「まさか、のお兄さんが、あの騎士団の兄ちゃんだったとはねえ……」


偶然ってびっくりよね、とからからとリシェルが笑っている。「世間ってさあ、案外狭いって言うじゃん? あたしはそんなことないわよーっていつも思うんだけどね。ほら、トレイユの街がちっちゃいってだけで、リィンバウムはもっとずっと広いのよ。どどーんよ、どどーん」 どっどーん! と両手を広げて笑っている。笑った。がはは。笑った。それから隣のを見つめた。両腕をすぼめる。「…………まあ、こんなことも、あるわよね?」「…………」


死んだと思っていた兄が、生きていた。



口から魂が抜けた顔、というのはこういう顔なのだろうか。ぼんやりと空を見上げて、は不思議な胸中をまとめていた。「なんていうか……死んでなかったんだから、よかったじゃん?」 リシェルの言う通りではあるが、何か納得できない。そもそも彼は本当にの兄なのだろうか? ただ名前が同じで、境遇も同じなだけの、赤の他人なのでは。

そうなんども考えたが、さすがにそれは難しい。ただ、現実味はそちらの方がある。「……って、お兄さん探して来たんでしょ?」「……それは、ただの口実です。事実を嘘っぱちのように言っていただけで……」「なんだそりゃあー」 まさか本当に生きているなんて、と呟く声が虚しい。
それも、アルバの上司だったのだ。飲み込めと言う方がむずかしい。

「まあ、複雑な気持ちは分かるけどさあ……いや、わかんないけど。あたしそんなのなったことないし」
「お嬢様、本音で語りすぎです」

そそっとメイドがおかわりの紅茶を持ちながらもツッコミを入れてくる。「ぷはー。ポムニットの紅茶さいっこー! クッキーがあればもっとさいっこー!」「作った分は、お嬢様が全部平らげてしまったでしょう?」 せっかくおぼっちゃまの分も作っていましたのにとぶつくさつついてしまった藪蛇に、リシェルが肩を小さくしている。それはさておき、と自分自身でこっちの箱をあっちに持っていくポーズだ。

「お兄さん、見つかったんでしょ? 嬉しくないの? は」

ごくり。
流し込んだ紅茶が、の喉を通っていく。


***


「妹がいる、とは聞いていなかったな」

街にもいくらかの被害が出ている。ある程度の現状を把握したのち、騎士団へと帰る寸法だ。ただ帝国軍がこの街に来るとなっては、おちおちゆっくりしていることもできない。今ではある程度の力はあるものの、他の武力勢と対面することは避けたい。

「もう会うこともないと思っていましたから」

呟く副官の声を聞いた。どうにも表情が読みづらい、と思うのは他の意見だ。ただ彼は困惑しているのだろう。今までの時系列を語るために、宿屋の一室では間に挟まれたアルバが小さくなっている。彼にはただ副官が不機嫌に眉をつりあげているということしか分からない。

「そのうえ、うちに来ることも希望しているんだろう。こちらとすれば問題はないが」
「何を言っているんですか、ルヴァイド様! あんな年端もいかない……」
「戦力的にはなんの申し分もない。アルバもそう年も変わらないだろう。あとは本人の意思だ」

それがなければ、何も始まらぬ、とすぱりと落とされた言葉を聞いて、苛立たしげにイオスは奥歯を噛み締めた。うちに来ればいい。アルバはそう思っていたものの、まさかとこんなことになるとは思わなかった。「その上、アルバの恋人なのだろう」 丁度いいのではないか、とすとりと声を落とす黒騎士は、以前ならばこんな言葉を出すこともなかったろう。よくも悪くも変わった。きっとそれは、お調子者の仲間達が原因だ。

「……こ!?」
「ち、ちが、ちがいます!」

ぶんぶんと必死にアルバが首を振っている。そういえば、とイオスも思い出した。さきほども同じような問いを否定していたではないか。「違う? 本当か。本当なのか」 ずずい、と綺麗な顔が近づくと圧迫感がある。「い、え……」 唾を飲み込む。「お、おいらが、その、ただ、好きな」 だけで……と呟きながら耳を赤くする少年の姿も、何かにかぶる。もまったく同じようなことを言っていなかったか。甘酸っぱい。

「お、お、お、おま、え……!」
「イオス。何を叫ぶことがある」
「ですがルヴァイド様、これは、これは!」
「落ち着け」

幾度か声をあげようと口を開けた。けれどもすぐにぱくんと飲み込む。立ち上がった椅子に腹立たし気に座り込み、険しい眉のままそっぽを向いた。「……しかし、似ているな」「おいらも、最初、少し」「どこがですか!」 どこが、と叫ばれても。
生き写し、とまでは言わないが、並んだ彼らは姉妹のようだ。と、いう言葉はさすがにルヴァイドは口を閉じた。この男が女と見られることを極端に嫌っていることは理解している。

