ある村でのこと


プロローグ




「よってらっしゃいみてらっしゃい!」

小さな体を張り裂けんばかりに、少女は両手を大きく開く。
にっとひょうきんに歪めた顔つきは、元来のものか、それともただの客よせなのかは判別がつかない。彼女の左の目は、ぐるりと薄汚れた白い包帯で巻かれ、不器用なのか、慣れていないのか、それはよれよれとあまり奇麗な結びをしていなかった。背中にはずいぶん不釣り合いな大きな赤い刀を背負い、重すぎるからか、腰をちょいと折っている。

けれども彼女は気にすることもなく、大きくのどを震わせた。「あの犬!」


彼女が小さな指をめいいっぱい伸ばした先に、一匹の犬がいた。茶と金の中間色に、首元へ緑色の紐を巻いた犬は、器用にも頭の上に林檎を乗せたままお座りをしている。
うっすらと目を細めている様はまるで日向ぼっこでもしているかのようだが、残念ながらそうではない。


少女が、腰元から一本のナイフを取り出した。短剣よりも短く、軽い。折りたたみ式は高いので買えなかった。もう片方の手にも、ナイフを握る。計二本。集まった人ごみに、向かい、またにっと笑いナイフを犬へと向けた。

そして体を低く保ちながら、刃元をちょいと人差し指を中指でつまむように指を伸ばし、ほいっと投げる。一投。「あらよっ」 二投。


犬は眠たげにパタリをしっぽを揺らした瞬間だ。すこんすこんと音もなく林檎に二本のナイフが突き刺さり、その犬の額へと赤の表面を通り黄色い汁がぽとりと落ちる。



聴衆人へと向かい、彼女は両手をぱっと高くあげた。
パチリ。小さな拍手の音。パチリ。パチリパチリパチリ、ぱちぱちぱち! そして彼女はまた、にっと笑う。
投げられるおひねりを、風呂敷の中へと閉じ込めるようにバタバタと振りまわしながらかき集め、地面へと零れ落ちた小銭をえっちらおっちらと拾い上げる。「よくやるねぇ」と呟かれた言葉にまぁねとでもいうように、小さく肩をすくめ、頭に林檎をのせたまま、てこてこと犬が歩み寄る。

まばらに散る人々を目の端でとらえながら、彼女はゆっくりとした動作で、林檎を取り上げ、ナイフを抜きとり布で汁を拭き、犬の頭をなでた。「よくやったね、 」「おうよ」

聞こえた少年のような声に、誰が目を瞬かせることなく、ざわついた人ごみの中へと消えていく。

「今日は宿に泊まれるかもよ。外は魔物が怖いものね」

額を撫であげられながら、犬は幸せそうに目を細め、「俺肉くいたい」「そりゃ後で」
笑いながら揺らした背中は、カチャカチャと刀がこすれふいに空はわずかに曇る。
(………ちがう)

見上げた空の色が違う。瞬きをするたびにぐるりと揺れるその光景に、彼女は首をかしげ、「あ」 

そして景色がかき消えた。


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