大家と店子とお代金





「つまり、その“ガイさん”はのことが好きだけど、女性恐怖症だからお付き合いはできないし、いつもどおりの関係でも大丈夫ってこと?」


全体的に話をまとめるとこうよね? と首を傾げるティアに、「うん、そうだよ」と私はちゅるちゅるパックのレモンティーをすすりながら頷いた。同じくベンチに座ってりんごジュースを持っていたティアは、んん、と頭を下げた。彼女の長い髪が、ぱさっと落ちて、一緒ににぎったジュースのストローから、ぷしゅっと中身が飛び出している。「きゃっ」「ハンカチどうぞ?」「ああ、ありがとう……じゃなくて」

、とティアが低い声を出して、ずいと私に近づいた。いい匂いがする、とじゅるじゅるジュースをすする。「何をへらへら笑っているの」「ううん。ティア、美人だなあって思って。メロンジュースは飲まないの?」「何で今メロンって単語が出たの!?」 彼女の一部分(メロン)を眺めながら、特に意味はないと、とぶんぶん首を振った。

「まあいいけど。、それって変じゃないかしら」
「へん?」

うん? と私は彼女を見上げて、瞬いた。ティアはほんのちょこっと口元をすぼめて、「だから」と頭の中の言葉を探すみたいに目線を揺らす。「だから、その、いくら女性恐怖症だって言っても、別に女性を好きなことには変わりないわけよね? だったら付き合わないとイコールになることはおかしいわ」 さらり、と彼女の長い髪が揺れた。私はじゅじゅ、とまたストローをすすった。

「お付き合いと言えば、何も性的なことだけとは限らないもの。一緒にいる。それだけでも十分に付き合うということの範疇に入ると思うわ」
「ティア、なんだか乙女みたいなこと言ってるね」
「真面目に聞きなさい!」
怒られた。

「とにかく、それは少しおかしいと思うの。もちろん……当事者にしかわからないものがあるから、私が口出しするのは変かもしれないけれども」

わー、わー、とグラウンドで男の子達が遊ぶ声が聞こえる。高校生とは言っても、みんな結局は男の子で、どこか落ち着きが無い。木でできたベンチの上を、わずかに座り直した。ぎゅ、と紙パックの端っこを握る。「ずるいかな」 ぺこ、と残り少なくなった入れ物がへこんだ。「私、ずるいかな……」

「ええ、そうね」
「うーん……」

顔を落とした。
「どうしたらいいのかな」
そう問いかけた後に、ティアに言っても仕方がないなあ、と思った。「だってティア、意外と経験少ないし……」「ちょっと、今何をつけたしたの? 何を」「じじつをば……あ、アッシュかな」
それともルーク? と見分けのつかない双子が、すい、と校舎の一階を通って行くのが視界にうつった。え、とティアが小さな声を出して瞬く。「おーい、るっしゅー!」と私は両手を振った。

ルッシュ(アッシュ+ルーク)はハッとこっちを振り向いて、がらがらと勢い良く窓を開ける。「まぜんな! ルークだ!」「ルークかー。あのね、ガイさんから伝言」「あああああああああきこえねーええええええー!!!」「今日の宿題、忘れずちゃんとしとけよーだって」「きっこえねー!!」

まったくもってきこえねー!! とルークは窓も閉めないままダダッと走って消えていく。あーあと私はまた残り少ないジュースをすすって、今日の晩御飯を考えた。「ティア、何が食べたい?」「……なんで私に訊くの?」「毎日作ってると、どのレパートリーにしたらいいかわからなくなっちゃうんだよねえ」

いやはやいやはや、と首を振っていると、「まるで主婦ね」 知ってるけど。とティアが呆れたようにため息をついた。「だってお弁当もあるし……ティアもルークに作ったら?」「はい!? こらちょっと、!」 ぼふっ、と赤面するティアの攻撃をかわして、私はとてとて教室に逃げ帰った。
それって変じゃないかしら。
ティアの言葉を思い出して、とんとん、と靴の底で床を叩いた。時計を見て、紙パックをくしゃ、と開いて、ゴミ箱の中に捨てた。ごとん。





「僕を理由にされても、むかつくだけなんだけど?」

出されたお弁当を受け取りながら、「えー?」とシンクくんに首をかしげた。「どうせ中学生の教育に悪影響とか、うっざいこと考えてる」 あの黄色だよ、と彼はがしゃんとカバンを床に投げて、じろっとこっちを見上げた。
私はギク、と瞬きをして、「あー」と水で濡らした指をぷらぷらと振った。「…………悪影響にならない?」「確実に、あんたの方がおこちゃま」 それだけ言い残して、シンクくんはまたずるずるとカバンをひっぱって廊下を歩いて行く。私はちょっとの間、その後姿を見つめて、かちゃかちゃとスポンジを動かしながらお皿を洗った。それから自分の部屋に言って、色んなことを考えてみた。パラパラ、と教科書のページを開く。

まとまらなくて遅いペンの動きを見つめて、視線を上げた。こんこん、と聞こえたノックの音に、「はい」と返事をした。誰だかすぐに分かる。優しいノックの音だ。「管理人さん、今月の家賃なんだけど」「はいはい、ガイさんちょっと待ってくださいね」

