背が伸びた。
と、アルバは自分自身感じているのだけれども、はたから見ればまだまだだと笑われる。目線の位置が、唐突に高くなっていることに気づいた。それから、隣に立つ少女の背の幅が広がっていた。彼女だって、昔とは違う。細い金の髪を背中まで伸ばし、表情だってころころ変わる。でも、アルバさん、と呼ぶ声は変わらない。
多分、そんなに経ってないのに。小さな少女は大きくなったはずなのに、いつの間にかアルバにとっては小さくなっていた。
「アルバさん、今月はどこかに遠征はないんですか?」
「うん。ないよ。は?」
「私も特には新しく入る人たちの審査が中心ですから」
「なるほど。おいらは戻ってきたばっかりだからな」
お互い、もう暫くゼラムにいそうですね、とがころころ笑っている。騎士団にいる内ならともかく、外となるとは目立つ。ただでさえ可愛らしかったくせに、表情がころころと変わるようになった。街で歩けば必ず視線を集める空気がある。兄妹そろって、というところだ。(気持ちは、わからないでもないけどな) 笑うの頬を見ていると、つつきたくなる。昔はよく真っ赤になって、あわあわと言葉を泳がせていたくせに。
(おいら、いつから好きなのかな)
好きだと気づいたのは、案外遅かった気がする。鈍いか、鈍くないかと言われれば、アルバは極端に鈍い男だ。色恋に関しては。なんていったって、経験がないのだから。
昔はただ好きだと考えるだけでよかった。と話すと嬉しくなる。かわいいと感じる。遠征から戻って、おかえりなさいとが迎えてくれると嬉しい。ただいま、と言ってぺたんと頬に絆創膏を貼られる。それだけでよかったのに。
年数を数えていくうちに、アルバの中で何かが変わってきた。に近づきたい。
そんな綺麗な言葉ではない。できることなら抱きしめたいし、キスをしたいとも思う。の手をふいに握りしめそうになる。いつの間にか変わってしまった気持ちに、アルバ自身も驚いた。アルバはを抱きしめたい。
でも多分、それはを驚かせる。
困った気持ちが芽生えてしまったものだ、と溜息をついた。でかくなったのは、図体だけなんじゃないだろうか。だって、いつかはきっと誰かと一緒になる日が来るんだろう。一体、彼女の隣には誰がいるんだろう。
***
「……まだはやい、と僕は思うが」
「……はい?」
唐突に呟いた声が、自分に向けてのものかのかどうか。アルバにはよくわからなかった。当たりを見回してみる。訓練場の敷地には、てんてんと人こそいるものの、すぐさま声を掛けられる場所にいるとは思えない。やあ、やあ、と遠くで剣を振り回す声が聞こえる。アルバだって、暫く前はあそこにいた。小さな少年兵がぶつかり合って、ときおり笑い声を上げると教官役にげんこつをもらっていた。
「あの…………おいらですか?」
気のせいだろうか、と顎に指を向ける。とよく似た、と昔は言われていたものの、よくよく見ればそうまで似ていないと思っている。イオスはむっつりと腕を組んで目の前の少年兵達を見つめている。「ああ、訓練には少し早いですかね。でも刃はつぶしてるでしょうし」 がつん、とぶつかって剣が弾き飛んでいく。
「違う。まあ、別に構わないがね。いくら騎士団の中だとしても。節度を守れば。ただ、あまりにも早過ぎるのはどうかとも感じるが」
「……やっぱり、剣を合わせた稽古も必要でしょうしね?」
なにやら会話がずれているような気がするのは、アルバの気のせいだろうか。多分違う。「…………」 腕を組んで考えた。「…………のことですか?」 無言だった。それから背中を向けた。ちょっとまってくれ。「まあ、お前が妹とどうなろうと、僕には少しくらいしか関係しないが?」 主張しているのかしていないのかわかりにくい。
「あの、おいらは、その」
