物語は佳境に近づく。
空の上に飛び立った少年たちを見送った。次々に湧いてくる仮面の男たちに、息が詰まった。手加減をする余裕などどこにもない。はたき落とすように槍を振り回し、ブリズゴアの石をポーチに入れる。カチャカチャと石たちが主張の言葉を発しているが、いつまでも此方側に出しておくわけにもいかない。大きな召喚獣は、それだけ世界に与える影響が大きい。
とにかく、街に向けて走った。
これは、自分本位の戦いだ。軍に助けを求めなかったことも、事情を伏せたことも。ただ、ミルリーフを守りたかったから。だから、彼らを傷つけてはいけない。巻き込むべきではない。剣はとうに放り投げた。仮面の男たちが、槍を持っていてよかった。はこれが一番好きだ。背が低い彼女がこれを持つと、ずっと遠くまで行けるような気がする。鋭く先を突き出す。ときおり、血のような息が口から漏れた。体中にできた擦り傷がひりつく。こんなもの、なんでもない。
蹴飛ばされた鉢植えが目についた。
息を整える。左右から飛びかかる男たちに、まずは一発。槍の腹をひっくり返して、突き立てた。すぐさま反対に突き立てる。浅かった。一閃を顎を逸らして逃げる。いくらか髪が飛び散った。は逃げない。逃げなかった。石を使う間すらもない。力を貯めた。相手の懐に飛び込むように腰をかがめる。黒い影が頭の上に覆いかぶさる。
まるで鏡を見ているようだった。
そう思ったのは瞬きをする間の一瞬だ。彼はとは似ても似つかない。背だってよりもずっと高いし、細いけれども、よりはしっかりした体つきだ。色合いは確かに同じだが、そのくらいだ。
いや、そもそも彼と言っていいのだろうか。彼女かもしれない。なのには男だと思った。
男は一瞬で敵を沈めた。は瞬きながら青年を見つめた。「危ないだろう」 中性的な声だ。
「ご、ごめんなさい」
「仲間は」
「はぐれました」
突っ走った結果だ。それぞれが敵と戦っている。「集団戦ではぐれるのはただの馬鹿だ。いくら腕に覚えがよくてもね」「ご、ごめんなさい……」 は目を白黒させながら、男を見上げた。何やら彼には強く出れない。
ただ、下ばかり向いているわけにはいかない。精一杯に息を吸い込み、顔を上げた。
「あの、ありがとうございました」
金髪で、線の細い男。
兎のようなお互いの赤い瞳を合わせていると、ひどく奇妙な気持ちになった。彼もと同じような顔をした。それから数秒立って瞳を逸らした。まるで負けたみたいな顔をしていた。「……あの」「僕は、巡りの大樹自由騎士団だ」「え」
聞いたことがある。「アルバさんの……?」 アルバの名を聞くと、青年はまた不機嫌そうに眉を寄せた。もともとがこういう顔なのかもしれないが、少しは反応に困った。「アルバを知っているのか」「はい」 何故か、という言葉はなかった。もし聞かれれば、はどう答えていたのか。おそらく、仲間と言っていたのだろう。迷うこと無く。
「アルバさんは、今、空にいます」
丁度、街の上空にある。あちから問いかけてこないものだから、先に答えてしまったすいと指を立てて、空飛ぶ島を指さすと、「そんなとこだろうと思った」 皮肉げな口調なのに、何故か柔らかく感じた。
うちに来るっていうのは、どうかな
アルバがそう言っていたものだから、なにやら彼の前に立つことに、は僅かな罪悪感を感じた。まるで面白半分に覗いていたような気分だ。
自身は、アルバのようにはっきりとした目標があるわけではない。ただ漠然とアルバが羨ましく感じたから、アルバの目標を自分のことのように感じているだけに違いない。そう思っている。誰かを守りたい。ずっと頭の中から消えない言葉だ。
男は強かった。
細い体のどこにそんな力があるのか、には分からない。ただ、ひどく胸がざわついた。まるで、彼女の目標のようだ。騎士団はこんな人ばかりなのかと考えるとびっくりする。名前を聞きたくなった。「あの」「僕らは」 言葉を遮られた。
