目覚めはバッチリだった、とまでは言いがたかった。
「おはようございます……?」
一言、は呟いた。瞳がしょぼついている。いわゆる寝過ぎというやつだ。縁がない感覚だった。は両目を瞼の上からいじって首を傾げた。目の前ではアルバが神妙な顔でを見下ろしている。当たり前だ。けれどもは気づかない。正直、寝ぼけていた。
「あの、アルバさん……?」
なんでここに、という疑問を考えつく程度には、脳が動いてきたらしい。「は数日寝てたんだ」「……えっ」 反応が遅い。もう一度両の瞼をいじってみた。「おいらに、その、マナ、をくれたんだろ……?」「あ、……はあ」 なるほど、と頷く。
窓の外を見てみると、黒い雪などどこにもない。「なんとかなったんですねえ」 ほっと息がこぼれ落ちた。だというのに、アルバの顔が暗い。気のせいか、尻尾髪がとろんとこぼれてしまっている。
「ごめん」
口元を多いながらのアルバの短い言葉の意味が、よくわからなかった。
***
(アルバさんの様子が、おかしい……?)
隣に座ればギクシャクと体を動かして、何もないところで転げていた。頭でヤカンを沸かすことができそうな人は初めて見た。
だって、どちらかといえば緊張しいだが、自分よりも慌てる人を見ると逆に落ち着いてくるものなのだと実感した。転んだアルバの背中を慰めるように撫でるグランバルドを見つめた。
まあそんなことよりも、厄介なことになった。
(定時報告の鳥が、来ない……)
いくら餌を窓から振ったところで、どこにもその影を落とさない。おそらく。(間をあけすぎた) がころんと揚々に寝転んでいる間に、定時の鳥は飛び去ってしまったのだ。失敗した。街中の人間がマナを吸い取られ倒れこんでしまったのだ。これでは集団幻覚である、なんて報告が通るはずもない。
俺がごまかして報告しておくからさ
そうグラッドは言っていたらしいが、どの“ごまかし”もいったいどのようなものであるのかには検討もつかない。下手に鳥と連絡をとったところで、グラッドと食い違いすぎる内容を本部に送れば不審に思われる。(すでに、思われてる、だろうけど……) 失敗した、と何度頭を下げても結果は変わらない。
(うまいとこ、調整しないと)
ポシェットの中に入る彼らを思い出した。もしかすると、今後彼らの力を借りる可能性もある。
には前科がある。
グラッドと二人きりで兄のことを話しているうちに泣きだしてしまったことがある。それを思い出すと一方的に気まずい気持ちになるものの、彼からしてみればこっちは小さな子どもみたいなものだ。
問題ない、と言い聞かせながら駐在所の椅子に座り込んだ。
隣を見ると、おそらく日報だろう。ペンをはしらせている彼を見つめた。
「それにしても大丈夫か? 気分が悪いんだろう。もうちょっとよくなったら宿屋まで送って行ってやるよ」
横になっとけ、と笑う青年に、そういう理由をつけてここにいるのだ、とはコホンと一つ息をついた。
意味もなく、おしゃべりのために来たとうそぶくほど、彼女は嘘が上手くはない。「あ、はい、それは……大丈夫です」「こないだのこともあるしな。俺も結構きたよ、あれは」
彼は雪が降りしきる中、街中を走り回ったらしい。お陰で宿屋に来るころには足元すらもおぼつかなかった。「そういえば、軍の本部にはグラッドさんがごまかしてくれたとききましたけれど」 これで言葉を出してくれるだろうか、と考えて不安になったので踏み込んだ。「どうやってごまかしてくださったんですか?」「ん?」
んん、と彼が筆ペンを宙に走らせる。
「んーあー、一応、妙な召喚術師達が奇妙な召喚術を使ったって、ことにしといた。しといたはいいけど……架空の悪人を作っちまったようなもんだろ? 正直軍人としてはよくないんだがな……」
なんとも言えないが、おそらくもそう報告しただろう。これで口裏は合わせられる。なるほど、と頷いた。
「ミントさんは……大丈夫、だよな」
何かを考えこむようなそぶりの後で、唐突にグラッドが呟いた。
話の流れからすれば不自然ではない。は僅かに瞳を大きくさせて考えた。「グラッドさんよりは、後遺症も特にないと思いますよ」 彼女は召喚師である上にメイトルパだ。体力的にグラッドに劣ってはいるものの、マナの量は彼よりは多い。
「気になるんでしたら、本人に確認されてみたらどうですか。今日はお家にいらっしゃると思いますよ」
「いや、そうだな、うん。そうだな」
なんだか変だ。
「でも、さすがですね」
「……ん?」
「みんなのことをきちんと気にかけているところが、軍人さんなんだなと。私も見習わないと……と」
言葉の後半はおかしかったかもしれない。いや問題ないか。ぱちん、と口を閉じてグラッドをうかがうと、彼はなぜだか首元を赤くしてじっと手の中の日誌を見つめていた。不自然だ。それがなぜだかこのところのアルバの仕草とよく似ている気がした。
