彼がいなくなった世界の後で[B√]



* 大学生ルートと世界観は同じですが設定は違います
* 詳しくは、[B√注]をご覧下さい




変なキーホルダーを持っていた。なんだかクリーム色で、もさもさしてて、もしこの色が緑色だったなら、まりもかなんかか? と思ったに違いない。見ようによっては可愛くみえないこともないが、なんだこりゃ? と眉を顰めて、そいつの手の中からひょいっとそのキーホルダーを取り上げた。「おまえ、変なもん持ってるなー」「え、あれ。あ、かえしてー!」

返してもさもさー! とそいつは短い手をバタバタさせて、背中の赤いランドセルも一緒にバタバタさせた。俺は唐突に嬉しくなって、「なんだこれ、もさもさって言うのか?」と言いながら、ひょいっと腕を高くして、そいつに笑った。

彼女は必死な顔をして、耳まで赤くさせて、足りない身長を必死にぴこぴことジャンブさせながら、両手を伸ばした。でも駄目だった。「頑張ってつくったの、かえしてー!」と力いっぱいに叫んでいた。俺も別にそんなに背が高いほうじゃないけど、あいつがこっちに来たらひょいっと手をひねって、体を移動させてと繰り返して、「変なキーホルダー!」と笑ってやった。

とうとう彼女は泣き出しそうに唇を噛んだ。あ、やばい、とちょっとだけ焦った。だから俺は、そいつからひょいっと距離をとって、「なんだよ、別に、いくらでも返してやるよ」 パッと彼女が嬉しそうな顔をしたのが、なんとなくむかついたのだ。「きょ、今日はだめだけど、明日ならな!」「えっ」

じゃーな、ばーか! と笑って、俺はランドセルの紐を片手で握って、すぐさま反転した。「テッドくんの、ばか!」と背中で彼女が怒っている声が聞こえる。ばかって言われたことには、別にそんなに腹が立たなかった。どちらかというと、なんだか嬉しかった。

家に帰って、布団の中で、その変なキーホルダーを見つめた。これ、あいつが作ったのか、と思ったら、なんだか嬉しくなって、へへ、と笑った。まあでも、とったまんまじゃ可哀想だから。ちゃんと明日、返してやろう。そのときまた、これ、変だなぁ、とばかにしてやろう。そしたら多分、彼女は泣きそうな顔をして怒ると思う。別にそれでも全然よかった。全然、よかったんだ。


さんは、急なおうちの事情で転校することになりました」

みなさんに挨拶ができないということで、とっても残念がっていましたよ、という教師のセリフを聞いて、俺は机に座って、手の中をぎゅっと握りしめた。変な色の、変な形のキーホルダーを、握りしめた。



   ***



「前から思ってたんだけどさ、テッド、そのキーホルダー、ちょっと趣味が悪いんじゃない?」
「ああ?」

趣味が悪いっていうか、テッドにしたら可愛すぎるっていうか、と文句を言われたので、うるせーよ、と中学からの友人の頭を両手でわしづかんだ。「俺だってそう思うっつうの!」「思うのかよ」 まったく、暴力的だなぁ、とはふるふると首を振って、あーあ、とため息をつきながら、ちらりとクラス割の紙を見る。「クラス、離れちゃったねぇ」

ざんねんざんねん。と軽い調子で言葉を落としているが、案外凹んでいるんだろう。社交性に溢れているくせに、意外と友達が少ないという妙な奴だ。「俺としては、お坊ちゃんのお前が、クラスで下手を打たないかちょっと心配だね」「うん、そうだねぇ」「肯定すんな」 うむうむ、俺ってば本当に、みんなと価値観ちょっと違うみたいだからさぁ、と金持ち特有の悩みを難しげな顔をしてほざいている。なめとんのか。

