この間の饅頭騒動から暫く。
私は相変わらず屋根の中をごそごそ移動していた。リーダーの鼻のききがなんともいいということで、食事時は相変わらずフンギさんの厨房から頂いている。ところでこのごろ、ネズミ捕りの仕掛けがまた増えた。一応私も(主に屋根裏とかで)目を光らせているのだけれど、ねずみの姿は見かけない。不思議だ。このごろのねずみは、姿を隠すことも上手なのかもしれない。
こそっと覗いていると、ネコボルト族らしき猫さん達が尻尾をぱたぱた、ねずみはどこだと瞳をきらきらさせてそこら辺を探索していた。そしてその後ろを、髪の毛をちょんと後ろで雀のようにくくった無口な青年がしずしずこそこそとくっついて行っている。なんなんだ。一度彼がトラヴィスと呼ばれていたのを聞いたことがある。
(うーん、この船、そろそろ構造がわかってきたような、微妙なような……)
この船は驚くべきことに、複数の階層があり、初めは屋根裏にだけ潜んでいたのだけれど、このごろ床下の方にもテリトリーを広げることができるようになった。空間がつながっているところをうまく利用して、ごそごそと辺りをさぐる。ところで不思議なのだけれど、屋根下にまでキノコやミントが植えられている場所を発見してしまった。
これはこっそり撤去とか色々させてもらっても構わないのだろうかと考えた後、まあ問題ないだろう、と判断したきのこをモグモグさせていただいた次の日、「き、き、き、きのこがなくなってるううううう〜〜……」という少年の悲壮な声が聞こえたので、今後近づくことはご遠慮させていただいた。
色々と、近づくには勇気のいる場所が多い。まあ、飽きることがない。面白い、と言ってしまえばポジティブだけれど、慣れない場所で一歩動いてしまえば地雷を踏んでしまいそうで、激しく怖い場所でもある。
そして今現在、私はその慣れない場所で、ぼんやり肘をついて、階下から聞こえる声を、静かに耳にしていた。「
そんなの……俺の知ったこっちゃない……」 (こ、この声は……?)
テッドの声だ。
ときどき聞こえる少年の声で、すっかり知り合いになってしまったような気がしていたのだけれど、実際はそんなことはない。ほとんど私が一方的に知っているだけだ。(……何してるんだろ、アルドは?) ほとんど唯一、軍主の以外で彼の友人、友人? と思しき相手を思い浮かべた。
「それでは、この軍を率いる、殿を、どう思っているのだね?」
「別に」
しわくちゃのおじいちゃんのような声が聞こえる。聞いたことがない声だ。彼の声の後で、はあ、と少年がため息をつく音が聞こえた。「まあ、よくやってる方じゃないか?」 (……ホントにこれ、なにやってるの?)
部屋の中には、テッドとおじちゃんの二人っきりなんだろうか。(……いや) 微かに、紋章の気配がする。ピクリともしゃべらないが、下にはリーダーのがいるって訳だ。(リーダーがいる前で、リーダーについての批評をさせてる?) なんじゃこら。
最後とばかりに、老人はテッドに問いを重ねた。「仲間への謝罪、感謝などはあるかね?」 テッドは暫く考えているようだった。
その間に、私はじっと目をこらして、天井、私にとっては床をじーっと見つめた。すると、何やら線のようなものがはしっている。「……ん?」 何やらタライらしきものと、もう一つ、暗くてよくわからないが、かさかさと軽い紙のようなものが入っている入れ物が置いてある。「特に無い……。誰も、俺に関わらないでいてくれればそれでいい」 話は続いているらしい。
ふと、線、いいやこれは紐だ。紐がぐいっと引っ張られていることに気づいた。私が体をのせてしまっていたから、それより先に進めなくて、私の体の下でぐいっぐいっと引っ張られている。どうやら紐は、たくさんの紙が入った方に伸びているらしい。
なんなんだろう、と紐から体をどかすことなく、私はタライの方に顔を近づけた。水まで入っている。なんで、天井にタライの入った水が? 私はタライ周りを指でさすった。すると軽いヘコミがあることに気づいた。まるでこう、下に向けたちっちゃい窓みたいな。「んん?」 こっちからも紐が伸びている。
何気なく、えいや、と引っ張った。瞬間、パカッと天井が開き、水入りタライは落下した。ガゴーンッという小気味のいい音をたたせ、お次にばしゃーん! と水がはねる音がする。少年の悲鳴が聞こえる。すすす、とゆっくりと天井の板は閉じた。けれども下から、「く、くそっ……」と低く唸るテッドの声が聞こえる。つまりこれは、テッドの頭の上にタライが落下してしまったという訳だ。「……え、ええー」
「あ、あれ!? 俺はそっちじゃない方にしたはずなんだけど。キーン!?」
「い、いやおかしいですな。ちょっとボタンを押し間違えましたかな」
「お、お前ら……」
わたわたもめる彼らの声を遠くしながら、私は激しく匍匐前進で全力疾走した。うわああ、うわあああ、知らない。知らない。私の所為じゃない。いやもう、全然知りません。
っていうかこの部屋、一体なんなの!?
2012.01.06