安室さんは喫茶系
片手には無料のコーヒー券。もう片方にはお財布を携えて、持ち物など他にない。自宅からの直行ルートである。コーヒーだけでは、といつものサンドイッチを頼んで、次はパスタの新作があるんですよと教えていただき、あらそれじゃあと素知らぬ顔で新作を味わい、その際頂いたコーヒー券を餌にまた来店。なにこれ無限ループなの?
そろそろ今日はアイスかな、ホットかな、と迷い始めた。今日のところはホットでお願いします、と声をかけた瞬間に、すいすいっと手元に注文したばかりの品が届く。できる男かよ。
安室さんにしても、梓さんにしても、ひどく周りの人達から親しまれた店員さんたちだった。
今日も幾人かのお客さんたちと、にこにこお話をしている。そんな中、私は窓側の席でぽんやり外の景色を眺めた。さすがに常連さん方の会話に交じるわけにはいかない。走り去る車やら、お散歩で通り過ぎるわんこを眺める。平和だ。喫茶店の隣にある階段からちょび髭の男の人と女の子、ついでに小さな男の子三人がわいわいと歩いていく。ご家族さんだろうか。
ぴかぴかに磨かれたガラスにぬっと男の人が映り込んだ。安室さんだ。唐突なイケメンは心臓に悪い。
「どうかされましたか、さん」
「いっええぇ!」
首を振ったつもりが、言葉だけ捉えるとイェーイッ! とテンションが上がっている人のようになってしまった。アホでしょうか。心臓辺りをぎゅっと握りしめながら、そっと安室さんを覗き見る。見る分にはタダですから。サンドイッチとコーヒー代くらいしか、かかってませんから。
お隣のテーブルを拭き取る青年の横顔をじっと見つめる。
これが日々の癒しであり楽しみなのだ。もう認める。認めてやります。とか思う私は一体何様か。丁度お客さんたちの途切れ目の時間になったのだろう。さきほど楽しげに会話を繰り返してらっしゃった方々が、次々にお会計をお願いする。気づけばすっかり私と安室さん、梓さんの三人になっていた。なんとなくお互いの顔を見合わせて、苦笑する。
「まあ、こんな時間もありますよね」
と、梓さんが食器を洗いながら呟いた言葉にぼうっとして、あ、私に話しかけたのか! と遅れてコクコク頷いた。それから慌てて返事をした。「そ、そうですね! いつもはたくさんいらっしゃるのに」
あれ、帰った方がいい? さっさと私も帰った方が? とチキンな魂が騒ぎ出す。もごもご口元に無心で詰め込んでいたからか、お皿の上はすでに空っぽになっていた。これは、帰ったほうが!?
「コーヒーのおかわり、いりますか?」
おろおろする私に対して、神がかり的なタイミングで安室さんがこちらに微笑んだ。「お、お願いします……!」 なので、もうちょっといてもいいですよね? と自分自身で言い訳する。こっちの気持ちを見透かされたんだろうか。さすがの安室、透さんですね! とこないだ覚えたばかりの下のお名前を思い出して、一人でニコニコして死にたくなった。
初めはフリーターか。金髪かと偏見にあふれていた自分が恥ずかしい。しっかりした男の人だ。
たまに「今日はいきなり欠勤なんですよ」と梓さんがぷんすか怒っていることもあるけれど、その分仕事は人並み以上に働いている、ような気がする。外から見た感想だから多分だけど。
「安室さんって、お若いのにしっかりしてらっしゃいますよね……」
とても自然に、つるりと言葉が飛び出ていた。
私なんかより、ずっと立派に働いていらっしゃる。
(アラサーOL、喫茶店系年下男子に恋をする)
そっと心の中で呟く。なんだか小説の題名にでもしたくなるくらいだ。
いいじゃない、素敵じゃない。青春の一ページだったと私自身の記憶に数年後に刻み込まれそうじゃない……と幸せのコーヒーをすする。「お若いのにって」 安室さんが困ったように頬をかいた。「さんの方がお若いでしょう」 あらお上手。
「いやいやそんな……」
「安室さん28でしたっけ」
今日も元気に吹き出した。
「いえ梓さん、29になりました」
その更に上だった。
***
「見かけがお若くお肌もぷりぷりでいらっしゃるっ…………!!!」
そろそろうちのベッドがボロボロであり、ツッコミが追いつかないので勘弁していただきたい。
年上かよ。