ノックノックノック

ご存じの方はいるだろうか。世界は扉で繋がっている。コンコン、とノックをしてみれば世界の狭間に微かな音が響く。けれどもそのドアは決して開かれることはない。ノックじゃ駄目だ。そんなにお上品ではいけない。足を振り上げキックキックキック。
聞こえた? アナタの耳に。
…………聞こえない?

誰のキックだって聞こえる訳じゃない。ブックマン。彼らのみだ。
そろそろ聞こえる、ブックマンが世界をこえる。
ブックマン? ……何それって? それは






「今日からお前はディックだ」

濃いアイメイクをこらした小さな老人がしゃんと背を伸ばしながら、片目を眼帯で隠したオレンジ髪の青年へと声をかける。

「あん? よかったさー、じじいにしてはマシなセンスじゃんよ」
「はん、名前に意味を求めるな。だからお前は未熟者のじゅくじゅく半熟なのだ」
「名前に愛着もつこた大事よ? このパンダジジイ」

ディックと呼ばれた青年は、はんっと鼻で笑いながら辺りを見渡す。広がるばかりの草原の向こうに、僅かに人里が目に入った。うむ、と頷く。「で、ジジイ。ここどこ?」「知らん。落ちた場所がここだった」


    彼らはブックマンと呼ばれる。

あらゆる世界の、闇に葬り去られる過去を記録する役目を持つ。正確にはディックは未だ半人前だ。パンダジジイと呼ばれた彼はブックマン。名前はない。いつかディックも名前を捨てるときがやってくる。ディックは48番目の名前だ。ディックディックディック、と何度も口の中で小さくつぶやく。
覚えた。記憶力は人一倍いい。けれども慣れることは別だ。

「ジジイ、で、俺らはどこ行きゃいいの?」
「あちらだ。うずが見える」
「はあーん、で、ここどこ」
「知らん」

「…………」
「…………」

ディックとブックマンはお互い見つめ合った。そしてしゅぱっと首根っこをひっつかみあう。お互いの身長差のためにぷらぷらブックマンが浮き上がっているが気にしない。「ブックマンだろこのくされジジイ!」「そこをなんとかするのが弟子の役目だろうが半熟め!」 ジジイの頭の髪の毛がゆさゆさゆれる。

こなくそう、とディックがブックマンを放り投げようとした瞬間、彼の背後でどすんと大きなものが落ちる音がした。緑の風が草原を揺らし、ざーっと滑りぬける。はたはたはためく自分の服を見つめながら、おかしな風だな、とディックは眉をひそめた。そして振り返ることと、「あたたたた……」と女の子の声が聞こえたのは、まったくの同タイミングだった。

いつの間にやらディックの手から逃れていたブックマンと、二人して地面に尻もちをついた少女をじっと見てみる。瞬間移動だ。パチパチと瞬きを繰り返す。少女もパチパチと瞬く。そしてはっと自身の手で口を押さえると顔を真っ赤にさせながらもう片方の手をパタパタふった。「あ、あの、ち、ちがっちがうんです!」 …………なにが? 聞く暇もなく、言葉を続ける。


「私紋章の暴走体質でして! 風の紋章が暴走しちゃいまして!」

すみませんすみませんと彼女は頭を下げ続けた。
…………で、紋章ってなに?





「あ、お二人とも解放軍に参加ご希望の方だったんですねー」

ご案内しますよ! と大きく胸をはった少女を見つつ、こんなにあけっぴろけな集まりで問題ないのか? とディックは心配してしまった。余計なことを言うんじゃないぞ、というブックマンの視線を感じつつ、ディックは口を閉ざす。ブックマンの情報はブックマンのみによって開示される。ブックマン見習いの自分には言葉にすることができないのである。つまり自分の身分も説明できない。いまんとこは。

けれどもラビは彼女の言葉の節々から、この世界のあり方をさぐっていった。なるほど、この世界には紋章と呼ばれる特殊な力があるらしい。ある程度の条件があれば、それは誰にでも使える、ということだ。

「いやいや、城から近い場所で助かりましたー」と朗らかに彼女は笑っているが、遠い場所だとどうなるのだろう。戻ってこれないのではないだろうか。

小さな街を抜けて、橋渡しまでやってくると、やっとこさ彼女は自身の話をしていない、と気づいたらしい。一番初めに年長者であるブックマンへと頭を下げ、「すみません、すっかり説明を忘れていました。私、といいます。ええっと、ここの解放軍の副リーダー」「あ、あんたがさ?」

