大家と店子と初対面
いつも通り、朝起床。昨日の夜中に下作りしておいたタッパーを冷蔵庫から取りだして、あわただしくお鍋に油を塗った。くるくる動き回りながら「おーい、朝だよー!」規定時間に大声。
「朝だぞー、朝ですよー起きてシンクくーん!」
階段下から繰り返すように何度も大声を上げると、「うるさいなぁ……」と寝ぼけ眼な彼の声が聞こえた。よしよしとテーブルを拭き、ポストへと駆ける。
ポストの中を確認しようとしたとき、丁度いいタイミングだったのか、後ろに赤い箱を乗せたようなバイクをぶるるんとエンジンをふかせたお兄さんと目が合った。
「ご苦労様です」とペコリと頭を下げると、お兄さんも帽子を僅かに上げて、にっこりと笑いながら、手紙を渡す。
私はそれを受け取り、片手でカラカラと扉を開け、もう片方の手で、封筒を開いた。おじいちゃんからだ。
「………うあ、」
そして僅かに喉を、唸らせた。
緑の髪をゆらゆら揺らし、Tシャツを引っかけて着ながら廊下を歩くシンク君とすれ違った。私の胸一杯に段ボールを詰め込んでいて、彼はぎょっとした表情のまま「………なにやってんの」「し、シンクくん、襖開けてー!」
足をバタバタと動かしながら、ううううと私は諦めたように障子と障子の間にある隙間へと、ゆっくり足を伸ばした。ツンッ! と引っ張ったような感覚に、「うっ」 足がつりそう!
そんな私を見かねて、シンクくんは軽くため息をつきながら襖を開いた。カラカラと開けられた部屋は、むっと埃の匂いがする。この頃ちょっと油断していた所為で換気を入れ替えてなかったからだ。「ああああう!」唸っても仕方ない。ありがとう! とシンクくんにお礼を言ってドタドタと部屋の中に流れ込んだ。
持った段ボールを部屋の中に起き、柔らかい畳を足の裏で踏みながら廊下の突き当たりの道具入れへとホウキとちりとりを取り出す。
ざざざざー! と畳の縫い目に沿って、一心不乱にホウキを動かす私の隣で、シンクくんはじぃっと見詰めていた。
「ここ、空き部屋じゃないの」
淡泊な言葉に、私は「うん」と淡泊に頷き返す。
「朝ご飯」
「テーブル!」
窓を思いっきり開け、換気を十分に、太陽の光も浴びさせる。ガランとした部屋が、いきなり生き返ったみたいで、私は「あ!」と二階の部屋から、ドタドタと忙しく階段を登って降りた。
てっきり一人食卓に着いていると思ったものの、シンクくんはむっつりと縁側に座り込み、頬杖をついている。時計を見れば、すっかり時間が経ってしまっていて、ああ今日が祝日でよかった! と心の底から感じた。
いつもならば、私は高校に、シンクくんは中学校へと旅立っている状況だからだ。
握りしめた布団がほこりくさくない事を確認して、定期的にお日様に干しててよかったなぁ、と日頃の自分の行いを褒めそうだ。
よっこいしょと立ち上がったシンクくんが、押し入れを開ける。その中へ、えいっとお布団を詰め込んで、はぁと一息。
「もしかしてさ」
シンクくんが口を開く。
「新入り?」 そう彼が口にした瞬間、ぴんぽーん、と大きめなインターホンの音がなった。
シンクくんはどうでもよさそうに、さっさと部屋の中へとすっこんでしまっている。そして私は、金髪の髪の青年と、朝ご飯がのっかったままのテーブルへと座り込んだ。
さっと座布団。
「あ、どうぞ」
「あ、すみません」
お互いもごもごと、まるでお見合いでもしているような空気に、はぁとため息を漏らす。今朝の祖父からの手紙の内容を思い出し、ここは私から口を切った方がいいんだろうか、けれどもこの人年上で、男の人で、なんだか話しづらいなぁ、とぐっぐっとテーブルの下で、なんども手に力を入れた。
覚悟を決めて口を開いた瞬間、被さるように、男の人「あ、あの」「はいっ」
「大家さん、呼んでくれるかな」
ふんわりと優しい笑みに、一瞬ドキリとした。なんとなく、笑顔で得をする人ってこんな風なんじゃないかなって思った。女の人にももてそうだ。
