正しいはじまり、はじまり 「はーあ……」 パンッと洗濯物をひらいた。からから晴れた空は気持ちも明るくなる。「結局、こうなるんだよなあ」 わふわふ、と幸せ気な顔をして舌を出す。ぺし、と頭をひったいた。「わふん」「犬がしゃべるのは、よしましょう」 いや、リィンバウムなら、そう気にする必要はないのかもしれない。 けれどもまあ、はぐれと思われても困るし、ということで、また空を見上げた。からりとしている。「やっぱり、こうなるよなー」 二回目ののセリフだ。 「って、自給自足のスキル、レベルアップしちゃってるよな」 はたはたはた、とわんこがしっぽを振っている。「うんまあ……」 手作りの物干し竿。拾ってきたテントはなかなか豪華だ。さらさら流れる川を見ていると、心が洗われるようだ。水の心配をしなくていいとは素晴らしい。「でもこれ、下流の方は結構汚れてるよな」 くんかくんか、と水に鼻先をひっつけて、ちべた、とわんこが顔をのけぞらせる。「まあ、飲めるんじゃないかな……」 パンパンッと洗濯物をひっぱって皺を落とす。ときおり、釣り竿を持った住人がやって来る。ちち、と小鳥が水面をちょんちょんとくちばしで突き刺したりと、寂しさに心が折れそうになるまではいかなさそうだ。 宿なし生活二回目は、一回目よりもちょっと豪華にできそうだった。 *** 顔にはめた狐の面をかぽんと外して、彼らの後ろ姿を見つめた。何の因果かわからないが、彼らはすっかりと南スラムの側に居を構えてしまったらしい。(まあ、ナツミさんをお願いした人も、南の人みたいだったし) 必然と言えば必然なのかもしれない。 一番最初、ケンカをふっかけてきた相手と、一つ関係が違えば同じ屋根の下とは、なんとも不思議な話だ。それで問題がないのならいいのだけれども、トウヤ先輩はといえば、“前回は”北のスラムに住んでいた。きっかけさえ違えば、どんな展開にも転がることができるということだろうか。 とりあえずというか、私は北と南の、どちらかと言えば北よりの小さな公園の中に居住まいを構えることにした。構えるといったら言葉はいいが、簡単に言えば不法滞在である。 別にどこというこだわりはなかったが、川が近くて、かつ工場区とはなるべく距離を持ちたいというだけだ。さすがにそちらには住みづらい。トウヤ先輩達とはいくらか離れているが、下手に近くにいるよりも安全だろう。 下手に人目につく場所よりも、できることなら城壁の外の方がありがたかったのだけれど、外と内に佇む門は分厚すぎた。 (バノッサさんと、カノンさんはどうしてるのかな) 気になるのなら別に普通に様子を見に行けばいい話だけれども、そうしたところで私と彼らは赤の他人だ。そのときは、そういうことなのかと信じはしたけれども、(時間が戻るなんて……)ありえないな、と思ったあとで、どうせ異世界やらなんやらと、そんなものを目白押しで体験した後なのだ。今更信じる信じないの話ではない。 よっこらせ、と川岸に腰を下ろして、懐の中に隠した狐の面を服の上からなでた。邪魔であるが、しょうがない。の声をかりて、姿を誤魔化すにも限度がある。 今回も、 素知らぬふりをして、トウヤ先輩に近づいて、近くで様子を見たらいい。そうしたら、彼らが危なくなれば助けることができるし、なにより自分自身が安心する。 ぽちゃぽちゃ、と川の中で魚がはねたのだろう。私の隣で座り込んでいたが、じっとこちらを見上げていた。「嘘だよ、ちょっと思っただけ」 ぱたぱた、と片手を振る。 「私だってわけがわからないのに、先輩も自分自身も騙してあの中に居座れるほど、器用じゃないよ」 目的もわからない。ただ間違ったことをするな。けれども正しいことが何かということさえわからない。とんだ無茶ぶりだ。