弟というか、弟みたいというか、家族みたいと言えばいいのか、ただの近所のボーヤと言えばいいのか。

色々とアカネの中で言葉を検証して、考えてみた。
横からお菓子を取り上げて泣かせたことまではないものの、アカネねーちゃんのばかやろう、と追いかけ回されたこともある。もちろん、じゃりんこの足程度ではアカネに追いつけるわけもなかったが、ちょっと手加減してやったのだ。

もぐもぐ、と口の中いっぱいに草餅を詰め込んでいたらなんとなく思い出した。ところで店長、いいよ、うまいよ、この調子でシルターンのお菓子を制覇していっておくれ。なんて考える程度に午後の時間を楽しんでいると働けとぼんで頭を叩かれた。


***


「ひっどくなーい? か弱い乙女の頭をがつんよ、がつん。まあ確かに? お給金もらって? 雇われることになったけど? 午後のまったり時間くらい楽しんだっていーじゃーん!?」

ねえ! と相変わらず餅をほっぺに詰め込んだままぷんすか客引きにせいを出してみた。一人じゃ寂しいから、なんて言う理由で連れだされたは、いらっしゃいませと書かれた看板を片手に困ったように笑っている。

というか、この宣伝は意味があるのだろうか。ときおり旅人らしき人は通るが、わざわざ山道をのぼって泊まってやろうなんて男気を見せるものはほぼいない。「そういや小腹がすいたな」なんて思いだした程度に街の人間がライの腕前を味わおうという程度で、大抵は顔見知りだ。「あれ、アカネちゃん。その子新しい看板娘? かわいいねえ」「看板娘の座は譲らないってーのお!」「アカネちゃん看板娘だったの!?」 常連客ころす。

誰かに話しかけられては、しどろもどろに「どうぞ、いらっしゃいませ」と小さな声を呟いてぺこんと頭を下げている。そういうおもちゃみたいだ。ふわふわと金色の髪の毛が揺れて、うさぎさんみたいな目がくりくりしている。おっとに目を向けて、ついでとばかりに彼女が持つ看板を見る。ふーん、と頷きながら、に話しかけて、まあちょっとくらいと丘の上に消えていく。

(……あれ)
意味ないって思わなかったっけ、と首を傾げた。

(…………ってかわいいわよねえ)
アカネだって可愛い。美しい。びゅーてぃふる。自分の中の賛美をひとしきりし終わった後にを見た。やっぱり可愛い。この所見慣れすぎてうっかりしていたが、最初に見た人間は、多分きっと、はっとする。
その割に気が弱そうだから、適当にだまくらかそうとしても、案外騙されない。痛い目を見たのはこっちだった。

横から彼女の顔を覗き見た。それにしたって可愛い、けれどもどっかで見たことがある気がする。をどこかで見たわけではない。なんというか、若干違う。似ている。多分似ている誰かをどこかで見た。こう、大きさが違ってて、もうちょっと縦に伸びてたような、雰囲気は全然違ったような、そう、何年か前に     「あ」

いいところまで出そうだったのに、が嬉しげに声を漏らした。視線の向きを探ってみれば、なるほど。「何やってるんだ? アカネねーちゃん、」「客引きよーん」 こくこくとがアルバに向かって何度も首を縦に振っている。しっぽが見えた。ぶんぶんと振られている。犬に見えた。嬉しそうだ。

「客引きです!」 ワンテンポ遅れて、ずい、とが看板をつきだした。「……手作り?」「せ、セイロンさんが、一筆」 どおりで渋い、と口から漏れた声ははっきりと聞こえた。

「リィンバウムの文字を筆でって、なんだか面白いなあ」
「うちの師匠はよくしてたけどねえ」
「してそうだね」

はは、と笑いながらずり落ちそうになった看板をの手ごと抱える。ありがとうございます、と声を掛けたかそれくらいか。お互いに真っ赤になった。そのまま視線を逸らして、なぜだか見当違いの方向を見たまま会話を続けている。「きょ、今日はいい天気でしたね!」「う、うん。そうだね」「明日も晴れだといいですね!」「た、たしかに!」 おのれら、何をやっとるか?

