■ 未来への、坊ちゃん義理の兄の続きです
■ 兄さんはテッドと折り合いが悪いです



「これで間違いはありませんか?」

どすん、と落とされた風呂敷包みから覗いた瞳に、ぎゃっと幾人もの人が後ずさった。そんな様子を見て、青年は苦笑する。なるほど、魔物には慣れていないらしい。「失礼」 青年は口元に柔らかな微笑を佇ませながら、包を結び直す。いや、ハーピーは人に近い顔をしている。村人達には辛いかもしれない。

「それじゃあ、後金を」 ひょい、と手のひらを出すと、恐る恐ると言うふうに、こけた頬の男が革袋を渡す。「ひの、ふの、み……」青年は中身を確認しながら、ひょいと眉を顰めた。人のいい顔をした男だが、さすがに足元の魔物の首を見比べれば恐ろしくも感じるだろう。「あのう、うちの村も、他と似たり寄ったりな苦しいばかりで、これ以上お代を上げる訳には……」「多いな」「で、すからその、……え?」

「ですから、最初のお約束分よりも、ちょっと多いみたいですね」

ごそごそと袋の中に手を入れながら、どうぞ。お返しします。とにっこり微笑む顔を見ながら、男はパチパチと何度も瞬きを繰り返した。男の後ろをぐるりと覆うように立っていた村人達も、ひそひそと囁き合う。
男は、おそらく村長なのだろう。彼は青年から多いと言われた分の金を両手で受け取りながら、やはり信じられないというふうに、青年と自身の手を見比べた。

「あ、あのう。でも、他の退治屋の人たちは、初めのお約束分よりも多く取るという、決まりごとがありまして……」
「他の方は知りませんが、別に俺は上乗せはいりません。代わりと言っては何ですが、一つだけ質問をさせてください」


人差し指を立てた青年に向かい、村長はこくこくと頷いた。青年はほんの少しだけ瞳を細め、「人を探しています」

「黒髪の二十歳ほどの青年と、金の髪の従者を伴った二人連れを見かけませんでしたか?」


     ソニア・シューレンの元部下、副将軍・マクドール。
今は、ただのであり、退治屋である。




今日もダメだったか、とはため息をついた。
赤月が滅び数年。未だに・マクドールの消息はつかむことはできない。(……今は二十歳、ちょっと前くらいかな……) 義理の弟の姿を瞼の裏で思い返し、きっと精悍な若者に育っているのだろうな、と一人で苦笑した。

もっと早く彼を追いかけていれば、と後悔することもある。いや、アレンやグレンシールのように、彼の仲間になるべきだった。けれどもあのときの自分は、あと一歩を踏み出すことができなかったのだ。(まあ、あのときの自分には、それが精一杯だったしな) 

過去を責めるべきではない。彼が二十数年生きた人生の中で、気づいたことの一つだ。ただ一つの慰めとしてと、彼の母親のような存在である青年が、ともに出奔したという風の噂を聞いた。ありがたい。同じく彼の従者として、は焚き火の向こう側を見つめながら笑った。

『まったく、くんは! 首を長くしすぎて、どこかに落としてしまうかと思いました。なんで早く来ないんですか!』

おたまを片手に、エプロン姿でぷんすか怒る彼の姿を思い出して、思わず吹き出してしまった。彼はのこととなると人が変わる。その姿にはテオ様も呆れた顔をしていたものだ。
懐かしいな。

は目尻を緩めながら、ゆっくりと瞳をつむった。夢を見るだろうか。懐かしいころの夢を。
見ることができるだろうか?