「今、作戦任務中だ。まず、このトレイユには戦えない人間が多すぎる。守って動こうにも、限度ってものがあるからね。外から侵入を防ぐのが第一なんだけど、片付けるには数が多すぎる。だから」
「…………結界を?」
形のいい男の眉がぴくりと動いた。正解らしい。「でも、こんな大きな街を覆えるほどの結界なんて」 それこそ、神話に出てくるエルゴのようなものだ。男は彼女に悟られぬように、僅かに笑った。神話の召喚獣を呼び出すくせに、ひどく気弱だ。「世界ってのは」 彼には妹がいる。いや、いた。生きているのか、死んでいるのか。それすらももう分からない。もう戻れない故郷の話だ。
「案外広いものなんだよ、お嬢さん」
***
そわそわと両手を合わせる。空を見上げて、きらきらとときおり零れる結界の欠片が眩しくなった。大きな、大きな結界だ。街一つを覆うことのできる結界を扱うことのできる魔力とは、一体いかほどのものだろう。自身も、メイトルパのマナを体中に溜め込んでいる。ただ、そんなことができるなんて、思いもよらなかった。
小さな感動を持った。
アルバ達は、きっと帰ってくる。分かっているのに、は立ったり座ったりと忙しい。ライの宿屋の鍵は今日は預かっている。いつもの宿屋にいつもの人たちの姿はない。その代わりに赤髪の体の大きな男と、を助けた金髪の青年が静かに席に腰掛けている。外で目立つことは避けたい、というのが彼らの言だ。彼らが引き連れた幾人かの兵達も、各々適当な場所に姿を隠している。
「……そんなに不安だったら、ついてけばよかったのにーい」
機械兵士の末っ子娘の言葉に、は何も言えなくなった。「心配しなくても、アルバさんは戻ってくるヨ」 ダイジョーブ、と口元を緩めるカサスに思わず首を振った。「みなさんの、心配です!」 なぜアルバだけ、ピンポイントな指定があるのか。「……見てりゃわかるもーん」 末っ子の機械兵士の娘が、ぽそっと呟いてコードのしっぽを揺らしている。なんだか聞こえた。
「……まったく。怪我は治ったろうに、いつまでも戻ってこないと思ったらこういうことか」
呆れたような声に、は振り返った。金髪のあの男だ。「こいうことって、どういうことですか」「女にうつつを抜かしているとはね。あとで徹底的にしごいてやらなくちゃな」 は両の拳を握った。それから、自分でもびっくりするくらいに大きな声が出ていた。「違います!」
「あ、アルバさんは、ライさんの力になりたいと、そう、思ったんです! じ、自分が関わったことを、適当に投げ捨てられない人だから!」
そう言った後で、自分はアルバの何を知っているんだと恥ずかしくなった。自身のこの態度が、アルバの評価を下げているくせに。大声を出したことを恥じた。でも、言葉の否定はしたくはなかった。「すみません、口が過ぎました。でも、私が、ただ、一方的に」 心配をしていただけで、と言葉を出してしまえば、の気持ちは駄々漏れだ。
アルバのことが好きだと気づいてしまったものだから、うまく言葉が言えない。何を言っても、それにつながってしまう気がする。黒い甲冑の男が面白げに笑っていた。
「アルバに限って、それはないだろう」
「分かっています、ルヴァイド様。ただこの娘があんまりにも落ち着きがないので」
「からかったのか? お前にしては珍しいな」
なにがですか? と金髪の青年はしゃあしゃあと言っている。あの赤髪の騎士の名はルヴァイドと言うらしい。「名を聞いてもいいか。私はルヴァイドと言う。アルバは大切な友を持ったのだな」 ひどく、大切なことだ、とふとするときつく見える瞳が柔らかい。は思わず頷いた。それから赤い頬を隠すように頭を下げて、名乗った。
「と申します。落ち着きがなくて、すみません」
がごんと大きな音が響いた。金髪の青年が、テーブルの上から思わず肘を落としてしまった音らしい。「…………?」 はい、と返事をすると、青年が訝しげにを見つめた。赤い瞳だ。はなにかを言いかけた。
