はその日母に「ソルくんは帰っちゃったの?」と訊かれた。
「還った」は正しく返事をした。



 少年発見



高校受験も見事に終わり、は新しく通う学校へと、新しい制服に身を包み、足を踏み入れていた。今までのブレザーも今日でお終いだ。黒い詰め襟がほんの少し苦しいと一番上のホックを開けて、ネクタイのない自分の制服をじっと見詰める。何故だろうか、おかしいような感覚だ。

あの日ソルが持っていたはずの長い杖と服は姿を消し、まるで全てが夢だったかのような感覚に陥りそうになったが、「ソルくんもう来ないの?」と何度も質問をする母親に、いやでも現実を思い知らされた。
トウヤは今でも見つかる事はなく、この自分の新しい高校でも彼を探そうと決意していた。顔も、名字も何も知らないのだが。


その日新しいクラスのが新しい席の前に座った男は、黒い髪と中々整った顔をしていた。クラスの全体を面倒くさそうに見通したかと思ったら、ちょうど180度あたりのの顔をじっと見詰める。

「君」
「なんだよ」

ほんの少しびくついている自分に叱咤して、黒髪を睨んだ。元来は人付き合いの得意な人間ではない。
そして次の台詞で、は目を見開いた。

「この間、駅で僕の名前叫んでた人でしょ」

名前。人が大勢いる場所で、名前なんて叫んだ記憶は一度だけだ。思わず彼の席の右端へと貼られた名前のシールを凝視した。書かれていた文字に、かすれるような声で、「なんて、読むんだ」 彼はほんの少し眉を寄せながらも呟いた。

「ふかざきとうや」
「リィンバウムを知ってるか!」

叫んだの台詞に、深崎籐矢はとても不思議そうな表情をした後、いいやと首を横へと振った。知らない。ソルが探しているトウヤではない。
思わず立ち上がり、両手を机に付けた体勢をしていたは、ほんの少し恥ずかしくなり、イスへとおとなしく座る事にした。周りの視線が、少し痛い。


「悪い、人違いだ」
「そう」

軽く流された会話の後、教室に入ってくる、見たことのない教師の顔をじっと見詰めて、深崎籐矢の後ろ姿を、じっと見詰めた。
彼とはこの一年後のクラスも同じになり、親友とまではいかないが、友人として関係を結ぶ事になるとは知るよしもない。




1000のお題 【519 期待はずれ】




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2008.08.12