*1〜3は、元は長い短編でした。
基本的に、生徒会発足編で完結扱い、のちはおまけ編ということでよろしくおねがいします。
*後編にて、戦闘描写あります。


生徒会、発足



「かいちょう……?」

二つに折られた紙片を開いてみた。会長。真っ赤な文字でそう書かれている。隣に立つ男の子が無愛想な瞳をこっちに向けた。その手に持つ、私と同じサイズの紙片には「副会長」と書かれていることが分かる。え? と首を傾げたとき、からんっとベルを鳴らされる。頭の上からくずだまが開いて、紙吹雪が降ってきた。

「おめでとうございます!!」

からーん、からーん、からーん。
まるで商店街の福引があたったみたいな演出だった。けれどもそれは正しい。私はくじを引いた。「え……?」 会長。そう書かれた文字をもう一度見つめる。
隣の男の子が面倒くさそうに舌打ちを打った音が聞こえた。「え……?」

「生徒会会長、副会長候補当選、おめでとうございます!!」

立橋院学園。すべてはくじびきで決める、奇特な学校。経済界、政治界、多くのトップリーダーたちを輩出する名門校。その生徒会役員に就任するということは大変名誉なことであり     「…………え?」

私はただ、会長と書かれた紙を握りしめていた。よく意味もわからずに。





桜がちらちらと散っていく。私はその光景を眺めていた。
     今日からだ。
緑色のセーラー服のスカートをちょん、と掴んでみた。かわいい。なんだかちょっと嬉しくなる。
     今日から、入学式なんだ。

入学式までに余裕がありすぎるくらいにあった。だから私は一つ寄り道をしてみよう、とふらりと近所の公園へと足を踏み出した。大きな池を囲うように柵がはってあり、ぽつぽつと白いベンチが置かれている。新しい制服を汚さないようにベンチに腰掛けようとしたところ、くしゅんっ、と大きなくしゃみが聞こえた。

私はパチリと瞬きをした。なんで気づかなかったんだろう。池と、その上にひらひら映る桜ばかりを気にしていたからかもしれない。私が座ろうとしたベンチの端っこに男の人が座っていた。白いマスクをしていて、ずずっと鼻をすすっている。さっきのくしゃみはこの人だ。
丸い大きなめがねと、優しそうな瞳だ。着ている制服が今日から私が通う学校の制服と同じだった。

思わずまじまじと見てしまったことがいけなかったのだ。男の人は、もう一度鼻をすすった後、「……あ、ごめんね」と頭を下げる。

「あ、いえ。こちらこそ」
「いえいえ」

お互い腰が低いタイプなのかもしれない。へこへこと頭を下げた後、私は首を傾げて、「隣、いいですか?」と訊いた。別にベンチくらい、そこらへんにたくさんある。けれども他の場所にいちいち移動するのも、なんだか嫌みな行動に思えたからだ。
男の人は予想通りに、「どうぞ」と柔らかく瞳を細めた。風邪か何かなのだろうか。ちょっと声がかすれているけれども、なんだかかわいらしい。

私と同じ新入生なんだろうか。
「……新入生?」

私の思考と重なるように、男の人は訊いてきた。私は間髪いれずに「はい」と答えて、「あなたもですか?」と首を傾ける。男の人は、「ん?」とごまかしたように笑って、「二年だよ」とぶい、と二本指を出した。なんだか仕草の可愛い人だ。

私は「ごめんなさい、先輩ですね」と頭を下げて、ゆらゆらと頭の上で踊っている桜に目を向けた。男の人は鼻をもう一回すすった後、「桜が散らなくてよかったね。いいお天気だし」と嬉しそうに言った。本当に。うららかな春の日だ。

ほのぼのとした空気なのに、私は唐突に不安になってきた。なにしろ、今日から私が入学する学校は特殊すぎるほどに特殊なのだ。くじびきで全部を決める。くじびきこそが全て。全部くじびきで選ぶ。
押される不安のままに、私は隣の男の人、これから学校の先輩となる人にあのう、と声をかけていた。

「立橋院学園って、その、変わってますよね。大丈夫……なんでしょうか」
「え? 大丈夫って?」
「その、くじびきで」
「不安なの?」
「まぁ、そんな」

先輩はマスクをほんのすこしずらした。そうしてがらついた声でううん? と笑いながら首を傾ける。

「そうだね。変わってるね。生徒会も、何もかも全部くじで決めちゃうから」
「生徒会も、なんですか?」
「そう。ぜーんぶ」
「ぜ、ぜんぶ……」

分かってはいたことだけど、やっぱり足がすくみそうになる。入学してもいないというのに、ぐちぐちした気持ちがどんどん溢れてくる。「……私、そういう賭けごととか、そういうのに、向いてないって、いうか。……こわい、なぁ」 入学して、すぐに退学のくじを引いてしまったらどうしよう。高校三年間。もしかしたら大学まで。ずっと当たりくじを引いていくことなんてできるんだろうか。

