「
あの、すみません、俺、ほんとに用事があるんで」
そう言って消えていったテッドを見送り、俺はからからと手の中でビーズをいじった。目の前ではちゃんがころころと手の中のビーズを落としてばかりいる。心持ちか顔が赤くなって、何かを思い出すように宙を見上げ、ちょっとだけため息をつき、またビーズをこぼした。
思わず俺はくすりと笑った。彼女はピクリと俺を見て顔を伏せた。「白鳥、できそう?」 彼女の手の中のビーズを見て、俺はことりとテーブルに肘をつく。自分の分はとっくにできてしまった。できることなら、もう一個、と手を伸ばしたいところだけれど、未だに仮入部だし、ビーズも無限にある訳じゃない、と我慢することにした。案外こういうちまちましたものは好きなのだ。
「うん、へへ、手が遅くて恥ずかしいんだけど」
「丁寧ってことでしょ。ゆっくりしなよ」
時間はまだあるし、とちらりと時計を見つめた。ちゃんはジッとできかけの白鳥を見つめて、またちらりと俺を見た。「くん、家庭科部、入るの?」「うん、入るよ。意外?」「うん……」 正直だなー、とカラカラ笑った。
「運動部とかに入るんだと思った」
「そう? 俺、こういうのしたことないし、したことないことの方が楽しそうかなって」
「そうかな」
「そうだねー」
「テッドくんも、入るんだね」
「うん、あいつはもともと器用だしね。家庭科部のホープになっちゃいそう」
「なにそれ」
くすくす、とちゃんは笑った。俺も笑った。ちょっとだけ嬉しかったから。それは彼女が思いもしないようなことなのだろうけど。「そう、テッドくんね」 俺は訝しげにつぶやいて、意地悪気に言葉を漏らすことにした。「ちゃん、テッドのこと知ってるんだ」 彼女はちょっとだけ瞳を大きく、困ったように目を逸らした。
「……なんで?」
「テッドの名前、言ったじゃない」
「くんがそう呼んでたから」
そうなんだなって思ったんだよ。と彼女は案外静かな顔つきで答えた。俺は、「そうだっけ」とちゃんの隣から、別のテーブルに移動して、生徒の様子を見て回っているらしいオデッサ先生を目で追った。「そうだよ」とちゃんは瞳を伏せて、糸にビーズを通した。「おかしいな」俺はちょっとだけわざとらしく肩をすくめた。「俺、テッドの名前なんて、一度も言ってないんだけどな」
ちゃんはちょっとだけ瞳を大きくして、パチパチと瞬いた。「気のせいじゃないかな」「気のせいじゃないよ」 だって俺、わざと言わなかったから。
だから絶対気のせいじゃない、とニコニコ笑うと、彼女は一瞬泣き出しそうな顔をした。それからじわじわと顔を赤くさせて、「なんで?」と消え入りそうな声を出して、「なんでだろうね」と俺はごまかしたようにつぶやいて、からからと笑った。嬉しくて、笑ってしまった。
それから俺は、ちゃんと一緒に帰った。
俺は自転車のハンドルを持ちながら、じゃりじゃりと土を踏んで彼女の隣を歩いた。テッドのことを話したのは、ただの一度だけで、たわいもないことを話しながら帰宅した。おそらく彼女は話したがらないだろうし、俺がとやかく口をつっこむべきではないと思ったからだ。
次の日にテッドにそのことを力の限り自慢してやると、あいつはただ口元を曲げて、「そうかよ」とつぶやくだけだった。
あんまりにも面白かったから口元を押さえて笑ってしまいそうになったけれど、やめておいた。ついでに、家庭科室での彼女との会話を伝えることもやめておいた。代わりとばかりに、彼の背中を叩いて、がんばれよ、とばかりに激励を送ることにした。けれどもそれがテッドに伝わる訳もなく、「いてえよ」と八の字に眉を寄せて、お返しとばかりに水平チョップを頂いた。
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