***


「…………お前、誰だ?」

久しぶりに帰った家の中には、見知らぬ他人がいた。短い茶髪で、の隣に立ち、ケタケタと声を上げて笑っていた。いや、誰かはわかっていた。テオ様が拾ってきた戦災孤児。そう聞いていた。
少年はちらりとを見上げた。その瞳を見て、は眉をしかめた。
あからさまに不快気な顔をする義理の兄に、は驚き少年との間にずいと割り込む。が不満を顔を表すことなど、彼が知っている限りでも、数えるほどしかなかったからだ。
「兄さん、テッドだよ。ほら、父さんが言っていた」「ああ」 

生返事のように頷きながら、困ったように頬をひっかく少年をもう一度じろりと睨む。
 (…………気に入らねーな)


なぜかはわからない。
彼はこのマクドールの家に、よくはないものを招き寄せるような気がした。
の勘は、よく当たる。


***


かさりと小さな音がした。
は薄く目を開き、抱えるように眠り込んでいた刀を、ゆっくりと刃から引き出した。
勢い良く体を反転させると同時に立ち上がり、音の元へと刃を振り下ろす。こぼれ落ちた小枝の間に、一人の子どもがぺしゃんとうずくまっていた。ぱちり、と瞬きを繰り返して、ゆっくりと刃を鞘へと収める。「…………えーと」 ぽろり、と涙をこぼす少年に、はぎょっとして、「悪い、怪我はしなかったか?」「だ、だいじょうぶ、です」

頭の後ろに、お団子で髪の毛をちょいとまとめた少年は、大きな瞳からどんどんと涙をこぼしていく。小さな子どもといえば、しか知らない。はあまり泣かない子だった。どうすれば、と少年の目線へと合わせ、彼が片足をかばうように小さく丸まったことに気づいた。「足を、どうにかしたのか?」「あ、……はい」

こくり、と少年は頷いた。はゆっくりと、彼を怯えさせることのないようにと口元を和らげながら、「おいで、薬を塗ってやるよ」


     少年は、トウタと名乗った。



「ふーん、それで、お使いに出ていたら、こんなところまで来てしまったと?」
「……ちょっとくらい寄り道をしても大丈夫かなって……」
「そりゃあきみの先生も心配しているな。早く戻らないと」

トウタはじわりと涙を溢れさせながら、くじいた片足を見つめた。薬を塗り、包帯をまいたそこは、赤く膨れ上がってる。「あ、あのう」「うん?」「これ、随分高いものなんじゃないですか?」 は少しだけ瞳を見開いた。

そんなことはない、と首を振ろうとしたのだが、彼の話では医者の弟子をしているらしい。だったら下手にごまかすことの方がよくはないな、と苦笑して、「まあ、高いと言えば。けど俺はあまり使わないし、使うべきときに使わないことの方が、もったいないないと思うぞ」
彼は賢い子どもなのだろう。ひょっと大きく瞳を見開いたかと思うと、僅かに逡巡し、ゆっくりと頷いた。遠慮もすぎれば失礼となる、とはよく言ったものだ。彼の師か、両親かはできた人なのだろう。はにっこりと笑いながら少年の頭を撫でた。

「まあ、今は眠った方がいい。起きたら山を降りよう。何、俺はこれでも腕がたつ方だ。心配なんてしなくてもかまわないぜ」

大きな口を叩く自分は、少しだけ気恥ずかしい気にもなったが、不安にさせるよりも、よほどいい。はトウタを抱え込み、火に当たった。魔物が近づけば、すぐに気づく。ゆっくりと瞳を瞑りながら、トウタの目を思い出した。(そうだ)
何故自分が、彼に辛く当たろうとしたのか。(目だ)

おそらく、懐かしい夢をまた見ることになるのだろう。



***


「テオ様、あの子どもは、どうにもおかしい」
「おかしいとは、どういうことだね?」
「あれは子どもの目ではありません」

年下とは思うことのできない、達観した瞳を持っていた。おそらく、テオ自身にも思うことがあったのだろう。ふいと片眉を上げ、僅かに口元を苦笑させる。「おそらく、彼の生まれがそうさせるのだろう。には良い友人となってくれている。これからもマクドールの家に留まってくれれば、と私は考えているのだが」「テオ様!」「

は乗り出した体を小さくさせ、思わずと口を閉じる。「、それではお前は、あの幼い少年に、ここを出ていけと言うのか? 行くべき場所もない子どもに」「そっ」 そうとは言っていない。