「つーかさ、そもそも俺は、お前と同じ高校になったってことが驚きなんだが」
「テッドとは頭の出来が違うものね」
「ちげーよ事実だけどそこじゃねーよちげーよ」

虚しくなることを言うな。
ちらり、と俺は周りの生徒を見てみる。基本的に同じ校区のやつらが来ているから、同じ中学の奴らの方が多い。けれども、見たことのない奴らの姿もちらほら見る。「お前がふっつーの、県立の高校に来るとは思わなかったんだよ」 ぶっちゃけ願書を出す直前まで、こいつはどっか私立の、どこぞの金持ち学校に行くものだと思っていた。同じ高校を受けると聞いた後も、こいつ特有の意味がわからない冗談だと思っていたら、別にそれは嘘でもなんでもなく本当のことだったようで、高校受験の日、こいつが自分と同じ教室にいて、いそいそテストの準備をしていたものだから、俺は目玉が飛び出た。は呆れたような顔をして、「だから言ったじゃん、同じ所を受けるって」とため息をついていた。


ほんのひと月前とちょっとのことを思い出し、うーん、と俺は顎をひっかく。で、同じことを考えていたらしい。「別に、高校くらいどこでもよかったし。テッドと同じところに行きたかったしね」 にこ、とは微笑み、俺を見た。俺も微笑んだ。笑った。そして、一ニ歩後ずさった。ぎゅっと自身を抱きしめた。「ひくわ」 男にそんなことを言われたところで、嬉しくもなんともないわ。

「はは、照れるなよ」
「だからひくわ。近寄るな」
「俺の愛だろ、受け取れって」
「お前友達いなさすぎだろ」
愛が重いわ。

とりあえずお前、高校での目標は俺以外のダチを見つけることな、と軽く睨むと、「へいへいほーう」と適当に返事をされた。お前それ、どこで覚えた。

あーあ、じゃあクラスに行きますかね、と鞄を背中にかけ直すと、ふと、がいう、だっさいキーホルダーのことが気になった。あんまりにも古すぎるから、この頃糸が切れてしまいそうなのだ。補強しとくかな、と思いながら手で触って、キーホルダーの所在を確認して、また前を向いた。そのとき俺は、ふと眉を顰めた。

目の前に、女生徒がいた。ひらひらとセーラーを着ていて、あっちもチラリと俺を見た。後ろでが、「あら、結構かわいい子だね」とぽそりとひとりごとのように俺に話しかける。俺はパチパチと瞬きした。ぎゅっと手の中でキーホルダーを握りしめた。「あ」 勝手に声が出た。勝手に口元が笑って、久しぶり、と声をかけようとした。


けれども彼女は、ジロッと俺を睨んだ。そしてぷいっと顔を背けて、ローファーをカツカツさせて消えていく。
俺は呆然として、彼女の背中を見つめた。呼び止めようとして、片手を出した体勢のまま、固まった。「……おーい、テッドくーん」 そろそろ行かないと、遅刻するんだけど、俺、放って行っていいよねー? パタパタこっちに手を振るが視界に入る。


「…………えっ」
え、これ、どういうこと



    ***



「そりゃ嫌われてるでしょうよ」

ずるずるずる、と紅茶のジュースをストローですすって、高校って、学校に自販機があるんだねぇ、リッチだねぇ、と彼はお坊ちゃんあるまじき言葉を出している。通学路の途中の公園で、俺とはベンチの上に座って、俺はひたすら膝に肘を乗せて、ついでに手のひらに額をのせて、うつむいた。「だってさー、テッドは、その子がたいせつーに作ったキーホルダーを、転校の直前に盗っちゃった訳でしょ。もしかしたら誰かにあげるつもりだったかもしれないし、思い出の品だったのかもしんないのにさ、ガキのいたずらだとしても、ま、よくはないねぇ」 ずるずる

小学2年生の子が、必死に作ったんだよー? 罪なことするなぁ。となんの気なしに話されていく言葉が、グサグサと胸につきささる。
今からこいつを、あの子に返すべきだろうか、と思ったけれど、そう考えるには時間が経ちすぎた。あれから五年、六年、いやもうちょっとか。