すっかり委縮してしまった私を見て、先輩は不思議そうな顔をした。「……なんで、入学したの?」 当たり前の疑問だ。賭けごとが苦手だと言っているのに、自分から飛び込んだのだ。私は何も言えなくなって口を閉ざした。でも、だめなのだ。この学校じゃないと、私はだめだったのだ。

先輩は、「あ、いや俺も幼馴染にひっぱられたとか、そんなだから」と苦笑する。けれどもすっかり口が閉じてしまった私を見て、先輩は何を言えばいいのか分からなくなったのかもしれない。気まずい沈黙に、私って馬鹿だなぁ、なんで見ず知らずの人にこんな愚痴を言ってるんだろう。と恥ずかしくなった。

ごめんなさい。そう謝ろうとしたとき、先輩はにっこり笑った。「俺ね」と自分を指でさす。

「俺、もうまれにみるはずれ体質で。くじ運悪いって言うか。去年の入学式なんて鳥のフンかけられちゃったし。やばいくらい。でも俺でも大丈夫だから、大丈夫だよ」

最後あたり、くしゃみが一緒に出てしまって、なんともしまらないセリフだった。
先輩は、もう一回「大丈夫だよ」と言いなおした。なるほど。他の人に大丈夫って言ってもらえれば胸が軽くなるのはなんでだろう。私は現金にも、「はい!」と元気よく挨拶をして、先輩をうかがった。

「あの、体調、悪いんですよね。今日はもうお休みされた方が……」
「うーん、そうなんだけどね。待ち合わせしてて……」
「相手のケータイに連絡してみるとか」
「あ、そっか。くしゅん」
「ティ、ティッシュどうぞ!」
「ありが、くしゅんっ」

くしゅん、くしゅん、とくしゃみが止まらないらしい。大変だ。無理はさせない方がいい。さっさとどっか行かなきゃ。お話なんてさせて申し訳ない。ごめんなさい、と立ち上がろうとしたとき、先輩はくしゅくしゅくしゃみをしながら、「バス、遅れくしゅんっちゃうよ、くしゅん」なんてこっちの心配をしてくれる。わぁわぁ、と私はあわてて立ち上がりながら、頭を下げた。いっぱいの気持ちをこめて、思いっきり頭を下げた。

「ありがとうございました!」

そしてそのまま走ろうとしたとき、「待って」と先輩が呼び止める声が聞こえる。なんだろう、と振り返ってみると、彼はもう一回、マスクを全部ずらして、にっこり笑った。「入学、おめでとう」




いい人に出会った。大丈夫。あんな人ばっかりだったら大丈夫。立橋院学園なら、やっていける。頑張れる。そう思っていたのに。





応接室らしきところに、私と、副会長というくじを引いた男の子と、それと先生らしき男の人がソファーに座っていた。扉には「おめでとうございます」とベルを鳴らした女の子。まるで映画か何かでみるSPのように背を正しながら背中に手をまわしている。まるで場違いな場所に来たみたいだ。
いいや、これは本当に場違いなのだ。

「あの、私、会長ってくじを引いちゃったんですが」

とりあえず眼鏡をかけた先生らしき男の人に声をかけてみた。彼はニコニコ笑いながら「おめでとうございます」と人のよさそうな笑みを浮かべる。同じくソファーに座っているというのにひょろっとした長い身長の所為か、ものすごく見降ろされているような気分になる。「あ、ありがとうございます……」と私は頭を下げ、いやちょっと待て、そんな対話は望んでいないぞ、と今度はテーブル越しに座る男の子に目を向けた。

短い黒髪に鋭い瞳。そんなに背が高い訳でも、筋肉がついている訳でもない。クラスのちょっとかっこいい男の子を近寄りがたくしたような感じだ。近寄りがたい、というのは顔が怖いということではなくて、雰囲気が怖い。バリアーを張っている人というのは見ればわかる。自分に話しかけるな。そんな空気を体中で発しているのだ。

けれども一室で待たされて、かれこれ一時間。そろそろ緊張も切れそうになってきた。耐えられない。なんでみんなこんなに会話がないんだろう。SPのように扉に立つ女の子と先生を置いて、部外者は私とこの男の子だけなのだ     と頷き、勇気を振り絞った。