まぬけそうなのに! ブックマンに睨まれ、ディックはギリギリの言葉を押しこんだ。いえいえ、とは手を振りながら、「副リーダー補佐をさせていただいています。よろしくおねがいします」 ああ、なるほど、補佐ね、とディックは頷く。秘書さんのようなことをしているのだろうか。いいねぇ、とディックがにやーっと鼻を伸ばしたとき、すかさずブックマンがディックの横っ腹に蹴りを入れた。「ぶふっ」「馬鹿め」「え、あ、あの?」

「気になさるな。我らはブックマン。私の名はない。ブックマンと呼んでくれ。こちらの小僧の名はディックだ。適当に赤毛のじゅくじゅく未熟者と呼んでやれ」
「ディックさー、よろしくー。適当にイケメンディックって呼んでくれてかまわいないさ!」
「全然適当じゃないですねー……」

あはははー、とは笑いながら舟を寄せた。たかだか反乱軍に城とは大層なこった、とディックは軽視していたのだが、見上げてみればなるほど、これは城だった。天然の岩山をそのままに使用している。水辺ということもあってか涼しげな空気が漂う。「それじゃあお二人には軍主に会っていただくことにしますね」となんてことなしにが微笑んだので、ディックは表情こそ変えなかったが驚いた。
軍主とはトップのことである。いきなり何故に自分たちが。やはり警戒されたか、とピリリと空気を緊張させる。けれどもは「あ、違いますよ」と慌てたように手を振った。

「多分、お二人は直接さんにお会いになった方がいいんじゃないかって、半分勘なんですけど。色んな人が来ますから、なんとなくわかってきたんですよ、そういう人」




「都合が悪かっただろうか」
「いいよ、問題ない。見ない顔だね」
「お初にお目にかかる。我らはブックマン。歴史の裏を記録することを生業としている」


定例通りのパンダジジイの挨拶を聞き流しながら、ディックはパチクリと瞬きを繰り返した。ブックマンと向かい合うのはディックと変わらない年月の少年だった。整った顔付きで品があり、偉そうにしている。部屋の中には茶髪の青髪マントのバンダナ青年に、頬がこけた中年の男だ。どこをどう考えたって一番偉そうなのは最後の男なはずなのに、彼はブックマンと話す黒髪の少年の隣につき従っている。
(……あっれ、もしかしなくともこいつって)

「はじめまして。僕は・マクドール。一応解放軍のリーダーをしているよ。それでこっちはマッシュ・シルバーバーグ。うちの軍師だ。そっちのバンダナはフリック。副リーダー」

やっぱり。この若さでリーダーとなった理由はなんだ? と脳内の紙へとインクを書きつづる。何でも記録することが彼のくせだ。

「それでブックマン、きみのしたいことって一体何?」
「この戦争の記録を取らせていただきたい。それこそが我らの目的。貴公らの国に対する愛着がある訳ではない」
「ちょ、ちょ、ジジイダイレクトすぎだろ!?」

いくらなんでも正直すぎである。ブックマンにしては、随分強引な話し方だ、とディックは違和感を得たが、と名乗った軍主は特に気にすることなく、ふーん、と鼻をならした。「で、僕らのメリットは?」「殿」軍師と紹介された男が人のいい顔の眉をひそめるのを、が手で制する。

ブックマンはぴしりと背を伸ばし、腕を両手の裾へといれた形のまま、しわくちゃな口元を堂々と動かした。

「我らブックマンの力を、この軍へとお貸しいたす」


しんとした部屋の中で、くくく、とは笑った。そしてパチパチと軽く手を打つ。「いいよ、よろしく頼むよ。ブックマンと、ええっと」「ディック」「うん、ディック」
詳しいことはまた説明するから。という言葉とともにブックマンとディックは部屋を退出した。扉が閉まる手前、ふと聞こえた部屋の会話にディックは耳をすませる。

「おい、なんでお前はそう簡単になんでもかんでも決めるんだ」
「いいだろフリック。どうせ色んな奴らばっかりなんだからさ。面白いし。力を貸してくれるってんだから貸してもらおうよ」
「ああもうこいつは……それに、また暴走したな?」
「あう、フリック兄さんごめんなさいー」
「今回は近かったからいいものの、気をつけろよ。怪我はないな?」
「大丈夫です! いつとばされてもいいようにって準備してますから」
「まずとばされないように努力しろ」

(…………兄さん、兄妹か)
結局ディックの前では一言もしゃべらなかったフリックと紹介された青年を思い出した。似てない兄妹だな、とディックは呟き、最後にパタンとドアが閉まることを確認する。
「ジジイ、強引すぎじゃね?」
「この城の主は若い。それくらいの勢いも必要なのだ」

はーん、とディックは頭の後ろに両手をのせながら、まあなるべく可愛い子が多けりゃいいな、とこれからの生活を考えた。


2011.02.14
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