受け取った袋の中をひのふの、と数えて、「承りました」と頷いた。部屋の金庫にお金を入れた後、ぱたぱた、と扉の前に戻ると、ガイさんはどこか困った顔をして、入り口の前に立っていた。「弁当代とかも、プラスしといた方がいいと思ったんだが……」「え? いいですよ。別にガイさんは毎日ってわけでもないですし、半分趣味もかねてますし」「いやでも」「いやいや」

そんな言葉をお互い繰り返していたら、いつになっても決着がつかない。「あの、じゃあ、これからもお皿洗いのお手伝い、してください」「ああ、それくらいなら、もちろん」 ガイさんはパッと顔を上げた。そうした後に、ぽりぽりと恥ずかしげに顎をかいた。「これからも」 付け足されたセリフに、しばらく意味を考えて、私は両手を合わせて視線を落とした。

「あの」
私が顔を上げると、ガイさんが「わひゃっ」と言って、後ずさった。ごめんなさい、と頭をかいて、お互いタイミングを見計らっていて、とうとうガイさんが口を開いた。「あのな、管理人さん、この間のことなんだけど」「だ、だめです」 これ以上言わないで、という意味で言ったんじゃない。ティアに、ずるいと言われたことを思い出したのだ。ガイさんにばかりに言ってもらって、多分私はなんにもしていない。

なのにガイさんは、私が手のひらで制止すると、困ったように首をかいて、頭を下げた。「あ、いや、違うんです」 ぶわ、と変な汗が出て、心臓が痛くなった。「あの、私、その、そういうお話が嫌という意味ではなくって」 ガイさんはきょとんと瞬いた。

「嫌ではない?」
「あ、は、う……」

頷いた。ガイさんは多分、少しだけ嬉しそうな顔をした。「だったら、もう一回、言い直してもいいかな」 お互い変に距離を開けたまま、ガイさんがじいっとこっちを見た。「何がですか?」「君が好きだってこと」 パッ、と顔が赤くなった。「あの、えっと、はい……」 いや、そうではなく。「私も」 彼はちょっと瞬いた。「多分ですけど」 ガクッ、と肩を落とした。

「で、でも、ほんとうにわかんないんです。ガイさんと一緒にいたら、すごくドキドキするんですけども、あの、ときどき変になって」
「あー、この間も、そういやそんなこと、言ってたっけ……?」

どうしたもんかなあ、とガイさんは腕を組んで、ぼんやりと苦笑した。「あの、ごめんなさい」 ぺち、と両頬を手のひらで押さえた。なんだか泣きそうな気分になった。「ん? なにが?」とガイさんはちょっと笑ったまま私を見下ろした。私はぶんぶん首を振った。ガイさんは嬉しいと、困ったなあ、と半分半分の表情をして、「あのさ」と一歩だけこっちに近づいた。いつもより、ほんのちょっと近かった。

「どうしようか」
「どうする?」
「付き合うとか、色々」

いろいろ、というか、きっと話はそれ一個だけだ。私はとにかくどこかに隠れたい気分になって、バタンとこのままドアを閉めてしまいたくなった。でもさすがにそれをするわけにはいかない。あー、とか、うー、とか唸って考えた後、「あの、わかんないです」 こればっかりだ、と本当に自分が情けなくなった。でも、ちゃんと理由があるのだ。ごめんなさいの言葉を重ねるみたいに、私はパタパタ両手を振って言い訳した。「だって、ガイさん、女性恐怖症で、近くにいれないですし、それに、私、大家ですし、いや、それはともかく、あの、想像ができなくって」

「ごめんなさい、本当にわかんないんです」 しょんぼりと視線が落ちていく。
“そういうこと”をしなくても、恋人になれるものだとティアは言ったけれども、やっぱり普通の恋人は、そんなことをする。ガイさんは私と手も繋げないし、近くにいると、ガタガタと震えてしまう。一緒にいたくても、いることができない。だからガイさんとそんなことをするという想像ができなくて、私はひどく困った。ガイさんはなんにも言わなかった。

イエスともノーとも言えず、優柔不断な答えを出してしまった私に、きっとひどく呆れている。そう思ったら首元辺りが真っ赤になって、もっといい言葉を言えばよかったと後悔した。
しばらくして、はー、とガイさんが息を吸い込むような音が聞こえた。ゆっくりと顔を上げると、ガイさんは瞳をつむって、難しい顔をしていた。そしてパッと目を開けた後、「よし、こうしよう」 うん、と彼は頷いた。

「俺、女性恐怖症、治すから」

きょとん、と首を傾げた。「女性恐怖症、絶対に治すから。だから管理人さん、それまでちょっと答えは待ってくれ」 こっちの伸ばした手のひらは、相変わらず震えていて、ひどく遠くて、全然だった。私はちょっと考えて、手のひらを背中の後ろに伸ばした。視線をきょろきょろ泳がせた後、ふー、と息を吸い込んで、とんとん、と足の先で床を叩く。「がいいです」 ん? とガイさんが不思議気にする声が聞こえる。

「管理人さん、じゃなくて、が、いいです……」

最後の言葉は、多分ちょっと消えていた。ちら、と彼を見上げると、ガイさんは青い瞳を少しだけ大きく見開いていた。なんだか恥ずかしいことを言ったような気がするな、と思って視線を逸らすと、「」 優しい声がした。「俺、がんばるよ」 ん、と頷いた。頑張ってください、とは少しだけ言いづらかったから、ほんのちょっと、ほっぺを緩めて、もう一回、頷いた。






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2012/09/28
1000のお題【827 薫風】