【477 古風な人】
怪しまれないようにしなければならないということは親交を深めなければいけないということで、親交を深めるということはつまりは色々と好感を持ってもらわなければいけないということであり。
難しい。難しいぞ、とは一人で頭を抱えた。は軍人である。そして、その事実を隠しながら、トレイユの異変を察知し、調査、報告をしなければならないという任についている。
はじめこそはなんてことのない、すぐに終わる任務だと思っていたものの、どうやらことはそう単純なものではないらしい。
原因の中心であると思われる宿屋に潜入を成功させたものの、一人の侍からは不審に思われ、刃を向けられる始末だ。今のところ、彼を除いて、彼女をそう怪しく思っているものはいないと、思われるが、そう楽観視はしていられない。
とにかく親交を、怪しまれぬように、普通の召喚師、そしてそこら辺の転がる年頃の少女のマネをせねばと布団の上で延々と考え、が出した結論はというと。
「あのー……ライさん」
ひょこっと台所へ顔を出した。そこでは忙し気にフライパンを動かすライがいて、ミルリーフはお父さんのお手伝いとばかりにお皿をちゃかちゃか出している。
「お、なんだよ。腹でも減ったか? 何にする? 今日のおすすめは“ピリッとオムレツ”だな! 卵が安くで手に入ってさー!」
「お、おむれつ……おいしそう……で、ではなく!」
一瞬流されそうになったがちがう。ちがうちがう、とは必死で首を振った。ぐぐっと鳴りそうになったおなかをぱぱっと押さえて、「あの、そうじゃなくって、私もなにか、おてつだいを……」
人間、自分にプラスのある行為を行えば、警戒心は緩むというものである。たぶん。
一日もんもんとベッドの上で考えた結論は、宿屋のお手伝いをしとう、ということだった。とりあえずこれなら平和的だし、私もしたいし、ライさんのお力になれるかもしれないし。
テーブルを見ると、リシェルがメモを持ちながら、オーダーを書いている。いらっしゃいませー! という明るい声がこっちまで聞こえてきた。ポムニットが消えてから、数日ずっと落ち込んでいた彼女は、“元気なふり”をすることで、元気になろうとしているらしい。ポムニットが、やめてしまった経緯は、も彼らからうっすらと聞いた。なんでも彼女は半分悪魔、半分人間の、響界種であり、彼女は、ずっとその事実を隠していた。けれども戦いの中、長く仕えたお嬢様に、予期せず知られてしまったことで、彼女はこの街から姿を消したのだ。
誰もがリシェルの空元気には気づいていたけれど、元気になる方法は、人それぞれだ。新参者であるが、何を言うつもりはなかったし、また同じく、ライ達も普段と変わらず彼女に接した。
「…………お手伝い?」
そう首を傾げて、ライはかんっと大きな鍋を震わせた。「はい! だって、私、宿屋のお金も払ってませんし、あの、だから、何かできることを……!」
そうなのだ。
はライに、宿代を払ってはいない。一番初めのときに、とりあえずと頭金を渡そうとしたとき、「いいや、それは受け取れねぇ」とライはびしりと手のひらを出した。「仲間になるってやつから、宿代を受け取るってのは、なんだか変な気もするしな」 理解できるような、できないような。でもそれが彼の信条だっていうのなら、否定もできないような。
もちろん、食費やらなんやらと言った経費は細々と彼に渡しているけれど、ただで宿に泊まれるとなっては、の気が済まない。信用を得るには細々とした気遣いを。つまりはお手伝いを、という主張もあるけれど、むずむずする。こんなのなんだか、あんまりよくないようなそんな気がする。
ライはかこかことお玉をうごかしながら、「あー、別に気にしなくっていいんだぜ? 俺も俺で、そっちを客扱いはしてねーし。部屋は馬鹿みたいに余ってるし、洗濯掃除やもろもろは、各自きちんと責任を持ってすること。それさえ守れてりゃ、なんの問題もないしな」 パッとライが、もう一度大きく鍋を振るった。するとライの腰元にいたミルリーフが、ハッとしたようにお皿を頭の上に掲げた。瞬間、ぽさりとチャーハンがお皿の上に落っこちる。息がバッチリだ。
