キスはまだ、していない。
昨年のダンスパーティーのサプライズは、ひどく盛り上がったらしい。
残念ながら私は、その女装をしていたという男の人が、元はどんな人なのかはわからなかったから、とにかく綺麗な女の人だなあ、という認識しかなかったので、あれが男の人なのかあ、ビックリだなあ、と不思議な取手を両手に持つ美人さんを見上げて、ぼんやりしている間にみんなの驚きは去って行ってしまっていた。
「、踊るかい?」
「ううん」
二人一緒に壁の花だ。(シメオンは、ヒューロットだ)あんまりにもシメオンが当たり前だから、ときどき忘れてしまいそうになるけれど、本当なら私が一緒にいていい相手じゃない。どすん、と毎回何かにぶつかって、待ちなさい、とどこかでストップがかかる。「僕も、ダンスはそこまで好きじゃない」 シメオンは、私の顔を別の意味で受け取ったらしい、ほんのちょっと苦笑した。「そうなんですか?」「うん。なんだかギクシャクしてくるんだ」 剣の体運びだと考えれば大丈夫なんだけど、と呟くシメオンの言葉をきいて、イオンもまったく同じ事をいっていたような気がする、とぷすっと笑ってしまった。
「私は、ダンスが嫌いなわけではないですよ」
「そうなのかい?」
「でもシメオンと踊っていいのか、少しだけ考えています」
きゅ、と手のひらを握りながら二人で壁にもたれかかって前を向いた。パーティーの綺麗な音楽ばかりが流れる。一張羅のドレスがひらひらしていた。綺麗なドレスは、何着も持っているわけじゃない。「ですから」 それだけで、きっとシメオンには分かった。「僕はヒューロットだね」 お互い知っていることだ。
「僕は、卒業したら騎士になる」
必ずなる、と彼はまっすぐに、こちらを見ないままに呟いた。視線がないことに少しだけ寂しくなって、首元にかかる銀色のチェーンをそっとなぞった。「絶対になってみせる」 シメオンならきっとなれる。そう思う。ええ、と頷いて、お互い握った手のひらに意識を向けた。暖かい。
「、君は知っているかい」
ダンスホールに、やわらかな光がまたたいている。「騎士は、恋のために戦うものなんだ」 ぱちん、と瞬いた。
「卒業したら、両親に会いにきてくれ」
「……シメオン」
「いや、今日が終わったらすぐにでも」
「シメオン」
ノーの言葉は聞こえないぞ、とそっとシメオンの顔が近づいた。人垣であふれている。ダンスパーティーには、いつも何かのサプライズがあるのだ。「イエスで答えてくれ」 パチリ、と照明が落とされた。ざわついて、盛り上がる声がきこえる。ときおり、聞き覚えのある歓声が響いていた。「さすがに、そろそろ僕だって」 気合の一つくらいいれてみせる、と昔よりもほんのちょっと大きくなった背を屈ませた。鼻はもうぶつけないぞ。
シメオン、と抗議の声をあげる暇もない。
「……んっ」
イエスとイエスで答えなさい
「きみは、先の天気を知ることが得意なんだろ?」
きっと晴れに決まってるよ。