もともとふんわり漂っていた空気が、このところあからさまだ。初々しいことこの上ないが。





「…………んで、まだ付き合ってないのよねえ?」

おねーちゃんに言ってみな? とそそと隣に近づけば、アルバは眉根を寄せながら首を傾げた。「あ、グランバルド? 物干し竿はこないだ一緒に直したよ」「いやと」 ブボッと水を吹き出した。

「えっ、そーなの? もう? 意外な手の速さにアカネさんびっくりよ!」
「いや、いやいやいや、何言ってるのさねーちゃん……!」

声をひそめながら辺りを見回す。さすがにがいる場所で、こんな話題を持ちかけるほどアカネはおっちょこちょいではない。と言いたい所だがいた。ライと一緒にフライパンを回している。間違えた。「そういうのじゃ、ない、よ……」「え、あ、うん! ん!?」 大丈夫、聞こえてないない。アルバも気づいてないない。めんどくさいのでそのまま会話を続けることにした。

「いや、そういうのじゃないってさあ。好きっしょ? せーいしゅーん!」 つんつんつついてみる。前からそうだろうと思っていたが、今はそれ以外ないだろう、という感じだ。どちらかと言えばが尻尾を振ってアルバさんアルバさんとくっついていたような気がしたが、さすがの鈍感男も気づけば真っ赤なりんご男に変わっていた。「いや、そういう、ん、じゃ……」 きっかけはちゅーっすか? と聞こうと思ったがやめておいた。さすがにそこまでつっこむのは気の毒だ。

ざわざわと、いつもよりも若干多い客達が少しはやい夕食を頂いている。アカネとの努力の賜物だ。「す、き……なのかな」 訊かれても、知らんがな。
そんな顔で見つめていると、自身の口走った台詞に後悔したのか、アルバはテーブルに突っ伏した。




料理を運んできたに滝のような汗を流すアルバを見て思わず指をさして笑ってしまったのはさすがにちょっとやりすぎだったと思う。
いつのまにやら手伝いが板についてきたが、「看板娘の座は渡さないわよ!」「だったらお前が運べって」 今度はお玉で殴られた。

ひりひり痛む頭を片手で慰めながら、厨房にこもるにも聞いてみることにした「ってさあ」「はい」「アルバのこと好きじゃん?」「……はい?」 案外、こっちの反応は鈍い。

「いや、ほら、ね? 特別に好きっしょ」
「特別」

口の中で言葉を咀嚼している。「特別に好きって、なんですか?」 こいつ、なんか言い始めた。



***




アルバといると、ずっと一緒にいたいと思ってしまう。
勝手に顔が赤くなる。アルバがいれば、隣の席に座りたいと思う。けれどもそれはなにか悪いことのような気がして、いそいそと離れたテーブルに腰を落とした後で勝手に後悔する。

「と、いうような感覚はあるんですけど……」

目の前で、リシェルが崩れ落ちていた。

「いや、あるんですけどって、つまりそれ、あれじゃん。それ、それ!」

指を突き立てる。正直これはリシェルには荷が重い。なんてったって、彼女だって人様にアドバイスできる何かがあったわけではない。「す……」 き、なんじゃん? と言いたいけれども、さすがにちょっと言いづらい。気恥ずかしい。「アカネさんが、それは好きってことだから、とかおっしゃって、後は誰かに聞いてくれと……」 最後まで根気よく! 付き合いなさいよお! とテーブルを叩いてやりたいけどできない。

楽しそうなお話なの? と首を傾げながらやってくるミルリーフがいつの間にかの膝の上にちょこんと座っている。「ミルリーフは、パパがすきー」「ライさん、いい人ですからねえ」「はー?」「へ?」

そういうの、こういう場所で言うべき台詞なの? ねえ台詞なの? と頭の兎をたたき落としたところでうまく止められる自信がない。「私もライさんが好きですよ」「えっ」 丁度通りがかったアルバが、瞳を大きくさせていた。ほらねえ!

「えっ、あ、えっ、アルバさん」

わからないというくせに、アルバを見て真っ赤になっている。「だよねえ。パパはみーんな大好きなんだもん」 ミルリーフの言葉をきいて、は慌てた。それから、「あの、ミルリーフさんがそういう、話を、きいて、こられたので」「あ、そっか。うん、そっか」 はわはわしている。

「もうわかってるようなもんじゃん……?」
リシェルの呟きに、なんだろうとばかりに赤い顔の二人は首を傾げた。けれども言い直す気なんてさらさらない。相変わらずの膝の間では、ミルリーフがごろごろと喉をならしている。に抱きしめられて、あーん、とマナを食べる仕草をした。メイトルパにはごちそうだ。「だからね、パパがどんな人でも、みーんな大好きなままだと思うの」 小さな彼女の声は聞こえない。

別に、関係ないと思うよ、と呟いた台詞は、多分誰にも聞こえてない。






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2015/09/23