あー、とため息をつきながら、俺はベンチの前に止めた自転車を見た。こんな風に会うことになるなんて思わなかった。だいたい、もっと遠いところに転校したものだと思っていたのだ。こんなに近場だったんなら、自分で会いにも行けたのに、俺はちょっとバカだと思う。

そういう風に一人でぶつくさ考えていると、俺の気持ちを見越したように、「別に、どっかに転校して、また帰ってきたんじゃない? そんだけ近場だったんなら、挨拶もなしに急に転校ってのはちょっと変な話でしょ」「まあ、そうか」

あーあ、と俺は鞄につけた、もさもさとかいうキーホルダーを見つめた。元はクリーム色だった体は、随分黒ずんでしまっている。これでも時々洗っているつもりだったのだが、気づいたら触ってしまうから、心持ち、頭の方がはげている。「それにしてもさー、テッドってやっぱ好きな子には意地悪するタイプだったんだね」 ごちそーさま、と紙パックを潰して、ぺたんと折りたたみながら、は奇妙なことを呟いた。「は?」

「いや、は? って。その子のこと、好きだったからいじわるしちゃった訳でしょ。おかしいとは思ってたんだよね。いっつも同じで、ボロボロのそれをつけてるし。まあ中学までかなって思ってたら、今日だってつけてくるし」
「い、いや、ちょっと待てよ、違うって」
「何が違うんだよ。あっちが転校したのは小学2年生、今俺達は、高校1年生。どれだけ昔なんだよ。顔を見て一発でわかって、名前まで覚えてるだなんて、どう考えてもそれだろ」
「それってなんだよ」

ちげーよ、と俺は片手を振った。そんなんじゃない。「っていうか、別に普通だろ。わかるだろ、普通」 だったら、とは眉を顰めた。「中学2年のとき、クラスで転校しちゃった女の子がいたろ? 名前は?」「……えー」 花子? と適当に答えてみたら、鼻で笑われた。

「お前なら覚えてるだろ」
「俺ならそりゃ覚えてるけどさ、テッドは無理だろ」

興味がないことは片っ端から忘れていくもんね、と言われて、返す言葉もない。俺はベンチの背もたれに背をかけて、体を伸ばして空を見上げた。ピンクの花びらがふらふらと空に散っている。今年の入学式は、桜が降っていて、なんだかんだと喜んでいる学生が多かった。俺はふと、瞳を閉じた。暫くお互い無言だった。「で、噂のちゃんだけど」 ふと、の声が聞こえた。「俺、同じクラスだったよ」

俺はガバッと体を起こした。しげしげとを見る。は自慢気にニマニマと口元を動かして、「テッド、協力してやろうか」 あのなあ、とため息をついた。「ガキじゃあるまいし」「えー、そういうこと言うんならさー、俺が狙っちゃうよー……あ、うそうそ、俺はほら、恋愛より友情をとるタイプだから」 全体的に安心しろよ、とばしんと思いっきり背中を叩かれる。あほかこいつ。

「バカか、お前」
バカじゃないって、とがケラケラと笑っている。俺はため息をついて、もう一度瞳を閉じた。ひどく眠たい気分だった。あの奇妙なキーホルダーを思い出して、また手のひらで握った。眠たい。ベンチにもたれた。「うわ、テッド、寝るなよ」 あんまり考えたくないな、と思った。どうせ俺は嫌われたのだ。「だからテッド、寝るなって。今日はさー、入学式だし、グレミオが先に家に帰っててさ」 疲れた。驚いて、めちゃくちゃ驚いて、思いっきりに疲れてしまった。「テッドー」 の声が、ぼやぼやと遠くなる。




「あっちもテッドのことを覚えてる時点で、結構勝算はあると思うんだけどなぁ」と、呟いたの声は、よく聞こえなかった。