兄妹の会話とは、一体どんなものなのだろう。
はひどく頭を悩ませ、考えた。正面に座る兄を見つめる。ちゅるちゅるとスパゲッティーをすすっている。も倣った。無言でミートソースをすすり込んで、会話のとっかかりを見つける。
見つからない。
思いつかない。


一体、彼が何故帝国に帰ってこなかったのか。ぽつりぽつりとした事情をは聞いた。確かに、兄はとっくの昔に死んでいるものとされていた。彼は生きているわけにはいかなかったのだ。両親について言葉を返すと、イオスはただ、そうかと頷いた。それだけだった。
それ以上の会話はない。

なぜ、は兄の後を追うことに決めたのか。今にしてみれば、今度もまた兄の後を追っている。

首元がすうすうした。初め騎士団にやってきた時、誰もが二三度振り返ったものだ。そんなにイオスとは似ているのだろうか。鏡越しに頬をひっぱってみた。自身としてみれば、それほど似ているわけではない。ただ、外から見れば別だ。

一番困ったのは部屋割りだった。自由騎士団は国境を持たない剣ではあるが、聖都ゼラムに位置している。集まった若い騎士達は、大所帯の宿舎に割り振られ、日々の鍛錬を繰り返す。軍から逃げるようにやってきたとは違い、アルバとは別れての帰還であったため、は緊張のあまり、もともと白い指が、真っ白に染まっていた。あまり会話もできない兄の後続で馬に乗りながら都に辿り着いたときには、重い溜息の色まで見えてきそうだった。

面識もない人間たちの中で、歩けばハッと皆が振り返る。顔を隠して生きてきたい、とこれほどまでに思ったことはない。
寮長が困ったように部屋割りの板を叩いて、大変聞き辛そうに言葉を選んだ。
申し訳ないが、女の子で間違いはないだろうか、と。

慣れない問いかけに首を傾げそうになったが、を前にして、おそらく多くの同門達が疑問を胸にいているのだろう。(…………そんなに、似てるかな) そういえば、アルバに初めて出会ったときも、性別を訊かれた。あれは初めてのことだった。



「……私、イオスさんに似ていますか?」

呼び方も正直困っている。兄さん。イオス兄さん。イオスさん。
そんなの複雑な胸中を、ある程度理解しようとばかりに、アルバは首を傾げた。お互いの宿舎はあるものの、さすがに同じ部屋にいることはできない。人目のあるベンチに座って鍛錬に励む騎士団達を見つめる。その間にも、通り過ぎる騎士たちがハッとした顔をしてを見つめる。あれが噂の。妹だろう。いや弟と聞いた。よさないかお前達。

聞こえている。ひっそりと聞こえている。

「…………初めは、似てると思ったけど」
アルバは考えた。副隊長が眉間に皺を寄せ、仁王立ちしている姿。ルヴァイドになにやら癇癪を起こしている姿。ときおり、口元に小さく笑みを浮かべている姿。「…………今は、似てないと思うけど」「そ、そうですか?」「うん。の方が」 かわいいよ、という言葉が前よりも言いづらい。アルバは中途半端に言葉を止め、咳き込んだ。

はそんなアルバに構うこと無く頬に手を置いて考えている。似ていない、と言われたら何か逆に複雑になる。一体この気持ちはなんだろう。
「…………親衛隊も、イオス兄さんにくっついて、のようなものですし、自由騎士団まで……」

相変わらず、呼び方がさまよっている。「うん? がやりたいことだったんだろう?」「そう、なんですけども」 これでいいのか、とも思ってしまう。「まあ、副隊長をそれくらい好きだったってことなんじゃないかな」「すき」 びっくりした。けれども、しっくりも来た。そのあとまた恥ずかしくなった。

「いいとしこいて、お兄ちゃんっ子ってことですね」
「はは、どうだろう。おいらだったら、羨ましいけど」
「羨ましい?」
みたいな妹が、ちょこちょこついてくるんだろ?」

欲しいなあ、と笑うアルバの頭の中では、妹と言っていいかどうか分からない少女達が頭の中に二名ほど住んでいる。一人は姉だと叱り飛ばされるかもしれない。もうひとりは妹というよりも、家族であるから、その役割について深くまで考えたことがないのだ。
ただのアルバの呟きだ。しかしは照れてしまった。恥ずかしい。「私も、アルバさんみたいなお兄ちゃん……」は、いらないけど、「弟は、欲しかったかも……」「な、なんで」 がくりと足の膝につけていた肘がすっぽぬけた。
はすっかり忘れているかもしれないが、アルバの方がひとつ、ふたつは年が上である。

「優しいですから。ずっと一緒にいれたら、幸せになれそうです」
「はは」
ほのぼのとした空気が、そっと流れる。このところ、もしかするとというように、あからさますぎる彼らの空気に周りの者達も気づいてきた。彼女の兄も、気づけば生ぬるく彼らを凝視している。認めてたまるか、というような独り言を、聞いたものもいるらしい。


「まあでもとにかく、兄さんと見分けがつくようにはしたいです」
「背も違うし、全然違うと思うけど……」
「そうなんですけど、今だとぎょっとされやすいといいますか。副隊長が二回り以上も小さくなった、と呟いている人も見かけたことがあります」
「それは……なんというか」

今は物珍しいだけで、そのうち周りも慣れてくるであろうけれども、彼女にしてみれば気になる話題なのだろう。

「ああ、だったら髪型を変えてみるとか」
「髪型、ですか?」
「うん。例えばが髪を伸ばすとか」

ずっと短くしていた。ただ動きやすい、という理由だけだ。なるほど、とは軽く首筋をなでた。剣がぶつかり合う音が響いている。「……いいかもしれませんけど、ずっと伸ばしたことがないので、なんだか」 恥ずかしいですね、とはにかむ。「きっとかわいいよ」 赤面した。

「あ、あの、アルバさん」
「……ん? あ、ちがうんだ」 慌てたようにアルバは片手を振る。はアルバを見つめる。そして彼は言い直した。「今も、かわいいし、似合ってると思ってるんだけど」 は耳まで真っ赤になった。


違う。アルバは何か深い意味があっての言葉ではない。分かっている。分からなければいけない。
ただは頭の中で反芻しながら、「あ、アルバさんも、かっ……」 喉がカラカラになっている。「かっこ、いいと……」「えっ。いや、その」 今度はアルバが慌てた。

ゆでダコ二人、ほのぼのとしている。
羞恥を覚えながらも、は自身の首元をまたなでた。少しくらい、髪型を変えてみるのもいいかもしれない。ちょっと伸ばすくらいだ。理由だってある。兄と見分けがつきやすいように。アルバに、かわいいと言ってもらうためではなく。
大丈夫、理由があるから。それが目的ということでは、けしてなく。

鳥の鳴き声が聞こえる。今日もいい天気だ。




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2015/09/23