大家と店子と膨れ面
「ガイさん、お誕生日おめでとーございまーす!!!」
パンパンパン、とクラッカーが弾ける音がした。私は「えへへ」と笑いながら、手作りケーキをテーブルの上に並べる。よいしょ、と包丁を入れていると、「、大きさが違う」とバシバシテーブルを叩きながら文句を言うシンクくんに、「えー?」と首を傾げた。主役のガイさんはというと、どこか恥ずかしげにして、「22にもなってなあ」と首元をポリポリとひっかいている。
「お誕生日に、年齢は関係ありません」
ずびし、と人差し指を立てると、ガイさんは照れたようにほにゃりと笑った。「それに、ガイさんの大学院の受験祝いもかねてですし」「いや、結果発表はまだなんだけどな?」「合格です!」
絶対に合格です! とバシッとテーブルを叩くと、空のコップがくるんと回った。あわわ、と慌ててそれを受け止めてガイさんを見ると、彼はくす、と苦笑していた。「はは、そうかな?」 なんとなく恥ずかしくなって、切ったケーキをお皿の上に乗せて、どうぞ、ケーキを渡す。「、それ、僕のと大きさが違うんだけど」「……気のせいだよ。っていうか、主役なんだから大きくてもいーの」「だったらディストには一番小さいのでいいだろ」「ホウッ!?」「いやだからシンクくん、全部同じ大きさだってば……」
まだ余ってるから、後は晩御飯のおやつにしてください、というと、「しょうがないね」とばかりにシンクくんは鼻から息を吹き出した。そんなシンクくんを見て、ガイさんはブボッと吹き出した。
ガイさんがやってきてから、もう随分時間が経った。学年が一つあがり、春がすぎて、少しずつ夏が近づく。私自身も卒業後の進路がちらつき、ぼんやり気分ももうそろそろ終了だ。
ジェイドさんは、また何度か帰ってきて、すぐさまどこかに消えていった。もう一人の住居人は相変わらず帰ってくることはなく、「あいつはなんのために部屋をとってるんだかね?」とシンクくんは首を傾げて、眼帯のお姉さんのお話をしていた。
お昼ごはんにはガイさんが好きな魚介類のパエリアを作って、みんなでもぐもぐとほっぺを膨らました。やあ、お腹いっぱいだ。と笑ってお茶を飲んでいたとき、唐突に、ガイさんが爆弾発言を落っことした。「そのさ、。俺、この家を出るよ」
とりあえず、目が点になった。
***
「おーい、、機嫌直してくれって」
「……もともと、悪くなんてないです」
ぶすっとしながら私はガイさんの肩にもたれかかって、三角座りをした。ほっぺが膨らんでいる。その自覚はあるのだけれど、それは認めたくない。なんたって、店子がいつかは出ていってしまうのは、当たり前のことだからだ。なのにふてくされている大家なんて、変な感じだ。こんなんじゃいけない。そう思ってるのに、ぎゅっとガイさんの腕に抱きついて、こてんと額をのせた。
「……なんで、いきなり、なんですか?」
ガイさんは大学院に入って、きっとまだ暫くこの家にいると思っていた。正直、ものすごくビックリした。「いきなりじゃないさ。出ていく一ヶ月前には、ちゃんと知らせることって契約書に書いてたからね」 ぎゅっとまた抱きついた。ガイさん自身も、ちょっと言葉が足りないと思ったのかもしれない。
よっこいせ、とガイさんは座りなおして、私をぎゅっと正面から抱きしめた。「あのさ、俺、随分大丈夫になったろう? 少し前までは、絶対にこんなことできなかったしな。近づくことすらできなかった」 正直、自分でも驚いてる、とガイさんは静かに呟いた。
「のおかげだ」
「……別に私、何もしてないです」
「そうかな」
そんなことはないんじゃないかな、とぽんぽん、とガイさんは私の背中を叩いた。「あのな、」 ゆっくりと、ガイさんは私の背中から手を離して、お互いじっと見つめ合った。「俺は、この家に逃げて来たんだ」 ぎゅっとガイさんは私の手のひらを握った。
「こんな体質で、一緒にいて、家族みんなに申し訳がなくて、ここにやって来たんだ。でも、がいたから、ちょっとずつ治って、もうこんなこともできる」
ちゅ、とガイさんが私のおでこにキスをした。なんだか恥ずかしくなって、顔を下に向けたら、今度は頭のつむじにキスされた。じわ、と耳が熱くなった。「もう、俺は大丈夫だから。だから家に戻るんだ。そりゃあ、今よりずっと一緒にいる時間が少なくなるし、寂しいけど、元々そんなに遠い訳じゃない」 それにきっと、家にいる時間は、そんなに長くはないだろうし。
最後に付け足されたセリフに、私は首を傾げた。ガイさんはちょっと困ったように眉をハの字にして、「だから、」と呟いた後、天井を見上げた。うん、と何度か頷いた後、ぺたぺたと私の頬を触って、「その、まあ、君は高校を卒業するだろう? そしたら、その、その先の進路に行って、またそこも卒業したら」 そこまで言った後に、「今、言うことじゃないかな」とすぐに口を閉ざしてしまった。