「た、ただ俺は……に、近寄らせるべきではない、と」
「同じ事だよ、

耳がカッと熱くなった。「君が、のことを思ってくれていると知っている。君はできた男だ。義理の息子とは言え、私は誇らしく感じている。、目を背けるな。前を向きなさい。己から逃げてはいけない」

「広い、海のような男になりなさい。僅かなことからも、目を背けぬような、鷹のような瞳を持ちなさい。そしてを、もう一人の息子を支えてやってくれ」


***


さん、僕、重くないですか?」
「全然。反対に軽すぎるくらいだ。ちゃんと食べてる?」

た、食べてますよう! とトウタはの背で、ぱたぱたと足を振る。「こらこら、暴れない。傷にも触るっての」とは笑いながら斜面を走り抜けた。
両腕がふさがっている状況では、魔物とあまり出会いたくはない。刀は腰で振られており、自由に動くものは両足だけだ。「…………ラァ!」 は跳ね上がり、魔物の脳天を踏みにじった。そして駆け抜ける。「ひゃー!」 とトウタが声を上げる。気持ちが前に向いているのなら、まあありがたい。


さんは、何をしてる人なんですか?」
「んん、まあ、今は退治屋かな……魔物を倒して、お金をもらっている」
さん、強いもの!」
「そう? ありがとう」

ふふ、とは頬をほころばせた。「トウタくん、もう少しだ。痛いのはもうちょっと我慢してくれよ」「はい!」「良い返事だ」

青年は跳ね上がり、落ちた葉を蹴り飛ばした。ふと、思考が過去へと戻る。
夢を見た所為だろうか。
この頃、あの少年のことを、よく思い出す。


***


「あ、さん、ちゃーっす」

にかっと愛想よく笑う少年に、「ああ」とは無愛想に答えた。そんなを見て、困ったようには眉を寄せ、テッドは気にすることなく笑っていた。よく笑う少年だな、と思った。

テオにああ言われてからというものの、はどうにも上手く腑に落ちない気持ちを飲み込むことはできなかった。けれどもテッドは、笑いながらに声をかけた。そうされる度、自身の良心が、ずきりと傷んだ。自分は幼気な少年をいじめている。そう思うと胸が辛くなる。けれども、そう思ったところで、彼に笑うことは出来なかった。心の中でどう感じていたとしても、結局していたことは同じだ。


結局、と彼が会話をすることはなかった。いや、違う。一度だけあった。

さんって、俺のこと嫌いだろ?」

ふと、なんの拍子だかに、は少年と共にマクドールの入り口にて並び合った。周りの人間はいない。あまりにも唐突な彼の台詞に、は息を飲み込んだ。テッドは、「あ、否定して欲しいとか、そういう訳じゃないから安心してくださいよ」と、何を安心すればいいのかいい言葉を少年は吐いた。そしてあの、まるで老成した老人のような瞳を伏せ、「あんまりさ、気にしなくてもいいですよ。俺みたいなのが気になるのは、しょうがないと思うし、むしろここの人たちはお人好しが過ぎる。さんみたいなのがいてくれた方がいいいと思う」

言葉が出なかった。
彼を避けていることを知られていた。当たり前だ。わからないはずがない。その本人にフォローされた。なんだそれは。俺は一体自身をいくつだと思っているんだ。こんな、と同じようなそんな年の少年に、気にしないでくれだと。バカか、俺は。バカだ。拳を握った。「き、嫌っては、いな、い……」 喉からやっとのことで溢れ出した声はそれだった。

テッドは「そう?」と頭の後ろで腕を組みながら、白い歯を見せた。「ありがとう」 そういった。けれども違う。それは、嫌っていなくて、ありがとうではなく、気を遣ってくれて、ありがとうの意味であることぐらいわかった。でも、それ以上言葉は出なかった。

そのときは、ただ流された。会話はそれだけだった。
(多分、俺は後悔してる)

