「パン勝負……ですか?」
きょとんと首を傾げたのは、一人ではない。食卓の席についた御使いたちは顔を見合わせ、丁度巡回中に首根っこを掴まれたグラッドが、「なんで俺がこんなところに。仕事中だぞ」とぶつくさつぶやいている。その彼と、リシェルにはさまれ、はただでさえ小さな体をまた小さくさせて、きょろきょろと辺りを見回した。
なぜだか台所には、見慣れたエプロン姿のライに、これまためずらしく腰にエプロンをつけたアルバが、居心地が悪そうな顔をして立っている。首を傾げた。
くすくすと含み笑いをしているのはブロンクス家の姉弟だ。「あの、リシェルさん、これは……」「リシェルでいいわよ」「あの、それならリシェル、ライさんとアルバさんは、一体何をしているんですか?」
見てりゃわかるって、と良家の令嬢はニシシと白い歯を見せた。その表情に、ルシアンがホッと息をついたことに気づいたのは、一部の敏い人間ばかりだろう。彼女のおつきのメイドが消えてから、まだそう月日は経っていない。
「俺とアルバは、パン勝負をすることにした! アルバは故郷の母親直伝、俺は独学だ! もうちょっとで焼きあがるから、みんなには料理の審査員をしてもらおうと思う! みんな、腹はすいてるかー!?」
おおおー!!!! と元気な掛け声が飛んだ。状況がわかるとなれば、ノリのいい彼らである。「ライさんってば、おいしそうな料理を作る人をみるとすぐこれなんだから」 クスリと笑みを落とすルシアンを見て、なにやらにも事態の合点がいった。
(ライさんのお料理は……すごくおいしい……でもアルバさんのお料理……パン……)
ぱたぱた、とは頬を真っ赤にして尻尾を振った。ような顔をした。わくわくする。テーブルにちょんと指先をのせて、まだかな、まだかな、とちらちらオーブンに目をむけた。くんくんと、ちょっとずついい匂いがこちらまでただよってくる。
丁度昼飯時だからありがたい、アルバの料理とは気になる、いやいや、そんな期待しないでくれよ。わいわいと広間に響く声をきいて、はわずかに頬をほころばせた。なんだか楽しい。幸せだ。そう思ったとき、目の前に座るシンゲンの視線に気づき、キュッと体を硬くした。首元に小刀をつきつけられた記憶は、未だに新しい。お互い胡乱げに目をあわせあった。
(こりゃまた怪しい顔つきで)
パクリと動いた彼の口元に、ビクリとは震えた。いけない。読唇の術まで心得ているとなっては、ますます怪しまれてしまう。
(私が怪しいことをしなければ、なにもしないと彼は言った)
でもそもそも普通ってなんだろう。どうすれば、彼から問題なく映るんだろう。考えれば考える程、ぐるぐるする。膝の上で、きゅっと硬く拳を握った。彼らと同じ場所に座っているのに、どんどん遠ざかっていくような気がした。ぽつんと遠くて暗い場所に、一人で座っているような、そんな気もした。(私) 簡単な任務だ。そう思っていた。(なんにもできない) 召喚術と、容姿だけが取り柄な、ただそれだけの。
「よーし、できたぞー!!」
は慌てて顔を上げた。気がつけば、ことんと目の前に皿が置かれている。もう少しばかり視線を上げると、照れくさ気な顔をしたアルバがこっちを見て笑っていた。「こっちはおいらのだけど」 ふっくらと、ほっぺみたいに丸い、小麦のパンだ。もうひとつ皿からは、ふんわり甘いはちみつの匂いがした。ちょんちょんとキッカの実がのせられていて、きっとお菓子みたいに素敵なパンなんだろう。
「おいしそう」
無意識に漏れた言葉を、クスリと笑われてしまった。は慌てて口に手を当てた。「おいしいよ。いや、その、おいらじゃライさんには全然及ばないと思うんだけど、これ、おいらの母親っていうか、母親代わりの人に教えてもらった作り方なんだ。その人はすっごく料理がおいしくって」 きらきらとした話し方だ。優しい顔をして、家族のことを話す人だと、はなぜだか嬉しくなった。「とにかく、その、おいしいと思う!」
エプロン姿のままグッと拳を握る少年に、今度はが吹き出した。
「はい、おいしそうです。もう食べてもいいんでしょうか?」
「うん。どうぞ」
「いただきます!」
ぱくりと一口、いただいた。もごもご、と咀嚼する。はわずかに瞳を見開いた。ほっぺを赤くして、もごもごと頬をふくらませる。「おいしいです!」「もうひとつの店主殿の方も、中々だぞ」 龍人の言葉に、はこくこくと頷いた。「い、いただきます」 もぐりとほっぺにつめて、またパッと花を咲かせて、「こ、こっちもおいしいです!」「だろう?」
ハッハッハ、とまるで自身の手柄のようにセンスを扇ぐセイロンに、呆れたようにアロエリが肩を落とした。「でもこれは料理勝負だから、白黒つけなければいけませんわ」 パンのかけらをほっぺにつけたまま、リビエルがきゅっとメガネをあげる。は考えた。考えて、考えて、二つの味を思い出した。「ど、どっちもすごくおいしかったです……」
決められません、とぽつりとつぶやいた自身の言葉のあと、妙にしんと席が静まった。なにか自身がおかしなことを言っただろうか。は胸元で両手を握りしめて、不安げに辺りを見渡した。どっと、笑われた。またはおろおろと笑う彼らを見上げた。
結果は、引き分けになった。
「はすごくおいしそうに食べるね」
なんだかそれって、すごく嬉しいなあ、と笑いながら食器を集めるアルバを手伝って、はひどく赤面した。「そんなこと、いわれたことないです」「そうかな。でも本当においしそうだったから」
カチャリと重ねた食器をシンクにおいて、アルバはちらりと振り返った。「おいら、また作っていい?」
しっぽみたいに揺れる彼の髪の毛を見て、はときりと胸の奥が小さな音を立てたことに気づいた。「そしたら」 声の端が、少しだけ途切れてしまいそうになる。ときときと鳴り響く音に耳を向けて、「また、食べさせてください」 うん、とアルバは瞳を細めた。そんな彼を見ていると、も柔らかく、頬が緩んだ。
ひどく、優しい気持ちになった。
BACK TOP NEXT
2013/02/23