ライの体の半分は召喚獣だと、ギアンがそう言っていた。ギアンが言うだけであるなら、違うのかもしれないと否定する気持ちもあったが、実際思い当たるところも多々あるし、まあそういうこった、と軽い口調でお皿を並べながらもう一回、「そういうこった」 ちょんちょんと自分の緑の腕輪を爪の先で弾いた。
それはちょっと、驚きだ。
と、なっているのはどちらかと言えば古くからの馴染みくらいだ。召喚獣達にしてみればなるほどと納得するばかりだし、アルバやにしてみれば新しい友人に、新しい部分が見えたという程度だ。もとより彼らは召喚獣に縁がある。
ギアンも、姫と呼ばれた少女も、ライと同じく、父母の片方が召喚獣だ。だからって言っても、協力しないし、手助けもしない。そう彼ははっきりと言っていた。「ミルリーフだって、悪いことする人のお手伝いなんて絶対しないんだから」 ふんと胸をはっての可愛らしい言葉だ。
これでは平行線だ。けれども、いつまでもそうではいられない。必ず、どこかが交じり合う。
***
鳥が来た
***
きっと、そろそろだ。気づいてはいた。緑の羽毛の召喚獣は、の肩にとまりながらくちばしをつきだす。そうして伝えた。ベッドの下に隠した剣に手を伸ばした。案外落ち着いていた。何度も考えていたことだ。
に、何ができるだろう。
農場の召喚獣達が反旗を翻した。ギアンだ。召喚獣達の鬱憤を吐き出させるように先導し、進めていく。なんともうまい手口だった。よくないことは重なるものだ。本国が、トレイユの街へ軍を派遣したとグラッドは伝えた。先のマナ枯らしの調査のためだ。
もし万一、召喚獣達が軍を攻撃してしまったら。
それはただの反乱では収まらない。「おいらはまだ、小さかったけれど」 サイジェントの街もそうだった、とアルバが呟いた。小さなくすぶりが気づけば大きくなっていて、街全体に広がっていた。何にもできなかった、と彼は今よりも幼い自分を見つめていた。
「だから、軍が来る前に、なんとしてでも止めないと」
けれども、は知っているのだ。
「グラッドさん。軍は今すぐに来ます。早ければ、今日の昼には到着するかもしれません」
ころんと鈴を転がすような声で、はそっとグラッドに告げた。「そんな報告は」「グラッドさんには、敢えて伏せられたのだと思います」 時刻よりも早く、動揺をつく。それが彼らの鉄則だ。薄々グラッドも気づいていた。ただそれを止めるすべがなかった。
には明日の到着と伝えられている。おそらくそれも虚言だ。なんでもする、とは考えた。理由を考えた所で仕方がない。ただ彼らが好きだった。不純な動機もあるだろう。おそらく、が今から行うことは彼女の人生を投げ捨てる。積み重ねたすべてを放り投げる行為だ。
彼からすれば、これはただの戯言だろう。「信じてください、なんとかします」「なんとかって……」 今、これが、ができる精一杯だ。「なんとか、です」 強い言葉だ。グラッドは口元をひきしめた。「ライさんとは、別行動です。時間はあります」
「絶対に、止めてみせます」
トレイユの街に来たばかりのはきっとこんなことは言えなかった。任務がなければおどおどして、人と会話するにも目を合わせることが怖かった。
ライ達には軍を止める。ただその事情だけを話した。大丈夫なのかと不安がるアルバの手のひらを握った。「アルバさんは、そちらで」 お互いにできることはある。きっとそうだ。
「……馬は、いらないのか?」 不安げなグラッドの言葉に頷いた。「ここからでは、遠すぎるでしょうから」 友人の力を借りることにします。
手の中には、一つのサモナイト石を握っていた。彼は、彼だが、彼らだった。石の向こう側と声を交わしているくせに、顔を見るのは久しぶりだ。
なんたって、彼らは大きすぎるから。てくてくととグラッドは草原を歩いてく。「このくらいで」 僅かに石にマナを注ぎ込んだ。どうした、と彼らが問いかけている。「私は、足が短いので」 どうにかお力を借していただけましたら。そう呟くと、この中に入っておけと言ったのは、お前だろうと幾分かすねた声がきこえた。「ごめんなさい、だって、あなたは連れて歩けないじゃないですか」 確かにそうだ、と笑っている。
「……、一体何と話してるんだ?」
「護衛獣です」
私の小さな頃からの友人です、とも。
「ちょっと大きいので、あんまり驚かないであげてくださいね」 ころりとが笑い、そっと石を掲げた。
山ができた、と思ったのはただの勘違いだ。ずんぐりと長い蛇が、長い尾を引きずりながらとぐろを巻いている。一つばかりだと思った首は二つある。二本の蛇だ。いや、竜だった。ぱかりと開いた口を見て、グラッドは眼を大きくさせた。見たことがある。「…………お伽話に、出てきた」 彼だって一端の軍人だ。召喚獣はある程度頭の中に叩きこんであるはずだ。ただし、これは小さな頃に読んだ絵本の中で。「ブリスゴア」 だったっけ、とぽとりと言葉を落とした。
返事をするだけで、地が揺れてしまう。ブリスゴアは4つの眼を動かした。「うわ」
「名前は、昔から色々あるみたいです」とほんのちょっと、は笑った。乗せてくださいね、と声をかけて、グラッドの手をひく。「振り落とされないようにしてください」 だって、彼らの背に乗ったことはない。恐る恐る、グラッドが足をかける。「きみ、本当にただの召喚師か」 グラッドの呟くような声に返事はしなかった。は、ただのであるから。
