暴力女にぶちのめされた。
軍学生だかなんだか言っていた黒髪の小娘は、余裕ぶったように背中を向け、ひらひらと手のひらを振りながら街灯の下を消えていった。

同情だか哀れみだか知らないが、彼女が投げ捨てた金を、はきつく握りしめた。くしゃくしゃになったその紙幣を投げ捨てるだか、踏みにじるだとか、そうすれば、きっと彼のプライドはいくらか楽になったに違いない。けれどもは震える指を開きながら、穴の開いたズボンのポケットにその金をつっこんだ。明日にはこれがガキどものパンと変わる。あと数日、彼らは生きながらえることができる。




、不機嫌な顔してるねえ」

けらけら、とおさげの少女の少女がの頬に手を置いた。「どこがだ? 万全快調、金があれば幸せで、今日もパンが食えて腹いっぱいだ。まあただ一つ不満があるとすれば、お前らがもうちょう静かになるか消えてくれれば、夜はぐっすり幸せに寝付けるんだがね」「あらやだ、そんなことで寝起きが悪くなるような細い神経してないくせに」 

今日もぐーすか幸せそうだったけど? と返された言葉に、返事代わりと肩を落とした。たかだか自分の腰にも背が届かない少女だが、女の成長は早いもんだね、いっぱしの口をききやがる、とめんどくさげにため息をつく。

「へいへい。すみませんねえ、ずぶとい神経で。お前らなんていてもいなくてもかわんねェーよ」 どこでもぐうすか寝てやらあ、とベッド代わりの椅子から身を起こし、よいせと足を踏みしめる。瞬間、ずぼりと足が床に食いついた。「うおおっ!?」「ぎゃー! がお家を壊した!」「ちげーよコラ、外に聞こえたらどうすんだ、ヨルの野郎にまたキレられる!」

こんなボロ家貸して、カネを儲けてる糞野郎の耳に聞かれたら、また金をふんどられるにちがいない。端から適当な木材を持ち、トンカントンカン、と金槌で床を叩いた。慣れた手つきが若干寂しい。「ぎゃーっ!」 唐突に、悲鳴が聞こえた。ついでに言えば、でかい破壊音まで聞こえてくる。はパッと顔を上げて、駆け出した。「おいクソガキ、てめえら何しやがった! アーッ!」

崩れ落ちた階段の下で、小さな少年二人がごろごろと木材に埋まっている。慌てて金槌を投げ捨てて、はすぐさま二階を飛び降りた。「おいガキ、てめえ、起きろコラ!」 べしり、べしべしべし、と少年達の頬を叩く。怪我はない。ぼんやりと目を開ける子どもを見下ろして、ホッと溜息をついたのは一瞬だ。

「暴れるなって何度言やあわかるんだ! お前らの耳はかざりかなんかかこのアホどもが!」
「だってこいつが俺のパンを取ってぇ」
「だって、こいつより、俺の方がでっかくって腹が減るし」
「みんなで平等ってが決めたろぉ、ばか!」
「だって腹が減るんだもん! ばかって言う方がばかだ!」
「バカはお前ら両方だッ!」

ゴツッと少年二人に拳を叩き下ろした。「パンくらい俺の分をわけてやらあ。いちいちつまんねえことで男がぐちぐち言ってんじゃねえ」 このバカどもが、と吐き捨てられた台詞に、少年達はしょぼんと頭をたらした。「ー……」 二階の上では、困ったようにおさげを垂らす少女がこっちを見下ろしている。どうやって降りたらいいのかわからない、と言った顔だ。
その上また別にガキどもが集まってくるし、こっちだって、どうしたらいいかわからない。

自分が上から飛び降りたせいで、床には穴が空いている。その上階段は半分ない。がらがら、とまた崩れる音がした。なんてこった。あーあ、とはまた長い溜息をついた。かちかち、と脳内から金が消えていく音が聞こえる。「やってらんねえ……」






ついこの間サモナイト石をすって、かえたはずの金もとっくにつきた。適当なカモを見つけて財布の一つでも盗んでやろうか、とは街をぶらついた。(あいつ、簡単そうだな) ネギを背負った人間はわかりやすい。おそらく新入りに違いない。バカだな、と彼はため息をついた。通り抜けざまに、ぽんっ、とその少女の肩を叩く。「おい」 びく、と彼女は震えた。「落としたぜ」 投げ捨てるように、その少女が落とした石を投げ渡した。サモナイト石によく似ていたが、輝きがにぶすぎる。模造品か何かを売っているらしい。

ぺこりと彼女は頭を下げて、そのまま道を駆け抜けた。
彼女の肩においた手のひらを、二三度握り締める。何も盗っていない。「…………あーあ」 勝手に後悔した。
別に、がやらずとも、遠からず彼女は痛い目を見るだろう。人間そうして次に次にと予防策を覚えていく。(まあでも、ガキはな) まるで自分がただの善人のように思えたが、まさかそんな訳がない。ふん、とは顔を上げた。慣れた動きで、通り抜けた見知らぬ男の金を、素知らぬ顔をしてポケットに詰め込む。(はん、かっるい財布だ)