「…………ところで、本当に」

妹なのか? というルヴァイドの問いに、イオスは口をつぐんだ。
彼にはあるまじき、そっぽを向いた態度だった。


***


一つが終わると、次が見えてくるはず。ただ、はそう思っていた。そのはずなのに、こんなことになるなんてわからなかった。
嬉しいのだろうか。わからない。だってまさか、こんなことがあるなんて思わなかった。嘘みたいだ。嘘じゃないかな。頬をひっぱっても、答えなんてどこにも出ない。ひなたぼっこをしていた。

「…………? 何してるの?」
「アルバさん」

ほっぺに貼った彼の絆創膏が可愛らしい。「剥がれてますよ」とが細い指を伸ばすと、アルバはびっくり半分体を硬くした。ぺちぺち、と押さえつける。赤くなった。「アルバさんは、イオス……さん達と、一緒に行くんですか?」「いや、副隊長達はもう今日か明日には出発するから。おいらは、もう少しライ達の手伝いをしてからと思ってる」「そうなんですか……」

は、そうすることはできない。本来ならば、さっさとこの街を後にしなければ。軍に合わせる顔がない。体育座りがどんどん小さくなっていく。
アルバには、もう会えなくなる。
唐突にやってきた実感に、ぎゅっと胸を掴まれた。あの人は、本当に兄なんだろうか。兄ならば、はおそらく伝えなければいけない言葉がある。なのにうまく言えないまま、逃げるように来てしまった。

アルバがすとりとの隣に座り込んだ。一番最初、ぶんぶんとアルバは剣を振り回していた。怪我のせいで、うまく動かない足を引きずって、置いて行かれた力不足を、ただただ剣に叩きつけていた。(アルバさんは、やっぱりすごいな) はただ動けない。座り込んでいるだけなのに。

「旅、してたらさ」

ぽつりと言葉がおちた。「まあ、旅というほどの旅も、まだしたこともないけど。下っ端だからね。でも、騎士団に行くときとか、今回の任務のときとか」 少しずつ、言葉を選んでいく。「ちょっとの出会いがあるんだ。ふとしたときに思い出すような、そんな人達と出会う。もしかすると、あの人達ともう会わないかもしれない。会いたいけどね」 も、アルバとそうなってしまうのかもしれない。ただ、は選ぶ道がある。

「だから、後悔はしないようにしないとな」

きゅう、と瞳をつむった。
足音がひとつ、増えている。さくり、と草が踏みしめられる音がした。顔を上げると、とよく似た顔がこちらを見下ろしている。アルバは幾度か瞬いて首を傾げた。それからぺこりと一つ頭を下げ、宿屋に帰っていく。よっぽど、そちらについて行こうかと思った。イオスもに気づいて気まずげに瞳を逸らす。なんでそんな顔をするんだろう。

自分だって同じような表情をしているくせに。思えば、まだ二人きりで話していない。
立ち上がるべきだろうか。
逡巡する間も、イオスは動かない。は立ち上がった。それからイオスを見上げた。
こんな顔をしていたのだろうか?

よく覚えていない。
記憶よりも、彼はずっと彼線が細く、女性的だ。自分の髪の短さが、まるでとお揃いだ。そう思うと肩筋がすうすうとした。宿屋に戻るべきだろうか。足が勝手に進みそうになる。その前にイオスが動いた。よりも先にくるりと反転して消えようとする。「待ってください!」 なんで叫んだのか分からない。どきどきと心臓の音がうるさい。何故こんな声を出してしまったんだろう。イオスは立ち止まった。考える暇もない。

「なんで!」

後悔は

「なんで」

しないように

「なんで、帰って、きて、くれなかったんですか!」


ただ、はそう叫びたかった。問いかけの言葉が欲しいわけではない。謝りが欲しいわけでも。ただ、叫びたかった。ぼろりとこぼれた涙にはさして驚きはしなかった。「なんで、なんで、兄さんは……!」 寂しかった。とても寂しかった。生きていてくれて嬉しい。よかった。「本当に、よかった。兄さんが生きていて、本当に」 何故、彼が生きていたのだろう。何故、帰ってきてくれなかったんだろう。
きっと、たくさんの理由があるに違いない。には考えもつかないような、長い長い時間と理由が。

イオスは謝らなかった。ただ、の頭をなでた。
幼いころ、兄がの頭を撫でてくれたことを覚えている。優しく。静かに。同じだった。
は泣いた。あんまりにも嬉しかった。彼が生きていてくれて、とてもとても嬉しかった。

はこれからも道を進むだろう。
まっすぐに、まっすぐに。そんなこと、不器用なにはとても無理だ。だから進んでいく。
ぐねぐねと曲がりくねった道を踏み出しながら確かめて、ときどき転ぶ。転んだ先に、石があるかもしれない。それとも川かも。

暖かい光がちらちらと散っていた。
くすぐるような風が頬の涙を乾かしていく。馬鹿だな、と言っているみたいだ。
嬉しくて、嬉しくて。

仕方のないに、笑っているみたいに。






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2015/09/23