てんてんてん、と流れた沈黙に、彼の笑顔が頑張って笑顔を保っている事が分かる。申し訳ない。
私は覚悟を決めて、じっとその人を見詰めた。青い瞳がとっても綺麗だ。
「あの、私です」
「え」
「だから、大家、私なんです」
長い沈黙に、あらかじめ出しておいたお茶を、私はずずりと啜り込む。それにならい、金髪の男の人も、視線をこっちに向けたまま、ずずり。「本当に?」 なんだかちょっと疑い深い 「本当に」
彼はタンッ、と湯飲みをテーブルへと置き、そのとき少し零れたお茶を、「すみません」と頭を下げて、近くの雑巾で拭く。
そしてまたじぃっと探るというよりも、とまどったような表情で目線をくるくるとさせる。
「………その、君、俺よりも年下だよね」
「あ、はい、多分」
「その、大家、さんなんだよね」
「いえその、本当の大家は祖父なんですけれども、放浪癖がある人なので、半分代理みたいなものなんです」
そして今日、祖父から新しい入居者が来ると一言だけ、手紙を言付かったのだ。ビックリしているのは私も同じで、取りあえず目の前の男の人は、納得したかのように、なるほどと頷く。
いつものように、共同の家で暮らすというルールを説明し、うんと彼は頷いた。別にそんなに難しい事はない。飽くまで家の一部を提供しているだけであって、家族同然のようになれという訳でもない。大家と店子は子も同然というが、いきなりそんな事をいわれても、ビックリしてしまうだろう。
洗濯物や、食事、お風呂、電話など、日常で必要な事を、細々と話していく。アパートとは違うのだ。
彼は納得するように、うん、うん、と一つ一つ頷く。
思わず説明にも熱が入り、そろそろ全部いったかな、という時に気づいた。
「あのう、お兄さん、お名前は?」
「え」
「いえ、今日伺うとだけ聞いていたので」
「ああそっか、ごめん、俺、ガイ・セシル」
「私はです」
座布団から腰を上げると、彼もそれに習う。「ガイさんでいいですか?」と首を傾げれば、彼は、うん、とにっこり笑顔と共に承諾してくれた。「俺はなんていったらいいのかな」私はううん、と頭をひねって、うちの店子達が、呼んでいる呼び方を、頭の中で一巡する。
「なんでもいいですよ、でも、でも、管理人代理でも」
彼はしばし逡巡した後、「じゃあ管理人さんで」はい、と私も頷いた。
そのまま玄関へと足を伸ばした。荷物を部屋に運ばなくてはならないからだ。シンクくんが手伝ってくれる訳がないので、私とガイさん二人で荷物を運ぶ事になる。
「管理人さん、俺一人で大丈夫だから」と手を横にパタパタ振るガイさんの意見を無視させてもらい、それじゃあ運びましょうか! とぐいっと腕まくり。
先に先頭を切らないと、ガイさんが部屋の位置が分からないな、と意気込んで、鞄の一つに手を出した瞬間だった。
ぺちり、と手のひらが重なり、大きな彼の手に包み込まれるような状況になる。あ、と思ったとき、ずざざざざざー!!! と彼は、思いっきり、後ずさった。
ガタガタ震えている彼の身体を見て、私は思いっきり混乱した。確かに、勝手に手を伸ばしてしまったのは、悪かったかもしれない。けれども、その反応はどうだろう。
「………あのー、ガイさん?」
手を背中の壁につき、もたれかかるような体勢で、ガイさんがガタガタと震えている。一歩、廊下の上を歩きながら近づく「ヒィ!」「え、あの、ガイさん?」
これは、なんだかおかしい。
なんとなく、二人してずるずると後ずさりをした後に、ぽつりと、消え入りそうな声で、ガイさんは呟いた。「………俺、女性恐怖症なんだ」
その言葉を聞きながら、なんだか面倒な人がやってきたなぁ、と失礼ながら、ちょっとそう感じてしまったのだった。
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1000のお題 【276 一つ屋根の下】
2008.10.25