「……グラッドさん?」
「ん、ん!?」
「そういえば、アルバさんが」
「あ、ああ、アルバか! うん、アルバが!?」
「なんだか妙な気がして」
気がするんですが、と声に出したところで、何がわかるわけでもない。ごめんなさい、なんでもありませんと否定の声を出す前にグラッドがを見つめていた。
ひどく生ぬるい目であった。
「……あの?」
「ああ、うん。アルバかー……」
何やら言いたげに口元を動かしているが、読み取るには難しい。
「まあ、しょうがない、だろうな」
「はあ……」
だから何がですか、と声をかけようにも、は少々察しが悪かった。グラッドとて年下の子どもの事情に首をつっこむほど青臭くもない。がんばれよ、と心の中で応援するのがせいぜいである。自身のことも含めて。
「そういや、そろそろじゃないか」
「……なにがですか?」
「ここらへんの時間によくアルバが通るんだよ。ほら来た。おーい、アルバー!」
大剣を抱えて公園帰りだろう。ちらりとこちらを見た。そしての姿を見つけた。
すぐに赤面して、ぺこりと頭を下げている。こっちにこいこい、というグラッドの仕草に、いつもよりも若干反応が遅くカチコチと両手を出してこちらに近づく。
「アルバ、今から宿屋に戻るのか?」
「う、うん……」
「じゃあを送ってやってくれよ。ちょっと気分が悪いらしくてさ」
「えっ、大丈夫かい?」
「あ、は、はい、あ、いえ、大丈夫です! もう治りました!」
「ほれほれ。じゃーなー」
大丈夫です、と言葉を繰り返したところでダメだよ、とアルバに引っ張られた。振り返るとグラッドが片手を振ってこちらを見送っている。「気分が悪いならおんぶしようか?」「いえ、あの、大丈夫ですから」 だってただの理由づけだ。本当はぴんぴんしている。そんなことより、アルバに繋がれた手を見ては赤面した。辺りを見回す。夕方どきはみんな自分のことに手一杯で達に目を向けている人はいない。
ふと、アルバが振り返った。そうして小さくなるに気づいた。「……?」「あの」 声を振り絞る。「手、手が」「……え、ご、ごめん!」 真っ赤だ。よりも、アルバの方が赤い。指先までもりんごにして、アルバはすぐに前を向いた。そうした後に口を一文字にしてに並んだ。てくてくと宿屋への道を歩いて行く。
やっぱり変だ。なんだか、アルバがみたいだ。
はよくアルバに可愛いと褒められて、手のひらを触られて赤面してしまっていた。それが今度はアルバになった。「アルバさん、何か、ありましたか?」 率直に聞いてみた。なにかって? と首を傾げればいいのに、よっぽど思うところがあったのだろう。アルバは立ち止まった。「ごめん」 絞りだすような声だった。
「……あの?」
「おいら、その」
待つことは苦手じゃない。自身、ときおり言葉が上手くでなくなる。はい、と言葉を置いて彼と向き合った。「に、キスを」 いや、こんな言い方するとおかしいな、と首元の汗を拭いながらアルバが声を振り絞った。
「キ……? ああ、あのマナをわけたときですか?」
「うん……」
「あ、あのときはすみませんでした。直接わたすにはあれが一番だと思ったので」
「違うんだ、あのあとに」
もう一回、おいらからも、と掠れたような声だ。
「え? ああ、だからですか。なるほど」
事情を説明するまでもなく、理由に思い至ったところはアルバにしてみればありがたい。ただなんというか、「ほんっとーに、ごめん!」 からすれば、謝られる理由はない。むしろ此方側が事後承諾であったことに謝罪を述べるべきだった。
「アルバさんが謝る理由はどこにもありませんよ」
「でもそんな、寝てる女の子に、あんなこと」
「あんなこと?」
「ごめん、なんかおいらばっかり。なんていうか、初めてだったもんだから、いや、そういう話じゃないか」
しっちゃかめっちゃかなアルバの言葉を聞きながら、「そんな、私だって」 初めてでした。と声を落とすと、アルバはまた可哀想なくらいに赤面した。そして座り込んだ。ただでさえ赤いのに、と不安げに彼を見下ろす。ほんと、ごめん。と零れるような声だった。それから立ち上がって、顔を背けられた。
なぜ、アルバはこんなにも申し訳ないと謝るのだろうと考えて、「別に、私はアルバさんでしたし……」 自分の言葉の意味を考えて、思わずも赤面した。
そういう意味じゃない。いや、そういう意味なんだろうか。多分、アルバにも聞こえた。うん、と彼が返事をした。それだけだ。
真っ赤だった。
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2015/09/23