にはいくつかの変化があった。まずはビクトールだ。彼は解放軍から離れ、故郷にかたきを討ち取ったことを報告すると旅立った。花をひとつ供養にささげて、すぐに戻ってくると軽やかに消えてしまった。彼の腰に携えられた星辰剣も一緒だ。まあ、こちらから声をかけなければ彼も気づかないだろう、とめんどくさいのでそのまま見送った。どうせすぐに戻ってくるだろう。

そしてもう一つ。新たな戦力が加わった。テンガアールの父親であるゾラックが、周囲の村をまとめ上げ、解放軍への参戦を誓ったのだ。これでロリマー地方の大半を味方にしたことになる。躍進だった。もちろん、テンガアールも解放軍に参加することとなった。やめようよ、危ないよ、と相変わらずヒックスは繰り返していたが、それでもテンガアールの背中についていく姿は中々のものだ。


「ヒックスの成人の試練にも丁度いいし、女でも戦えるんだっても教えてくれたしね! 僕ももっと腕を磨いてがんばるよ!」

と楽しげにおさげを揺らしている姿を見て、私はうんうんとネクロードの城でのことを思い出した。別に解放軍を代表しているわけでもないくせに、格好をつけたり。『あなたはとても努力した手をしている』なんて言ったりとか。ピンチを救ってくれたテンガアールに、『すばらしい判断です』とか。色々。もろもろ。「調子に乗っていてすみません……」

あのあとのさんのお説教が心に響きすぎたのか、土下座に近いことを行った。テンガアールは「ええ!?」と驚きながら目を白黒させている。いやほんとに。「恐らく高ぶっていました。すみません。文字通りに調子にのっておりました」 月の紋章を見て、過去に気持ちがダイブしていたのかもしれない。今はこのとおりちんくしゃである。

「いやいや、がいてくれたから、僕、心細くなかったよ。本当に嬉しいし感謝している」
「ぼくもです……」

端から見守っていたらしいヒックスが、ぽそっと呟く。「感謝してもしきれません!」「ちょっとヒックス。次は君が守ってくれなちゃいけないんだぞっ!」「そんな、ぼくにはまだ荷が重……いや、が、がんばる……」 テンガアールの眼光に、もにょもにょと言葉が小さくなる。コントか。

「なんにせよ、きみはここに来させてくれたきっかけの一つだからさ。謝るなんてよしてくれよ。僕はきみがいてくれて嬉しかったんだから」

それよりも、今度は紋章を鍛えようと思っているから、そっちの修行を手伝ってくれないかな!? とやる気満々に力こぶを作る少女に、もちろん、と頷く。

「まあ紋章は(現世では)宿したことないんですがね」
「冗談だろ!?」




そんなこんなでともかく、私はずるずるとに城内を引きずられた。これは逃げても無駄である。まあもともと、軍主の命令には従うべく動いているわけだが。

「解放軍も兵力を増してはきたけど、また帝国には届かないからね。次は竜洞騎士団の力を借りようかと」
「それは……まあ……」

いいんじゃないですか、と頷く。どうせマッシュの案であろう。竜洞騎士団と言えば、文字通り竜にまたがる生まれついての騎士達だ。あまりの強大さに、彼らは常に中立を貫いてきた。下手にどちらかに肩入れしてしまえば、それだけでバランスが崩れてしまうほどに強く、気高い騎士達だときいている。

「それで、なんでまた私に」

また旅ですか。もとは薬屋なんですが、とここのところの自身の働きっぷりにため息がもれた。「いやでもきみ、真の紋章に詳しいんだろう」 返答ができず、口をつぐんだ。「ネクロードの紋章もなんとかしていたし」 とても自業自得であった。

「竜と言えば紋章だろ? 紋章をくぐって異世界から来たとかなんとか。それならまあ君も一緒の方がいいだろうと満場一致で」
「どこの満場ですか! ……まあいいですけど」

とは言っても、竜に関しては私も範疇外だから、よくわからないと思いますよ、と一応は告げて、荷造りくらいさせろとばかりにの腕を振りほどく。さて、なんの薬を持って行くべきか、と頭の中と指を折って考えていると、「ねえ、くん」 いやに静かな声でがこちらに声をかけた。

「きみは、星辰剣も知っていたのかい?」

外では子どもたちが嬉しげに走り回っている声がする。窓から見下ろすときらきらと反射して光る水面に思わず瞳を細めながら、「まあ、そうですね」と、適当に返事をした。もとは彼も夜の紋章から生まれたものだ。それがなんの変わり者か、普段は剣の姿をして人間を尊大な態度でこき使う悪癖がある。「あいつが……」 なぜだかは、とても言いづらそうに声を漏らした。長く待った。彼にしては珍しい。ただ、それほどの時間が必要だったのだろう、と彼を見つめる。やっとこさもらしたの声は、珍しくも小さく、消えてしまいそうだった。

「あいつが、過去を見せた」
「……過去?」
「洞窟で、星辰剣に過去に飛ばされた。それが本当のことなのか、ただ幻覚を見せられただけなのか、正直よくわからない。わからないんだけど、俺は     テッドに会った」

幼き頃、テッドの村をウィンディ達が滅ぼした。その手下の姿にはネクロードもあった。だからだろうか、とは語った。小さな少年はとても心細げにの手を握りしめて連れて行ってくれと懇願したという。右手で、躊躇もなく握ったのだと。どう言葉を返せと言うのだろう。

「……その、場所と、星辰剣の魔力、2つが噛み合って、過去に飛ぶということも、もしかしたら、あるのかも」

そう仮定して、互いに床を見つめた。羨ましい、私も会いたかった。そう叫べばいいのだろうか。でもきっと会ってしまったら、私は無理矢理にでも彼をこちらに連れてきていたかもしれない。だからきっと会わなくてもよかったのだ。そうだろうか? 何を壊しても、彼を生きながらえさせるのなら、そうするべきじゃないだろうか。それこそ私の一番大切なものをなくしてしまったとしても。

「テッドは、生きていますから。彼がウィンディに捕えられている限り、そして私達が解放軍である限り、必ずどこかで会遇するでしょう」
「……そうだね」

そう返事することしかできなかった。
ああ、彼は生きているんだから。




***





一人、小さな椅子に座っていた。椅子に座っている。そう言葉を頭に落として、それはなんだったかな、と首を傾げる。よく意味がわからない。

ときおり、ふと忘れてはいけないものがあるような気がして右手を握りしめた。ねぇテッド、テッドったら。どうだい、耳は聞こえているのかい? 女の声が聞こえたから、ゆるゆると返事をした。そりゃよかった、と女は笑う。そろそろあんたの出番だよ。うまく出来上がったじゃないか。

ケタケタと甲高い音が響いている。ああ、そうだ。忘れちゃいけない何かがあるんだ。でもそれはなんだったか。

いつの間にやら、右手を握りしめていたこともすっかり忘れていた。隠さなければいけない、渡してはいけない何かがあったような。でももう全部忘れた。



彼女の名前も、もうわからない。



2019-10-12