大家と店子は……?
ガイさんお別れパーティー。
なんて言葉を掲げられながら、パタパタ炭火を扇いでいると、何やら虚しい気分になるというか、なんというか。「ガーイ? ほら、ちゃきちゃきウチワを動かしてくださいよう?」 私はお肉を食べたいお年頃なのですからねぇ〜、とわざとらしく白い紙皿を主張させる三十代に、はは、と俺は苦笑した。
「あ、ジェイドさん、だめですよー、ガイさんにさせちゃ! 今日はガイさんはなんにもしない日なんです!」
「おっとと。すみません。老体にとって、ウチワは重くて重くて。うう、煙が目にしみる」
「……じゃあ私がしますから」
「いいよ。こういうのは男の仕事だ」
そうですか? ごめんなさい。とはペコリと頭を下げて、持ってきたトレイを庭のテーブルに置いて、また家の中に入っていく。なんとなくその後姿をぼんやりと見て、頬が緩んだ。「変わりましたねぇ」 ちゃき、とメガネを直しながらの言葉に、ああ、と俺は頷きながら汗を拭った。「もうなんの問題もないからな。あれだけ女性に近寄られるのを困っていただなんて嘘みたいだ」「違いますよ。あなたとです」
ん? とはたはたウチワを動かしてこちらよりもわずかに背の高い男を見上げる。「不純異性交遊、しちゃいました?」「ブボッ」 いやまあ、酸いも甘いも噛み分けたおじさんのひとりごとですけれどもねぇ〜、とくるくる去っていくジェイドに、とりあえずゲホゲホむせるマネをして、とにかく火を起こす作業に集中しよう、と必死にウチワを動かした。「ガイさん?」「ぎゃっ!」「わっ」
びっくりするじゃないですか、といつの間にか戻ってきていたらしいに焦るように口元を腕で押さえて、
「いや、まあ、その」
「火、つきました?」
「ああうん。ぼちぼち」
「おつかれ様です」
ハンカチで汗をふかれながら、「どういたしまして」と苦笑した。「シンク達を呼んで来てくれよ。ほら、おとなりのリグレットさんも来るんだろ?」 正直彼女にはあまりいい思い出はないのだが、別に悪い人という訳ではないのだろう。多分。
「はい! そろそろルークもティアも来るとおもいますし。アッシュも多分来るとおもいます」
「はは、呼べるだけって感じだなあ」
一応彼らも受験生なのだが、まあ、一日くらいの羽伸ばしというやつだろう。
自分がうんたら、ということは関係なく、知り合いが集まって、適当にバーベキューをする。それだけだ。(まあ、俺も案外楽しみにしているし) 一応ここの店子として、一番最後のイベントがこれとは、中々に悪くない。「それにしても、残りの店子とは、結局会わず終いだったな」「カンタビレさんは、昔っからよく遠くに行く人だとディストさんが言っていましたから」
ふうん、と俺は頷いた。
それじゃあ行ってきます、とは頷いたのに、いつまで経っても立ち去る様子がない。ウインナーのタッパーを抱えたまま、ちら、とこっちを見上げる彼女を見て、相変わらずウチワをはためかせながら、うん? と首を傾げた。「?」「あの、大学院、おめでとうございます」 うん、と頷いた。つい先日、輸送された結果に、もしかすると俺よりも喜んで、パチパチと手のひらを叩いていた。
本日はお別れパーティーでありながら、一応合格おめでとうのパーティーも兼ねているらしい。まあでも先ほど説明した通り、そんなことは関係なく、てきとうにわいわい騒ぐというそれだけの集まりである。
はどこかもぞついてタッパーの蓋を撫でていた。俺はとりあえずぱたぱたウチワを扇がせて、ぼんやり彼女を見下ろした。確かに、雰囲気が変わったかなあ、と彼女を見下ろす。彼女だって、あと数年すれば二十になるのだ。「けほっ」「あ、大丈夫か?」
ふいにやってきた風に、煙の方向が変わってしまったらしい。もろに顔にかぶったらしいは、けほけほ咳を繰り返して、しみた瞳を片手でぬぐった。「まだ痛いか?」「だ、大丈夫です……」 ぐしぐし、と涙をふいて、ちら、と彼女は俺を見上げた。そして今だとばかりに、ちゅっと頬にキスをした。
「あ、あの、シンクくん達、呼んでくる……」
しゃがみこんで、彼女の様子を窺っていた俺はパキッと固まったまま、そそくさと消えて行く彼女の背中を見つめた。相変わらず、エプロンの紐がぱたぱたと尻尾みたいに揺れている。
あの、私です
え
だから、大家、私なんです
女の子は困ったような顔をして、小さな人差し指をちょんちょんと自分にさしていた。俺もひどく困惑して、さすがに冗談だろう、と笑いそうになった。けれども彼女の真面目な顔を見ていると、嘘のようには思えなくて「……本当に?」と首を傾げて確認していた。「本当です!」 ぐい、と彼女は胸をはって、お互いの行き違いをじわじわ認識した。
よくよく考えると、何やらおもしろい話だった。思い出して、一人で勝手に笑ってしまった。
俺はこの家を出ていく。そしてまた、新しい住居人がやってくる。けれども、俺がいたということは変わらない。
夏が来る。頬の汗をぬぐいながら、また次の、そのまた次の、どんどん先の夏を思い浮かべて、一人で勝手に嬉しくなった。さあ、夏が来るぞ。
「おーい、ガイー」
「おう、ルークかー」
丁度いいとこに来た、と俺は手のひらを振った。彼の隣には、どこかで見覚えのある茶髪の女の子がきょとんとした顔でこっちを見ている。「言っとくけど、遊ぶのは今日だけだからな。ちゃんと絞めるとこはちゃんと絞めるんだぞ」「わ、わかってるよ!」 髪が短くなって、どこか素直になった少年の額を、ぴんと指で弾いた。
「ところできみ、どっかで会ったことないかな」
「……私もそう思っていたんですけれども」
何やらあまり思い出さない方がいいような。そんなような、と茶髪の少女と2人で首を傾げあった。
からからと扉が開く音がする。シンクがぶつくさと文句を言いながらトレイを抱えて、その隣で彼女が笑っている。相変わらず、仲がいいのか悪いのか、ちくちくディストで遊ぶジェイドを見て、そろそろかとばかりに向かいの家の女性が窓を開ける。
さて、と息を吸い込んだ。
ぱたぱた、と彼女がこちらに駆け寄ってくる。始めましょう、という彼女に顔を緩ませて、ひっそりと指を掴んだ。きゅ、と一度手のひらを握って、すぐに離した。お互いちょっと顔を赤くして、吹き出すように笑った。
こうしてきっと、やって来る。
ずっと先が、やって来る。
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2012/09/29
1000のお題【677 病める時も健やかなる時も】