アルバの声をきくことなく、さっさと背中のまま消えていく。「い、イオス副隊長……」 この間隊長に昇格されたが、未だに癖が出てしまう。釘を刺された。ぐっさりと。
(はっきりと、ばれてるんだよな)
おろおろしながら、が好きだと口走ってしまった過去の自分を思い出すと、さすがに恥ずかしくなった。ライの宿屋でのときだった。
お、おいらが、その、ただ、好きな、だけで
はっきりと思い出すと、喉の奥で苦々しい何かを飲み込んだようだ。つまりはひどく気恥ずかしい。
誰もいないのに、一人で咳をついてごまかした。それから、顔を片手で覆った。
がいる。
扉をするノックの音で、誰だか分かってしまう。のそりと椅子から立ち上がって、扉を開けた。「……?」 びっくり顔のがノックをしようとしたポーズのままこっちを見上げている。上げた片手を恥ずかしそうに腰の後ろへ回して、「アルバさん、回覧です」「……ああ、ごめん、ありがとう」
ボードに挟んだ紙に目をやる。今月のお知らせその他。食堂の時間帯変更、郵便物受け取りの厳密化。細々したものは多々あれど、そんなものをいちいち隊長から知らせていては、時間がいつまで経っても足りない。表の順番表を見てみると、なぜだかアルバの欄が見事に飛ばされている。なんでが。「間違って飛ばしてしまったから、直接持って行くようにと」「…………そう?」 アルバの順は、同室の少年なのだが、飛ばすにはちょっと、器用すぎるような。
「男性寮にわざわざ持っていくのはどうかとも思ったんですけども」
「いや、ごめん。ありがとう。案外会わないもんな」
「はい、案外」
ちょっとの間を挟んで、がアルバを見上げて笑った。「もうちょっと、お話し、したいのに」「…………」 とんとん、と指先で自分の首元を叩く。「そうだね」 ちょっと間が不自然だったかもしれない。
「せっかく来てくれたし、お茶でも飲んでく?」
ぷるぷるとが首を振っている。「来させるだけ来させてってのは、ちょっと趣味が悪いからさ」 ぷるぷる、とまた首を振った後に、考えている。「ちょっとだけなら」 が小さな声を振り絞った後に、やっぱりよくなかったとアルバは少し後悔した。同室の少年は、只今外出中だ。けれども肯定された後に今更追い返す訳にもいかない。
「こないだ、サイジェントの仲間から色々送ってもらったんだよ。よかったらも」
「いいんですか?」
「うん。昔よりも色んなことができるようになったって」
ぱたりと音を立てて扉が閉まる。何か奇妙な気分になった。がアルバを見上げている。
そういえば昔、彼女とキスをしたことがあった。
どうしようもない事情があったからだ。まさか今、それをするわけがない。
を見下ろした。いつの間にこんなに差ができてしまったのか、あまりよく覚えていない。ある日遠征から帰ったら、が小さくなっていた。
アルバさん? とが問いかけている。こんなに差ができたんだなあ、と思っただけだ。彼女の頭の上に手を置いて、ううん、と見下ろす。まだまだ伸びそうだ。
ぱちぱちと赤い瞳がこっちを見ている。それがあんまりにも無防備だったから、アルバは少し顔を下げてに近づいた。が両手を強く握っている。そのくせ、瞳をちゃんととむってしまった。それから顎を僅かに上に上げた。キスしやすい。
じわじわと距離が縮まる。ピタリと止まった。「……ご、ごめん」「は、はい」 真っ赤な頬を抑えて、がアルバの腕の中で縮こまっている。いやいや。さすがに。何をしているか。
慌てて距離をとった。してない。大丈夫。ちょっとがっかりしているようなの顔は気のせいだ。気のせいだ。気のせいなんだろうか?
テーブルにくっついている椅子にはちょこんと座ってアルバを見ていた。耳元が少し赤い。
年頃って面倒だな、とアルバとは二人一緒にため息をついた。
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2015/09/23