(けれども、あのとき先輩は死んだ) それを、どうにかなくすことができた。その事実だけで、全部を見ないふりをしている自分は、自分勝手にもほどがあるとは気づいている。 「ほんと言うとね、俺も実はよくわかんないことも多いんだけどさあ」 はたはた、と犬のしっぽが揺れている。 「そのときになったら、ああ、こりゃ間違った。正しかったねって思うけど、今からじゃよくわかんないんだよね。よりは、色んなことはわかってるつもりだけど」 「なるようにしかならないかな」 しょうがないな、と立ち上がった。服についた小さな石の破片を叩いて、眼前を見つめる。 「さっさと、うまいこと終わってくれたら、一番いいよ」 寧ろ私なんかいない方がいいのかもしれない。私がいたから、この間は妙になってしまったと分かっている。 「干渉は必要最低限。自分はいないものとして考えよう。姿は消すにこしたことなし」 そういうことで、と腰に手をあてて、眼前を見据えた。 そもそも私は、これからどこに行けばいいのだろう。島に戻るべきなのだろうか、それとも。 *** 「よお、昼間のことで挨拶しに来てやったぜ?」 そういいながら、相変わらず不健康な色をしている肌を月明かりにさらしながら、バノッサさんはくいっと顎を持ち上げた。南スラムの面々を取り囲むメンツの中には、いくらか覚えのある顔がある。(ぞろぞろと物騒だと思ったら……) 一体なにをしているんだか、と溜息をついた。 トウヤ先輩達は先輩で、故意か偶然かは知らないが北スラムにケンカを打ってしまったらしい。様子をみるところ、どちらかといえば、バノッサさんから見覚えのない新人と、もともと気に食わないやつらをちょっとしめてやろうじゃねえかという意地悪心が働いているような気がする。「ケンカくれえ、まともに売れねえのかよ!」「なんだよ、やってやろうじゃねえか!」 元気だ。 煉瓦づくりの建物の窓から、不安げな小さな子どもの影が、僅かに浮かんだと思ったら、「こら!」という女性の声と一緒に、きゃあ、と女の子と男の子の悲鳴がきこえた。小さな子どももいるのだろうか。 その建物の入り口を守るように、トウヤ先輩とハヤト先輩が、ぐっと眉間に皺を寄せながらバノッサさん達を睨んでいる。アヤ先輩とナツミさんまで、彼らより数歩後ろで小柄な体を必死に奮い立たせてじっと前を見据えていた。その近くには、紫髪の少年と、筋肉質な男性一人。そしてあの騎士の青年も、やはり彼らの仲間だったらしい。 カノンさんが彼らの中に混じっていないのは、今頃家でため息をついてバノッサを待っているからだろうか。 (なにしてるんだ) はめた狐の面では、少々視界が狭いが、これくらいなら問題ない。もともと片目だけなのだ。 睨み合うトウヤ先輩とバノッサさんを見ながら、なんとも言えない気分になって、屋根の上でごろんと寝っ転がった。きんきんと刃がぶつかり合う音がする。ときおり視線を投げて、肩をすくめる。(あ) 小さなナイフ 息を吸うよりも早く、小石をぶんなげた。 「……あ、がふっ!?」 足元で唐突にはじけた音へ、男が視線を移動させる。その隙にと飛び出した紫髪の少年が、そいつの腹を力いっぱいぶん殴る。「おいアヤ、怪我ねえか!」「あ、はい……」 ぼけっとすんな、と吐き捨てるように口元を横に伸ばす姿に、こくりとアヤ先輩は静かに頷く。 「……ふー……」 屋根の上には、小石程度ならころころと転がっている。よしよし、と胸をほっとさせると、にやつき顔のが茶髪をいじりながら笑っている。 「干渉は必要最低限、じゃねえの?」 「……まあね」 苦ったらしく答えておいた。 喧騒が響いている。 「最低限、ですよ」 リィンバウムの月は、相変わらずどこでもまんまるい。 BACK TOP NEXT 2014/09/21 |