「あの、私、って言います。あの、よくわかんないけど一緒の生徒会候補なんだよね。頑張ろうね」

精一杯、自分の中の社交性を使ってみたのに、男の子は胡散臭そうにこっちを見つめただけですぐにそっぽを向いた。せめて名前くらい教えてほしい。どんどん気持ちがしょぼついてくる。『大丈夫』今朝の先輩の声を思い出した。うん、大丈夫。あ、名前くらい教えてもらっとけばよかった。

私はテーブルの上からぐいっと体を乗り出し、男の子の手をつかもうと思った。けれども予想以上の身軽さで男の子はその場から逃げて、バランスを崩した私は顔面から男の子がさっきまでいた場所、ソファーにつっこみ、強かにテーブルへと体を打ちつけた。痛い。それよりもこの状況が一番苦しい。

さん、パンツ見えてるよー」 
ほのぼのとした先生の声が聞こえる。私は無言でそれを直しつつ、恨みがましげな目で男の子を睨む。さすがに、それに男の子はひるんだらしい。

「がんばろうね」

もう一回、手を出してみた。男の子は思いっきり嫌そうな顔をしたけれども、だめだ。いやって言う人に無理やりさせることはよくない。けれども私はこの男の子と一緒に生徒会をしていく仲間になるのだ。会話すらしないなどというこの状況はよろしくない。せめて名前を教えてください。

、です」

わざとらしいくらいに言葉の感覚をあけてみる。さすがに男の子も観念したらしく、相変わらず嫌そうな顔をしながらつぶやいた。「……秋葉」「秋葉くん?」 ちっ、という風に彼は舌打ちする。「秋葉くん、よろしくね」と私はソファーに座りなおし、にこっと笑う。けれども秋葉くんは訝しげな目をしながら私を見た。

「……お前、よくそんな能天気にしてられるな」
「え? のうてんき? なんで?」
「……知らないのか?」

何がだろう。そう思ったとき、SPの女の子がトランシーバーのようなものを耳に当てるのと同時だった。思わず、女の子へと私と、先生と、秋葉くんの視線が移動する。はい、はい、と女の子がいくつかの返答をした後、失礼します、と電源を切った。そうして私たちを見渡した後、「生徒会役員全員が決定しました。すぐさま生徒会室へと向かいます」 と静かな口調で説明した。



立橋院学園は立派だ。立派すぎるくらい立派だ。幼稚舎から大学院まで一貫するマンモス校なのだから当たり前かもしれないけど、そういう次元を飛び越えるくらいに立派なのだ。廊下は普通の学校の二倍の広さはあるし、大きな時計台は立派だし、正直卒業までに全部の施設を使うことがあるんだろうか、と不思議だ。

なのでもちろんのこと、生徒会室も立派だった。中学校の校長室が馬鹿みたいに見えるくらい広々としていて、校長先生が座るはずの椅子にはぽっかりと穴があき、その周りに三人の女の子、そして一人の男の人がいる。

「あ、こんにちは〜」

妙に間延びした、親近感を覚えそうなくらいへにゃっとした女の子、でもたぶん私よりも年上の先輩はこっちにぱたぱたと手を振った。茶色い髪が肩口まで伸びていてなんだか可愛い。

「あのね、私副会長の秋山時乃って言ってね、それでこっちのちっちゃい子が」
「ちっちゃい言うな!」
「蓮子ちゃんなの〜」
「聞きなさい秋山時乃!!」

フルネーム呼びだ……。正直先輩かと疑いたくなるくらいちっちゃな先輩はなぜだか白衣を着ていておでこがキラリと光っている。ばたばた暴れてばかりいるものだから、鼻の上に乗せた小さな眼鏡がおっこちないか不安だ。ひとしきり暴れた後、蓮子ちゃん、と呼ばれた多分先輩は、「秋山時乃に任せたていたらいつまでたっても終わらないわ、いい!?」 と、小さな胸を堂々と張りながらこっちにビシリと指を突き立てる。

「私は上石神井蓮子、立橋院学園生徒会の書記よ。さっき言ってた馬鹿が副会長。そんでこのちっちゃいのが      」「蓮子様も負けず劣らずの小ささですぅ、特にお胸とか」「山田ァ!!!」「あうんっ!」

正直あうん、という言葉一つでは収まらないほどの、ジャンプキックが山田と呼ばれた女性へと飛んだ。黒髪眼鏡の、ちょっとうらやましいぐらいのぼいんぼいんな女性はお尻をこっちに見せながら滑るように壁へ激突していく。そして上石神井先輩は何事もなく続ける。「で、こっちの子が朝霧小雪。いい、わかった? わかったわね?」 え、何事もなく、続けちゃうの?