おそらく、あちらも自身と同じく、その日暮らしの貧乏人だ。子どもではない。自身よりも幼くはない。ただそれだけの理由で、なんの躊躇もなく金を抜き取る。それができないとなれば、物陰にでも連れ込んで適当に脅してやる。(さっさと帰るか) ため息をついた。この頃そればかりだ。生まれたときから、の間違いかもしれない。


「…………ん? お前、あのとき男か」

ふいに掛けられた声に、ギクリとした。丁度手に入れた財布を懐の上から後ろめたく押さえつける。
呼びかけられるとなれば、大半が自身の悪事が元である。まあでも、こんなのは慣れっこだ。悠々と、素知らぬ顔をして逃げ帰ればいい。そうわかっていたのに、ここいらじゃ聞き覚えのない幼い少女の声に、ふと振り返ってしまった。そして彼はパチリと瞬いた。「あ?」「ああ、やっぱりそうだな」「ん……?」 やあ、と言うように女は手を振っている。ぽん、とは手のひらを打って納得した。

そして即座に逃げ去った。
「なんでこんなとこにいやがるんだよ……!!!?」


おかしい。やってられない。このやろう。
軍人と言えばあっちとこっちじゃいる場所が違う。同じ街にいたとしても、すっぱりとスラムと市街地を別けて、あいつらがこっちに来ることもない。

そのはずであるのに、あの小娘はやって来た。
いや、あのときは暗がりで、顔はよく見えなかった。けれども、あのときの関節の痛みがじくじくと主張した。たしかにアイツだ、と顔を見た瞬間に理解して膨れ上がった。その上女はご丁寧にも、軍学校の制服を着ていた。
(ばっかじゃねえか……!?)


一体何がしたいんだ、と吐き捨てるように呟いても、自身が負け犬であることには変わりがない。ちょこまかと走りながら、いくつもの抜け道を通った後、はぐるりと振り返った。誰もいない。瓦礫に足をひっかけて、ため息をついた。そもそも、あの女は自分を追ってくる気すらもなかったのかもしれない。自意識過剰に尻尾を巻いて逃げたわけか、と考えるとまたひどく腹の種がくすぶった。「くっそ!」 ガツン、と蹴ったレンガは、丁度彼の小指にあたった。「〜〜〜〜!!!!」



   ***


、私、宿に行こうか?」

きょとん、とおさげの少女が首を傾げる。足の小指を揉んでいたは、「あ?」と眉をひそめて彼女を見下ろした。「家も壊れちゃったし。お金、ないんでしょ。いいよ私、多分もうちょっとで行くんだろうなって思ってたし」「お前みたいなちんちくりんが、客を取ろうなんざ、あと3年と半年は早いな」「……妙に現実的な数字ぃ」 ひっひ、とは奥歯にものを挟んだように笑う。彼の癖だ。

「それまでババアの手伝いでもして、小遣いでも稼いでな」
「ババアじゃないよ、バーバラさん。、また怒られるよ」
「厚化粧はババアの特権だろ」

バカなこと気にしてねぇで、さっさとめしでも食ってこい。ばしん、とケツを叩きながら言ってやった。彼女はべえ、と舌を出して、穴が開いた床をひょいひょい避けて、去っていく。
ぎしり、とはベッド代わりの椅子にもたれ掛かった。こっちもガタがきてやがる。
(…………金か……)
嫌な響きだ、と思った。ふと、あの軍学生の女を思い出した。あのお嬢ちゃんは、世の中にこんな悩みがあるだなんて、知っているのだろうか。いやきっと、知りもしないに違いない。
小奇麗な服を着て、物見遊山とばかりにこんなところに足を踏み入れて。いや、上官の石泥棒を探していると言ってたっけ。俺か。それって俺か。「俺じゃねえか」

やっぱりあいつは俺を探しているのだろうか。
色々考えてみたが、途中からめんどくさくなってきた。ぐう、と腹の虫がなっている。けれども残念なことに、今日の分の自分のメシはないらしい。それでガキどものクソうるさい喧嘩がなくなると思えば万々歳だ。「ー」 目の前に、階段壊しの片割れがいた。このごろ背が伸びたのか、服が窮屈になっている。「ごめんよう」 カチカチに固まった、拳よりも小さなパンを、少年は突き刺した。

「……あ? なんだよ」
「だから、ごめんって。俺、やっぱりいらない」
「あー? こっちだっていらねーよ、ンな糞不味そうなパン」
「ほら、、口開けて」
「てめ、おら、やめろ」

このやろ、やめやがれ、といつの間にか立場はぐるりと反転して、少年の口に無理やりパンを押し詰めた。ふごふご妙な言葉を上げて、バタバタと暴れる少年に、はひっひと口元を笑わせた。ひどく楽しげに笑っていた。





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2012/07/10