本当は、なんて大したことはない。
ちょっと容姿が優れているだけで、要領は悪いし、武術だってそこまで得意なわけではない。なんかよりも、もっともっと優れた人間は多くいる。そんな人達はなんかよりもよっぽどうまく任務をこなしていた。はいつもギリギリで、必死に這いつくばっていた。
でも召喚術だけは違った。初めて石を触ったとき、お前はなんだと二つの声が問いかけた。こんにちは、と幼いながらに返事をすると竜は笑った。
たまたま、一番初めに手を伸ばした召喚獣が彼らであったから、だからそれに全部がくっついてきた。ただそれだけだ。だから惜しくなんてない。
でかい竜の背に乗って飛び降りれば、きっと誰でも驚く。「待ってください!!」 すぐさまグラッドが両手を上げた。一個小隊だ。その中には、が見覚えのあるものも混ざっている。
「俺、いや私はトレイユの駐在軍人、グラッドと申します! なにゆえこのように部隊を派遣なさるのか!」
すぐさま反撃されなかっただけめっけものだ。ただそのためにはグラッドが必要だった。のようなただの小娘が唐突に立ちはだかるよりも、軍服を着た、青年であるグラッドの方がずっと説得力がある。
向けられた弓を弾き返すように、グラッドは背を伸ばした。はポシェットに手を回した。ブリスゴアは向こうに帰ってもらっている。下手な刺激はしたくなかった。「報告で申し上げました通り、トレイユの混乱は不穏な召喚師が、ふとときを起こしただけのこと。その召喚師が使用した石も、すでに破壊しております!」 嘘八百だ。ただこの当たりはミントと協力して、“それらしきもの”の欠片は準備してある。
前方に立つ男が、静かに両手を横にした。弓が下がる。グラッドはあちらに悟られぬように息をついた。
「それははたして、事実であるのか。その調査のためだ」
「このように部隊を押しかけては、住民が不安がります。せめてもう一時お待ちください。事前に事実を周知して」
「それは事実であるのか」
二度目の問いは、グラッドに対してではない。「事実です。事前に報告申し上げたはず」 ? とグラッドが訝しげに声をかける。
「マナ枯らしがトレイユに降りたとき、お前からの連絡は途絶えた」
「それはご説明したとおり、私も同じくマナを枯らされてしまったものですから」
「その膨大な魔力を持つお前がか」
神話の召喚獣を操るお前が? と腹を抱えるように彼は笑った。「そもそも、お前に対する任務はとけていない」 彼は老齢の召喚師だ。にこの任を与えた男だ。
「それは幾度もご報告申し上げたはず。すべてただの“勘違い”です。あの街の調査の必要性はどこにもない。ただの時間と労力の無駄でしょう。お引取り願ったほうが、あなた方のためです」
よくもまあ、ペラペラと舌が回る、と苦笑した。「それは、お前本心の言葉か?」 気づけば、グラッドをかばうように前に出ていた。彼の視線を感じた。
「ええ、帝国軍第三部隊、親衛隊補佐としての立場をかけて」
暗喩だ。
グラッドが、息を飲んだ。なるほど、と男が笑った。そうしてる間に、「タマヒポ」 念には念を。声を上げるまもなくはたはたと膝から倒れていく軍人たちの真ん中で、召喚師が髭をなでた。「……これは一体?」「いくら説明したところで、あなたは来てしまうでしょうから、時間稼ぎを」 この男にきくわけがないが、周りの軍人たちは違ったらしい。特別のブレンドを仕込んでおいた。
「どうぞごゆっくりいらしてください。まさか、彼らを放ってくるわけにはいかないでしょう。こんな草原のまっただ中、何があるとも分かりませんよ」 少し、面白くなってくる。
「、残念だよ」
「ありがとうございます。今までお世話になりました」
「お、おい、!」
「グラッドさん、戻りましょう!」
さて、自由の身だ、と考えると笑ってしまった。こうなってしまえば、彼らが来る前に決着をつける必要がある。「ぐっすりと眠るようにしておきましたからね。今日一日、もしかすると二日程度はあのままです!」 竜の背で風を切って、けらけらと笑う。「だ、大丈夫なのか?」「大丈夫じゃありません!」 明るい声が出てしまった。
「あんな言葉で、あの人達が納得するわけもありません。ですから、立場を掛けさせて頂きました。私は親衛隊補佐としての立場をかけて嘘をついてしまいました!」
の首一つで治まるように。そうお願いしたのだ。一日二日、到着に遅れた理由は出来の悪い補佐のせい、そういうことだ。
「来る人間が誰なのかは分かっていました。あの人はそうしてくれるはずです」
長い時間を一緒にした恩師だ。恩を仇で返してしまったが、飛び立つ際、彼は僅かに笑っていた。
お前に軍は似合わない。いつの日かそう言われたことがある。ただの説教か何かだと思っていたが、もしかしたら違ったのかも。
「っていうか、お前、親衛隊ってどういうことだ!」
「補佐です、まだなりかけでした!」
「なりかけって、いやいやそういうことじゃなくてな!?」
「グラッドさんのこと、心の中じゃグラッド先輩って呼んでましたー!!」
「そりゃ一体、どういうことだ!?」
軍の先輩でありますから、と腹の底から笑えば、何か気持よくなってくる。わずかな後悔はある。ただ、それはほんとうにちっぽけだ。ほんとうに、とても。
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2015/09/23