安室さんはアルバイター
たまたま偶然。近所にこんなお店もあったんだなあ、とお散歩帰りに帽子をずらしながら覗き込んだ。
控えめな看板の割には人のいりはぼちぼち。
ご年配の憩いの場なのだろうか? そっと覗いてみれば、そういうわけでもないらしく、若い人たちもちらほらいる。じっと見つめるのも気が引けて、行っては戻り、戻っては行きを繰り返した。(ええい)
丁度、お昼時なのだ。このまま家に帰ってお昼ご飯を作るのも面倒くさい。それならいっそのこと、と扉を開ける。喫茶店に一人で入るのは気が引けたけれども、このまま帰って後ろ髪もひかれたいわけじゃない。かららん、と涼し気な音と一緒に心地の良い風が頬をなでた。「いらっしゃいませ!」
入らなきゃよかった。
そのときはそうは思わなかった。でもあとになって考えてみればそうだった。知らなきゃよかった。
「おひとりさまですか? お煙草は吸われますか」となれた様子でこちらに顔を向けて微笑む青年を、私はしばらく凝視した。それから唐突に恥ずかしくなって帽子で顔を隠して、すっかりうつむいてしまった。
***
多分、私は面食いというやつなのだろう。
考えてみれば今までの恋愛遍歴をさらってみれば、思い当たる節がいくつもある。目の前で置かれたコーヒーから、涼しげな音がして氷が溶ける。丁度よく空調がきいた店内では、夏休みの部活帰りなのか時間帯にしては珍しい女子高生たちが可愛らしい制服をきて、きゃあきゃあと盛り上がっている。
その真ん中で、困り顔の男性が、「こらこら」と彼女たちをいさめて、「僕は今仕事中なんです。ご注文をどうぞ」
「そんなことより安室さん、彼女いるの?」
「いないよねえ、いないって言って!」
「パンケーキおかわりするから言ってえ」
(…………若い…………)
そして、羨ましい。いつの間に、私はあんな無鉄砲さがなくなったんだろう。いやもともと持ってなかったような気もするけど。御年27。四捨五入すれば立派な三十路。OL業もいつの間にやら立派にこなし、着実に、堅実な人生を歩み始めている。だというのに。
やっとこさ女子高生たちを治めた青年が、長い脚をゆっくりと、上品に動かしながら厨房へ消えていく。褐色の肌。青い瞳。ついでに日本人とは思えない髪の色は地毛なのだろうか。でも名前が日本名だし。(…………かっこいい)
たまの休みを、こうして癒やされに来店するいやらしい三十路である。
「さん、おかわりですか?」
「え、いや、あの、あ、はい」
そしてこうして、気づけば名前を認識されるほどの常連になるに至る。
もうちょっと踏み込んでみようか。いやいや、と考えて、「あの、安室さん」「はい」「安室さんって、その」「はい?」「…………バイト、なんですよね?」「はいそうですよ」 にっこり。
笑顔が辛い。
バイト。おそらく自分と同じ年代である青年。バイト。そしてフリーター。(う、うう、ううううう)
「きつい、ものがある…………ッ!」
「はい?」
思わず声が漏れていた。いやいやなんでもないです、やっぱりおかわりきついですね、はは、帰りますねお会計お願いしますと早口でまくしたてつつ、そろそろ結婚はしたい。でもフリーターはきつい。いやきついというか、そもそも両思いも難しいし? っていうか自分面食いすぎるからね、といろんなツッコミを入れつつ、気づけば貯蓄ばかり増えてく財布を開いて、「650円のお会計ですね」 あ、かっこいい。
じゃなくて。
「ごちそうさまです、おいしかったです!!!!」
逃げ帰りながらも、私は一体何をしているんだろう、暑い夏を駆け抜けた。
27歳。独身、彼氏いない歴3年。結婚したいです。
でも好きな人はフリーターです。あとイケメンです。