正しいはじまり、はじまり とりあえず、男たち3人をのしてしまった後、ことんと意識を失ってしまったナツミさんをかかえて、私は「はー……」と、ものすごく長いため息をついた。男たちがいつ起き上がるかも分からない。こんなところにナツミさんをおいてはおけない、と手早く彼女の状態を確認し、怪我をないことにもう一回安堵の息をついて、よいしょっと背負う。女の子一人くらいなら軽いものだ。 「よかったね。間に合った」 いつの間にか隣に立つに、「まぁね」と私は生返事をした。あのとき、一度目のとき、私と先輩がいくら探しても、ナツミさんとハヤトさんを見つけることができなかった。背中に抱えた彼女の重みを感じてぞくりとする。もしかしたら、ナツミさんはあのとき。(考えるな)考えちゃだめだ。あのことは、もう全部、なしになったんだ。先輩が、死んでしまったことも全部。 (……まるで都合の悪いことだけを目から逸らしたようだ) 多分それは気の所為ではない。 「ハシモトナツミは必要な人間だからね。いなくなっちゃ大変だった。ヒグチアヤがいなかったから、ストーリーが大変なことになってしまったみたいにさ」 相変わらず思わせぶりには笑う。「あのさぁ」私はナツミさんを抱えたまま、へと視線を向けた。「必要な人間って言い方、なんだか嫌だ」 ナツミさんの重さを感じていたからかもしれない。私は珍しく、にトゲトゲとした言葉を投げかけてしまった。はそのことを気にするでもなく、僅かに苦笑して、「それ以外言いようがないしさ。ごめんね」と軽く謝る。 必要な人間。なんとなく、頭にひっかかった気がする。 (それじゃあ……) 必要じゃない、人間は? もう少しで何かがひっかかりそうになった気がした。けれども「ほらほら」とが急かす声に、私はハッと意識を取り戻す。 「まだ終わりじゃないだろ。トウヤとハヤトが別れた場所。あそこも一つの分岐だ」 「……わかってる」 顔に付けた狐の面をもう一度直して、私はあのときのことを思い出した。一体どうやって、先輩とハヤトさんが別れることになったのか。あのとき、不良にかこまれ、そして………… レイドは唇をかみしめた。 彼が保護者的な立場として席を置いている孤児院は経営に瀕していた。いや、経営なんていうもんじゃない。一つの家庭が一団となってその家計をなんとかしようと日々知恵をしぼる毎日だ。確かに、家計は火の車だ。自分の昔のつてを使うにも限界があったし、仕事をするにもおぼつかない子どもが3人。苦しいことには苦しい。けれどもまだなんとかなる。 そして苦しいからといって、してはならないことというものもある。レイドは同じ孤児院に暮らす、紫髪の少年と、一人の男を思い出した。 (犯罪に走った金を使って、あの子たちが喜ぶものか) 自分はもう騎士ではない。けれども騎士の魂は胸にやどっている。あの先輩の後ろ姿を追っている。 レイドはガゼル達が行う、つまりはカツアゲ、恐喝を止めるべきだと彼らの後を追った。口でいくら言ってもやめはしない。彼らとて、必要にひんしているからこそしてしまう行為なのだ。(現場にて取り押さえるべきだ) そうレイドは息をひそめながら、ガレキの向こうで少年たちを窺う。 ガゼルは見慣れない少年たちへと目標をさだめたらしい。「金を出せ」という典型的な言葉に、レイドの予想以上のスピードで争い始める彼らに、どうすればいいものかと眉をひそめた。今この場で止めてしまえば、反対にややこしくなってしまうかもしれない。ある程度決着がつくまで待つべきだろうか。いや、しかし。 そう、ガゼル達へと意識を向け続けていた所為だろうか。ふいに、後ろへと気配を感じ、レイドは振り返った。そこには狐の面をした一人の人間が、背中には少女一人を担いでぽつりとその場に佇んでいる。 「…………誰だ、きみは」 体躯はあまり大きくはない。しかし、軽々と背に少女を抱えていることから、男だろうとレイドは察した。狐の男は何の返答もせず、一歩一歩とレイドに近づく。そして背に抱えていた少女をぐいっとレイドに突き出した。レイドは驚いたまま、渡された少女、茶髪の、これまたレイドが見慣れない服装をしていた。「ちょ、きみ……!」 狐は軽く指をさした。レイドは思わずその方、ガゼル達へと目を向ける。そしてまた狐を振り返る。 その瞬間、狐は消えていた。(なんだ、あれは)レイドは何度も瞼を瞬かせる。わからない。何がしたかったのだろうか。ふと、レイドは狐の男から渡された少女と、ガゼルとが向かい合っている少年たちの服装が似通っていることに気付いた。そういえば、彼らはガゼルと争う前に、「少女を見ていないか」と訊いていたのではないだろうか。 狐の男は彼らへと指をさした。わからない。何がしたいのか、読み取りかねる。レイドは薄く瞼を閉じた後、ガゼルへと向き直った。「 「はー…………!」 