今度はオムレツに取り掛かり始めたライは、「ま、手伝ってくれるってんなら、嬉しいけどよ。あそこのチョンマゲに見習わせてやりてーよ」 ちょんまげ? とはライの目線の方向へと振り返った。すると「ごしゅじーん」とほわほわ嬉しげに手のひらをふるシンゲンが、ぱしぱしとテーブルを叩いている。ごはん! ごはん! ということらしい。
は額にぺたりと手を置いた。なんとも言えない気分になった。
ま、一応いつものご飯に味噌汁だと思うけど、一応オーダー、訊いてきてくれよ
そう宿屋の店主に頼まれたは、多少心臓をまごつかせながら、ぽてりと足を踏み出した。この間の剣呑な表情などどこかにひっこめたシンゲンは、「そんなビクビクされなくっても、自分はなんにもしやしませんよ。あんたが妙なことをしなかったらねー」とぽわぽわ笑顔で、なにげに怖いことを言う。うまくやっていけるんだろうか、と思いつつ、「シンゲンさん、ご注文は?」と訊くと、「白いご飯と味噌汁三杯ッ!! ほかほかふくふく、幸せいっぱい! お箸は愛用のものを持っておりますので♪」
ぴかぴか笑顔を向けられながら、(なんだか変な人だなぁ……)と律儀には手元のメモに、シンゲンのセリフを書き写した。
『ご飯は白く、味噌汁三杯 ←お箸は持参、幸せ模様』
【505 ゑ】
の不安もよそにして、宿の人たちは、気のいい人ばかりだった。ただ彼女は、長く軍に教育されすぎていた。友人と呼べる人間も一人もいない。集団での生活には慣れてはいたが、今と昔では、勝手も違う。彼らはに関わろうとはしなかったし、だって同じだ。自分以外の服を含めた洗濯カゴを抱えながら、ふらふら外の物干し竿に向かう自分は少しだけ新鮮だった。お洗濯は、みんな交代で干している。今日はとアルバの番だ。
よりも量の多いカゴを軽々抱えた少年は、よいしょ、と竿の下へとカゴを置く。もそれに倣った。「それじゃあ干そうか! いい天気だから、すぐに乾くよ」「はい!」
うんうん、とは頷いて、自分のカゴからお洗濯ものを出していく。対するアルバは、と同じ作業をしているはずなのに、彼女よりも手馴れている分、テキパキ動きも早い。なんだか悔しい。も必死で濡れた服をぱんぱんっと広げて、背を伸ばして竿に干しているのに、ぐんぐんアルバに抜かされるばかりだ。
「……アルバさん、何か、コツとかあるんです?」
「え? 洗濯の?」
うーん、特に思いつかないなぁ、と首をひねりながらも、やっぱり要領よく洗濯をこなしていく。悔しい。ふと、はカゴの中からぎゅっと布を掴んだ。ひっぱり上げてみると、それは短パンのような形で、自分には一生覚えのない代物だ。「…………あれ」
ハッと気づいて、は慌ててアルバの手元を見た。丁度アルバも、カゴの中に手を入れて、よいしょと白い布を引き出したときだった。「わー!!!」 だめですだめです! と首を振りながら突進する彼女に、「うわ、!?」とアルバは瞬いた。そしてぎゅっと手の中の布を握りしめた。「だだだ、だめです! 放してください、返してください!」「い、いきなりどうしたんだよ」 意味がわからない、と首を傾げるアルバに、は叫んだ。
「それ、私のパンツです!」
えっ、とアルバは瞬き、握りしめていた拳を開き、布を見つめた。「う、わぁ!」 真っ赤になって、固まるアルバから、は瞬時にパンツを奪い去った。そして自分がもつトランクスを、ばしっとアルバの顔に押し付けた。
「ご、ごめん、お、おいら」
「お、男物と女物の洗濯籠が、反対になってたみたいです」
「あ、そっか、うん、そっか……」
は、ははは、とお互い真っ赤になって、自身の下着を握りしめた。
共同生活って、難しい。
(やっぱり、不安になってきたなぁ……)
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2012/04/23
一度書いてボツったのをちょっと修正して番外編に。
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