彼は死んだと聞く。
何故、が帝国軍に追われるはめになったのか。それはあの、テッドという少年が原因であるとは聞いているが、それがどういう経緯か、詳しくは知らない。やはり、自身の勘は当たった訳だった。おそらく、あの少年がいたからこそ、彼は帝都から逃げた。

(…………まあでも)
それを選んだのは、に違いない。



おそらく、は少年を恨んではいない。自身の決断を悔やんではいない。そういう少年だ。自分はただのお節介だった。マクドールの人間達は知っていた。あの少年と、が友人であることを。親友でもあることを。
(…………俺は、バカだな)

後悔する。
後悔ばかりだ。
俺はバカだ。




「さて、トウタくん、目的地はすぐそこだ     !」
「え、あ、わ、ひゃー!」

降り立った街の中で、一人の青年がこちらへと走ってきた。あれが噂のホウアン先生だろうか? と首を傾げたのだけれど、どうにも青い。青すぎる姿で、医者というよりは、剣士である。「フリックさん!?」 背中の少年が、声を上げた。「トウタ!」


「な、なんでフリックさんが?」
「ホウアン先生が、お前が帰らないって言うんで俺たちに声を掛けたんだよ。まったく。心配させやがって。お探しの先生はあそこさ」

ひょいと彼が指をさすと、髪の長い、丸メガネの朗らかな顔をした青年がこちらへと駆けつける。体中から汗を流しながら、の背に乗るトウタを見つめ、ほっと頬をゆるめ、次にに気づいた。随分少年を心配していたらしい、と微笑ましい気持ちになる。
「あ、あなたは……どうやらトウタが世話になったようですね。ありがとうございます」

いいや、とは苦笑しながら、背にいるトウタをホウアンへと渡そうとし、暫く考えた後で、フリックと呼ばれた青年に渡した。彼が大きな子ども一人を背負えるかどうか、少々不安を感じたのだ。フリックは慌ててトウタを背にやりながら、「あんた、名前は?」「」 ただの

そう名乗ったとき、ふとフリックは瞳を大きくさせた。「腕が立つ、退治屋がいると聞いたが……あんたじゃないかい?」「さてね」「噂が本当なら、ぜひともうちの備兵隊に来て欲しいものだが」「人を探している最中なんでね」

トウタの頭を軽くなでると、は悪いね、と片手を振り、そのまま去ろうとした。「さん、ぜひともお礼をしたいものなのですが」ホウアンの言葉に「勘弁してください。かたっくるしいの、苦手なんです。またの機会があれば」

それじゃあ! と手を振りながら、ここで一つの出会いは終わった。
平にならされた道を歩きながら、ふとは首を傾げた。「……フリック、青雷の、フリック?」 しまった、のことを訊いときゃあよかったか、とデコを叩いたものの、もう遅い。


柔らかな風を頬に感じながら、ふとは考えた。
この旅の目的は、と探すこと。そして、もう一つ。
(…………彼の墓を探すこと)

が知っているだろうか。きっと知っているに違いない。
もう少し自身の心が広ければ、彼はの弟となっていたに違いない。二人目の弟だ。

よく笑う子だった。
一体彼は何者であったのか。そんなことは想像もつかないし、今となってはどうでもいいことだ。ただとにかく、彼に謝りたい。すでに手遅れだ。死者に言葉は届かない。けれども魂はある。
(…………俺は、本当に、嫌いじゃなかったんだ)

嘘じゃなかった。
ただ意地を張っていただけだった。
(ごめんな)
死者は蘇らない。
(本当に、ごめんな)



ふと、風がふいた。優しげに草木を揺らしながら、の耳に、小さな声が届いた。
      まったく、こっちは全然気にしてねぇってのに。気にしいな兄ちゃんだなあ

からからと笑う少年の声が聞こえた気がして、ふと空を見上げたのだけれど、気のせいに違いない、と彼は軽く微笑んだ。






2011.09.12
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【補足】 兄さんは坊ちゃんが紋章持ちであることは知りません。
そのうち続きを書きたいけれども、ネタが思いつかぬ。兄さんスペック高すぎ。