私はまたため息をついた。いい加減狐の面がうっとうしい。 消えたのではない。屋根の上へと登ったのだ。そう、初めに、あのガゼルと呼ばれていた紫髪の少年と出会ったとき、あの騎士姿の男の人はいなかったのだ。いや、もしかしたら、いたのかもしれないけれど、私は気付かなかった。こちらから伺ってみればあの騎士姿の男の人がガゼルさんの知り合いだということは見て分かる。あんなにしっかり、心配げに見つめていれば分かるなという方が難しい。 (多分、あの人は止めたかったんだ) けれども私があの中でいたことで、タイミングがあわずにそのまま私たちは素早く拡散してしまった。こういう言い方をしてしまっては何だが、前に私がいた位置にはアヤ先輩がいる。アヤ先輩が私以上の動きをする訳がないし、そうなるとハヤトさんも先輩も、アヤ先輩をかばわなければいけなくなり、素早い撤退は不可能だ。 ある種狙い通りに事は進んだ。(いつまでもここにいたら、まずいかな……) 先輩に会う訳にはいかない。そして声を発する訳にもいかない。またの声を借りようにも、彼らとは面識があるのだ。私は彼らが、ガゼルや騎士姿の男の人達とどこかへと向かう姿を確認して、その場とは逆方向に走った。 (それにしても) そう、彼らは何らかの力を使った。召喚術ではない。けれども、人間業でもない。もう少しというピンチに陥ってしまったとき、ぴかりと、彼らの体が光った。 (………あれは)何だろうか。わからない。そして、あのガゼルと呼ばれた少年に私は二度会っている。そのとき、茶髪の少女は知らないと答えた。けれども今、意識を取り戻した彼らとともにナツミ先輩は行動しているはずだ。 (こんなにも、違うんだ) 一度目と、歴史がまったく違う。本当なら、この後ハヤトさんの行方がわからなくなり、私と先輩はカノンさんに出会うはずなのに。 「これが、正しい道筋なんだよ、」 耳元で聞こえたの声が、何故だかカラカラと胸の中で反響した。 トウヤ達は自分たちが異世界から召喚されたということを認識した。異世界に来たそのすぐに事情を説明できる人間がそばにいたということは、随分な偶然だ。まるではかられているようだ、とトウヤは胸中でつぶやいた。ガゼルの反応を見れば、自分たちが『名もなき世界』という場所からやってきたということが、常識ではなく、一部の知識でしかないということが分かる。 (ほんとにラッキーだったな) なんでこんなことになってしまったのか。トウヤは一人顎をさすった。そう、本当なら、自分の後輩である幼馴染と一緒に家に帰宅していたはずで、けれども委員会で遅くなってしまって、いつの間にやら先に帰られてしまったので、待ってくれとその後ろをおっかけようとしたところを樋口に掴まって不本意なことからからかわれて。 ほんの少し前なだけの記憶なのに、遠い昔のようにも思える。トウヤは深くため息をついた。どういうことだろう。そうしているとき、リプレと名乗った桃色髪の少女がとたとたと勢いよく階段を下りてきた。「あの、ナツミ……ていう子、目が覚めたわよー!」 その瞬間、ぴくりとトウヤとハヤト、アヤの三人は顔を起こした。「本当か!」 ハヤトの言葉と、二人の目線にリプレはパチクリと瞬きを繰り返してコクコクッと頷く。 レイドから聞いた、狐の男とは一体何者だろうか? 「あの、狐の人、私を助けてくれたんだよ」 案外元気に飛び起きたナツミは、そう説明した。「私、混乱して走っちゃって、それで男の人に襲われそうになったんだけど、狐の人があっという間にのしちゃってさ。それで気づいたらこんな感じ」 なるほど、とレイドは頷く。 「君たちの知り合いではないんだね?」 「狐の知り合いは……いませんね」 「そもそも俺たち来たばっかだし」 「ふむ」 「ああ? じゃあなんだってんだよ」とガゼルがぽりぽりと頭をひっかいたが、まったくその言葉につきる。それじゃあ、あの狐の男は一体どういう目的を持っていたのだろうか。やましい気持ちがあるからこそ、顔を隠していたのではないだろうか……と、トウヤが言葉を発したとき、「え?」とナツミは眉をひそめた。「あの人、女の人でしょ?」「え?」 「いやだって、声を聞いたけど、女の人だったと……あれぇ?」 「しかし、その女性にしてはきみを軽々と持ち上げていたし……服装で体格も分からなかったし」 「謎ですねぇ」 うーん、と首を傾げたトウヤ達に、何にしても、とナツミが言葉をまとめた。「悪い人じゃないよ。絶対。悪い人じゃないって!」 わかったか! とぴしりとこちらへと指をつきさしたナツミに、一同はこくこくと頷くことしかできなかったが、念入りにと深くかぶったローブの向こうを隠す狐の面は、どうやって考えても不気味な印象をぬぐうことはできないのであった。 BACK TOP NEXT 2011.01.10 |