彼がいなくなった世界の後で[B√]





「つかさ。なんだよこれ、レース編み? いやそれはいいけどさ、何に使えばいいんだよ」
「コースターにしたり、服につけたりカバンにつけたりとか、色々できるよ」
「しねーよ。家に男しかいねーのにンなむさ苦しいことしてどうすんだよ」
「テッドくんのお家、男の人だけなの?」
「おう。じいちゃんと二人暮らし」

へえ、そうなんだ。とちゃんはちまちまと指先を動かして、むっと難しげに眉をひねっては編み図を噛み付くように見つめた。その隣では、「お前違うって。そこは長編み。もっかいカギですくえ」「なるほど」 テッドの言葉に、うんうん、とちゃんは頷いて、ころころとレースの糸をひっぱる。

「テッドくんの方がやっぱりはやい」
「まあな」

特に嬉しげな様子もなく、ちゃくちゃくと形づくるテッドは、しばらく瞳をぼんやりとさせた後、ふとちゃんに問いかけた。「これ、できたらお前いるか?」「くれるの?」「おう」「じゃあ欲しいなあ」 ありがとう、テッドくん。と言う言葉に、うん、とテッドは頷いた。またちゃくちゃくと進んでいく。

その様子を、テッドの正面に座りながら、ひとり黙々と手を動かして見つめていた。もくもく。もくもく。楽しいけど、完成品はどうしよう。まあグレミオにやれば、うまく使ってくれるだろう。それはさておき、一つ不思議な疑問がある。頭の中でぽかんと言葉を咲かせながら、俺は一人で首を捻った。


きみたち、いつの間にそんなに仲良くなったわけ?




     仲良く、と言えば語弊があるのかもしれない。
テッドは相変わらず無愛想な顔をしているし、ちゃんもテッドが話さなければ、自分から口を開くことはない。傍から見れば、俺の方がずっと口を動かしていて、会話も弾んでいるような気がしないでもないけれど、正直、俺は驚いた。
少しずつ僅かな空気を悟った俺は、いつもより口数を少なくして、時々様子見を繰り返しながら心の中でニマッと笑った。
放課後の放送に立ち上がって、それじゃあ帰ろう、と立ち上がって、テッドと一緒に自転車を転がしながら奇妙にふわついた気持ちの中でまたにやついた。

ときどき、ちらりとテッドの顔を盗み見た。訊いてほしそうな顔をしているだろうか、と確認して、そういう訳ではなさそうだ、と頷いた。だったら俺は何も言わない。
でかい湖を見渡す公園の中、からからと車輪の音を立てて俺たちは帰宅した。いつもどおり夕日はとっぷりくれていたし、腹だって空いていた。

がたん、と歩道を下りた。ときおり通り過ぎる車以外、なんの音も聞こえなかった。俺達はなんとなくスピードを落として、二人一緒に口をつぐんで、真っ赤に染まる水面を見つめた。
ちりりん、と自転車が通り過ぎる。はー、とテッドが息をついた。俺も同じだった。きゅっとそのままブレーキをした。「それじゃあ俺はこっちだから」「おう」
何度も慣れた曲がり角でそう言って、ちりりん、とベルを鳴らす。坂道を下った。いつの間にか、夕日は溶けて消えていた。



「グレミオ、これ部活で作ったんだけどいる?」
「い、いただけるのですか!? グレミオが坊ちゃんから、この、この」
「レース編み。俺が持ってても仕方ないし」

母さんに送ってもいいかな。と呟いたとき、「それはいい考えですね」とパッとグレミオは笑った。「まあ、そっちはまた別の機会に。これだけ送っても、何事だと思われそうだし」 まあ確かに、と納得するように頷くグレミオにぽんと手渡す。「はあ、嬉しいですねえ」とにこにこ笑いながら、透かし模様を覗く彼を見ていると、さすがにどこか照れくさいような気持ちがやってきた。
こういう顔はテッドの十八番なはずで、きっと自分には似合わない。むぐむぐ、とくすぐったい口の端を動かす。

「そういえば、テッドくんも一緒なんですよね、家庭科部。テッドくんと一緒だなんて、なんだか不思議ですね。いや、そうでもないのかな」
「いいよ。色々新鮮で楽しい」

グレミオ、テッドに好きな子ができたんだってさ。

そう言おうとして、やっぱりやめた。誰にも言わないよ、と彼に宣言した台詞を思い出したのだ。きっとグレミオなら伝えても問題はないだろうとは分かってはいたけれど、なんとなく、自分で口にした約束を守りたかった。
(いや、できたってのはおかしいかな)
ずっと好きだった。それもどこか違う気がする。
(まあ、俺はテッドじゃないからわからないな)

そこら辺はきっと本人にしかわからない。
カバンをぼんやり膝に抱えたままソファーに座っていた俺を、グレミオは不思議気に見つめた。なんでもないさ、とばかりに俺は立ち上がって、とんとんと廊下を歩いて行く。ちょいと振り返って、声をかけた。「グレミオー、シチューにはニンジンがないと嬉しいなあー?」「だめですよう、好き嫌いは許しませーん」

返ってきた返事に、「あ、やっぱり?」と俺は笑って、またとんとんと階段を上がる。台所からは嬉しげな匂いが漂ってくる。俺はそれに合わせて、とんとん、と足を鳴らした。
階段を上っていった。



8話