私は暫くその意味を考えて、うん? と眉をひそめた。そうしていると、パッと一つの答えを思いついて、けれども本当にそれなのか、分からないし、ぬか喜びだったら恥ずかしい。もぞもぞとガイさんの服をひっぱりながら、「あの、つづき……」 駄目ですか? と彼を見上げたら、ガイさんはわずかに耳を赤くして、「だから」 と目の端をピクリと動かした。「その、一緒になることも出来るだろう?」
言った後に、ひどく恥ずかしげにガイさんは口元を手のひらで覆った。多分私も同じような顔をして、ガイさんの服を握ったまま視線を落っことした。長い間の沈黙があった後、「その、その話はまた後でってことじゃダメかな」 後で絶対に言い直すから、と言う彼の言葉にうんと頷いた。
「まあ、とにかく、俺はこの家を出ていくけど、絶対に会いに来る。もうちに来てくれよ。きっとみんな喜ぶ」
ガイさんのその言葉をきいて、ひどく嬉しくなった。うん、と頷いた後に、やっぱり、と少しだけダメな気持ちが溢れて、「でも、ちょっとさみしいですね」 口で言ってしまった後に、しまったと思った。けれども、「そうだな」とガイさんがすぐに返事をしてくれてホッとした。「まあ、だから残り一ヶ月、今しかできないことをするっていうのはどうだろう」
きょとりと彼を見上げると、ちゅ、とキスされた。
ほんの少し顔が熱くなって口元を手のひらで押さえたら、今度は首筋にキスされた。「……んっ」 さすがにそれはくすぐったくて、びくりと体が震えた。そうしたら、がぶりと首元に噛み付かれた。「ひゃっ」 なんだかいつもと違う気がする。ぶるぶる、と体が震えて、慌ててガイさんの胸を両手で押した。
「あの、ガイさん?」
「ん?」
彼は顔をきょとんとさせた後、またすぐにキスを繰り返した。ばたりと畳の上に倒されて、体の両方に腕を落としながら、こっちを見下ろすガイさんを見ていると、なんだかぐるぐるする。「あ、あ、あの」「嫌かな」「い、いやでは、ない、ですけども……」 なんとなく、先が想像できてきた。きゅーっ、と耳元が真っ赤になって、苦しい。力いっぱい腕を伸ばして、ガイさんを抱きしめた。「うわっ」とビックリしたような声を出すガイさんが、私の胸元に顔をつけた。
「嫌じゃ、ないです……」
そう言って、小さく小さく彼の耳に呟いたら、やっぱり耳元を赤くしていたガイさんが、「うん」と静かに呟いた。どこどこと胸の辺りが大きな太鼓を鳴らしている。ガイさんは、ゆっくりと体を起こした。私ものろのろと体を起こした。彼はちょっとだけ笑った。ふと、顔が近づいた。慌てて瞳を瞑った。けれどもいつまで経ってもなんの反応もないから、ゆっくりと目を開けると、ひょいとまたキスされた。
ちゅ、ちゅ、と何度か小さな音を経てた後、「ばか」と呟いたら、ガイさんは嬉しげな顔をして、「うん」と笑って、またゆっくりと肩を押された。
ギシリ
顔を見上げた。隣では、平和な面をしたメガネがぼんやりと茶をすすっている。「ん? ネズミでもいるんですかねえ」 天井を見上げながら、首をかしげるアホに向かって、もしかしたらそうかもね。と適当に返事をしながらテレビの音量を上げた。
「それにしても、ガイが出ていくとはねえ。寂しくはなりますね」
「なに? それ僕に相槌を打てって? バカじゃないの。んな訳ないじゃんスーパーバカ」
「そこにスーパーをつける必要があったのかどうかは疑問ですがまあさておき。お腹が減りましたねえ」
脳の働きには栄養の摂取が欠かせないのです、と言いながらよっこらせと立ち上がるディストのズボンを、僕はぐいっと引っ張った。「オウッ!?」「……ちょっとベルトくらいしといてよ。汚いもの見ちゃったな」「私はゴムのズボンの方が好きなのです!!」
いやそうではなく! とぶんぶん首を振るアホに向かって、「とりあえず、今はやめときな」 と僕は堅実なアドバイスをしてやった。「しかしお腹が」「あんたはそれしか言えないのかい。もうちょっとくらいガマンしなよ。馬に蹴られて死にたくなけりゃね」
馬などどこにいるのです。とさぞ不可解だと言うように眉をひそめるアホに、チッと盛大な舌打ちをしてやった。ディストはしばし逡巡したのち、よっこいせとまた座り込んでテレビを覗きこんだ。「ちょっと、チャンネル変えないでよ」「クイズです。クイズを見て、この灰色の脳細胞を鍛え上げるのです」「あんたなんてピンク色のバカ細胞だろ! さっさとチャンネルをよこせ!」「ななッ! せめてバラ色とお上品に言いなさい!」「差がわからないんだけど!?」
案外執念深い動きを見せるアホを相手にしながら、僕ら二人は延々とチャンネルを奪い合った。
大人げない大人を相手するとつかれるのである。
「ぎゃー! お茶がこぼれましたー!」
「さっさと布巾でふいとけ! ほらはやく!」
「ふぎゃっ」
「顔面キャッチとか、最悪だな……」
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2012/09/29
1000のお題【869 世の中、食うか食われるかだ】