かららん、とカウベルが響く。「おっ。元気そーだな。店も無事だし、なによりってか」「ライさん!」「ライ! 姫は!」「安心しろって」 頬の泥を落とすような仕草をしながら、一歩下がる。柔らかいヴェールを羽織りながら、不思議な空気をまとった少女が近づく。「ひめさまー!!」 すがりつくような声だ。とうの姫は、ほてほてと優しげな瞳をしている。
「ピピィ!」
楽しげな声を出しながら、ひょいとライの背から竜の子が現れた。いつもよりも小さな体をしていて、いつものような可愛らしいピンク色だ。「えっ、ミルリーフさん!?」「疲れたってよ。こっちに戻っちまった」 御子殿は頑張ったからな! と胸をはる御使達に、は幾度も頷いた。そして、「アルバさんは」 と聞いてしまいそうになる口を押さえた。さきほどうるさく心配したばかりだ。口を一文字に結んで、じっとライを見つめる。ライは不思議気に首を傾げて、店の中を覗きこんだ。「うお!?」 ルヴァイドに気づいたのだ。
「久しぶりだなー! おーい、アルバ、隊長さんがいるぜ!」
「え? る、ルヴァイド隊長!? それに」
「僕もいる」
ふん、と胸をはる青年に、お久しぶりです、とアルバが頭を上げた。
彼のてっぺんから爪先を見る。ボロボロだった。髪だってぐしゃぐしゃだし、顔もところどころ泥に汚れている。傷だってある。召喚術でもおいつかないか、小さな傷は後回しにされたに違いない。はぎゅっと胸を掴まれた。好きだと気づくんじゃなかった。
は、が知っている以上に不安だった。安心した。
アルバの顔を見て、はひどく安心した。アルバもに気づいた。彼もと同じような顔をした。それから、それをすぐにひっこめた。彼は男なのだから。上司が目の前にいる。傷はすっかりいいのか、と声をかけるルヴァイドに、アルバは深く頷いた。そして謝罪した。知らないアルバだ。彼らと話す姿を見て、は彼らの輪から、一歩ひいた。
気づけば周りも同じように談笑している。には、この奇妙な熱気を、深く理解できないでいた。大きな波を飲み超えたことに対する、高揚した雰囲気だ。ひとりきりで生きてきたものだから、困惑した。
疲れているくせに、すっかりいつもと同じようにライは厨房に立っている。そちらを手伝うべきかと振り返ると、「」 アルバに呼ばれた。
「……は、はい?」
「こないだ話したろ。と同じ、元は帝国軍人の人もいるって」
「……それは一体、どんなときに話したんだ。人を話題のだしにするな」
「す、すみません」
「すでに隠していることではないだろう。俺たち自由騎士団は、国境もない。だからこそ、多くの国の者を受け入れることができる」
「まあ、そうですね」
ルヴァイドを前にすると、途端に静かになるのは不思議だった。「しかし、軍人だったか。なるほど、どうりでな」 ルヴァイドの言葉に、はすぐさま首を振った。「元です。それに軍人と言うよりも、なりかけに近いようなものでしたし」 特に自分から言うような話でもない。
ただ途中で言葉を区切るのは、あまりよくもない。僅かに言いづらい気持ちを、勢い良く吐き出して誤魔化すつもりだった。
「元は帝国軍親衛隊補佐でした」 ただもうクビになってしまったので、と口元をごにょごにょとさせている。男二人がピタリと止まった。「ますます、同じだな」 ルヴァイドが青年を見ている。「やめてください。昔のことです」 アルバが苦笑した。わからないのはだけだ。じっとアルバを見つめていると、許可を求めるように彼は青年とルヴァイドに瞳を向けた。長い溜息が聞こえる。「……別に、隠すことじゃないんだろ」
お前が言え、というように聞こえる。彼は素直に飲み込んだ。「……その、さ。イオス副隊長もなんだ。親衛隊。と違って、補佐じゃなくて」「………え」 今、何か。
過去のことだよ、と頬を膨らます男を、もう一度、は見つめた。それから、幾度か瞬きを繰り返した。
「…………イオス?」
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2015/09/23