3 story
ペンギン疑問があっても気にしない。ようにする。
「あー、グレミオさんのシチューうめー!」
「がつがつ食べないでおこうよ。お上品に食べようよ」
「お前男のくせに細かいこと気にするやつだなぁ」
「だから女だって」
「そうだったっけ」
相変わらずテッドにはご飯を届ける日々が続いていた。マクドール邸で食べればいいのに、と言ってみたら、曖昧な顔で笑われた。気まずいのかもしれないな、と私はそれ以上聞くことはしなかったけれど、彼はすぐに気にした風でもなくカラカラと笑っていた。マクドール家の別宅の管理人として部屋に住み込み、時々色んな店の手伝いをして小遣いを稼いでいるらしい。バイタリティに溢れた少年だ。間違えたおじいちゃんだ。それにしても。
「なんども言うけどテッド、私は女だからね」
「悪い悪い坊ちゃん。なんでかすぽっと抜けちまうんだよなぁ」
そんな風に不思議そうな顔をしているけれど、彼は一日もすればまた私のことを男だと勘違いする。彼だけじゃない、街のみんなも私のことを坊ちゃんというし、育ての親ともいえるグレミオまで勘違いをしている。あろうことか実の親であるテオ様までもがそう思いこんでいる。
(これは明らかにおかしい)
別に私は男らしい外見という訳でもなく、ごく一般に女だと判断できる外見だし、それよりも前に何度も否定しているのに、またすぐに忘れてしまうという事実はどう考えたって変だ。
「………私が、坊ちゃんだからかな……」
「アン? まあお前はマクドール家の坊ちゃんだな」
「いやそういうことではなく」
思わずぽそっと呟いた台詞をテッドに拾われてしまった。じゃあどういうことなんだ、とテッドは一瞬眉をひそめたものの、グレミオ特製シチューの方が彼には重要らしく、はふはふしながら匙を動かすことに集中している。私はその光景を膝をついて眺めながら、どうしたもんかな、と考えた。
私が坊ちゃんの、男の子の立場にすっかり入り込んでしまったことは、ここまでくると間違いない。テッドと話せば何かが分かるかもしれないと期待したこともあったけれど、変わらず日常は過ぎていって何も変わることがない。
このままストーリーが進んでしまえばどうしたらいいのだろう。尻尾を丸めて逃げた方がいいと分かっているけれど、そんなことをして生きていく自信はなかった。私はタイムリミットを心の底で意識しながら毎日目をつむっているのだ。
(いや、でも、私は絶対ストーリー通りに行動しないし)
彼からは絶対紋章は受け取らないし、彼も本当の坊ちゃんでもない私に渡すとは思えない。(どうしようかな……) これからを考えてみたものの、いくら考えてもいいアイデアが降って湧いてくる訳でもない。
ただ私は、絶対に彼からは何も受け取らないと胸に誓った。
「え? なにこれ」
「これって、りんご。しらねーの。赤い木の実。あまずっぱい。うまい」
「それくらい知ってるよ! 辞書みたいに説明しないでよ!」
「なんだよだったらちゃんとそう言えよー」
テッドから受け取ったリンゴを腕いっぱいに抱え込んで私は彼を睨んだ。つもりだった。私よりも幾分か高い背でふん、とふんぞり返ったテッドの顎へと頭突きをかましてやりたくなったけど、そこはぐっと我慢する。彼は茶色い瞳をおもしろげに微笑ませて、「そこの八百屋での今日の報酬。一人じゃそんなに食うと飽きちまう」とカラカラ手を振った。
「グレミオさんへのお礼ってことでさ。な、頼むよ」
「自分で持っていった方がいいよ、こういうのは。グレミオもきっと喜ぶ」
「いやあ、俺って人見知りだからさ、な?」
(……絶対嘘だ!)
グレミオに会ったら、ご飯を食べてますか、うちに来ませんか、お風呂にちゃんと入ってますか、といろんなことを聞かれるから、会いたくないんだ。
彼の透けて見える考えが分かる癖に、それ以上何にも言えなくなって私はぶーたれた表情のままじりじり後ずさる。「お坊ちゃん、ありがとうなー!」とテッドが人好きの笑みを浮かべた瞬間、「ばーかあほハゲ!」「なぬ!?」 取りあえず脱兎で逃げる!
後ろの方で、「ハゲてねー!」と心の底からの叫び声が聞こえたけれど、聞こえないふりをして、私はリンゴを腕の中に抱えながら走り抜けた。テッドの考えがわかる。グレミオや、クレオよりも扱いやすい子どもとして私がうつっているに違いない。
(テッドからは何にも受け取らないって誓ったばっかりなのに!)
キイッ! と理不尽な気持ちでだしだし地面に地団太を踏んで、両手がふさがっているもんだから扉があかない、と屋敷の前で「グレミオー!」と彼の名前を大声で呼んだ。「はいはい坊ちゃんなんですかー?」 間髪いれずに慌ただしい音と声が聞こえて、エプロン姿の彼がお玉を抱えたまま扉を勢いよくあける。
ぶつかりそうになったおでこを後ろにのけぞらせながら、私はグレミオを見つめて、ぐいっと腕の中のリンゴを示した。
「あれ、坊ちゃんこのリンゴ、どなたから?」
「しらない」
「あ、テッドくんですね。わかりました。後でリンゴパイでも作って届けましょう」
分かったかのように彼は嬉しそうにリンゴを私の腕から自分の中へといそいそ移動させて私に背を向けた後、ふいに振り返り、「ほらほら坊ちゃんもお部屋に戻りましょう」と目じりを緩ませた。
そうですねー、と私はえっちらおっちらのろのろ足を動かしていると、「坊ちゃん足に亀さんが乗り移っていますけれど、どうしました?」「どうもまったく、なんにもしてないよ!」
2011.02.26
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