指をさされたピンク髪の女の子はこっちを窺い見るように小さくなり、「よろしくおねがいします」と礼儀正しく頭を下げた……っていうかちょっと待ってくれ。

「あの、小学生、ですよね。朝霧さん」

私と秋葉くんと同じく横に立たされた先生は不思議そうな顔をする。先生なのに知らないのだろうか。上石神井さんは「そうよ、文句ある? くじで決めたんだからいいでしょ」と軽く質問を受け流し「これで紹介は終わり。何か質問は? ないわね? ないわね? いいわね?」とマシンガントークをぶつける。

あんまりにも速くて見逃しそうになったけれど、一人部屋の端に立つ男の人の紹介がまだだ。小麦色の肌をしていて、顔にはあんまり表情をつけていない、ぺったりとした仮面をつけているような男の人だ。秋葉くんと似ていて、この人もなんだか近寄りがたい。私は目の前の校長先生が座りそうな立派な椅子を見た後、男の人へと目をやる。「……えっと、会長さん、ですか?」

この中で男の人と言えばその人だけだ。男の人は「いや」と短く答え、「秘書だ」と端的に述べる。ひ、秘書。秘書までいるのか。一瞬くらりと意識が遠のきそうになったけれど、「じゃあ……」と山田と呼ばれ、そしていまだにこっちにお尻を向けた、頭を壁にぶつけた体勢をとったままの女の人へと向けた。

秋葉くんと先生も、山田会長? を見る。山田さんは「ん?」という感じで何事もなく復活し、にこっと笑った。てへっ、という感じだ。「あ、よろしくおねがいしま     」と、最後まで言葉を言い終えることなく、上石神井さんのエルボーが飛ぶ。「んなワケないでしょうがぁぁあああぁああ!!!!」「はぶぅ!」

「こいつは下僕よ!」と上石神井さんは山田さんの背中にその小さな足を乗せながらふんぞりかえる。
力強いコミュニケーションを見せつけられ、私は何もいうことができず、そっと視線をそらした。立橋院生徒会、おそるべし。
だったら生徒会長は? という私たち三人の疑問が伝わったのか、上石神井さんは(そういえばこの人書記さんだよね?)この場の王者とでもいうように、

「会長はお忙しくてあんたたちにかまっている暇はないの。いい、わかった?」
「あのね風邪ひいちゃったって。だから新しい生徒会候補の人にごめんなさいって伝えてほしいって」
「秋山時乃ォ!!!」
「お兄ちゃん……大丈夫かな……」

「秋葉くん、その、不思議な人たちだね……」
「…………」

私の呟きを、秋葉くんは静かにスルーした。

「とにかくっ!」「あうんっ」

上石神井さんは山田さんをふんづけたまま、というか何度かドシドシぐりぐりと思いっきり山田さんに向かって地団太を踏み、私たちへと人差し指を向ける。「生徒会役員候補三名、あなた達に指令を与えるわ、いい!?」「ひゃあーん、蓮子さまぁ」

「ま、待ってください!!」

同じく私はバシッと手を挙げた。見逃せるはずはない。会長候補、という重責に耐えきれるように、私は頑張って訊いていたのだ。会長。副会長。書記。会計。生徒会は四名なはず。その上私たちは秋葉くんと私、二人しかいない。おかしいじゃないか。
相変わらず秋葉くんはどうでもよさげな顔をしているし、先生は先生で、ぼんやりとした顔をしている。ここで私がやらなきゃ誰がやる!? 感じた疑問を上石神井さんへとぶつけ、ついでに温厚そうな秋山さんを見た。

秋山さんは、んー、と唇に人差し指を置き、「あのねぇ」とおっとりとした声をあげる。「会計さんはね、なしなんだって」 よく言葉の意味が呑み込めなかったので首を傾げた。「あのね」と朝霧さん、と言えばいいのだろうか。小さな小学生はぴこぴこと頭を出す。「くじが、一枚だけあまっちゃったんだって。それがね、会計のくじだったって」

「ああ、……ええ、え、ええ!?」
おかしい。そんなの明らかにおかしい。「あの、みんなちゃんとひいたんですか?」ええ。と上石神井さんは頷く。「やり直し、とか……」ないかな、と秋山さんを見ると、秋山さんは残念そうな顔をして、「くじでやり直しはだめなんだよ。ね、蓮子ちゃん」

三人で。会計なしで。くらっと一瞬遠くなった意識を戻すために、「あの、じゃあ書記は!」 私が会長。副会長が秋葉くんのはずだ。だったら書記は誰なのだ。

そんな私の叫びに、「あ、はーい」と空気に似合わずまったりとした声が聞こえた。見てみれば、先生がひょろっとした手を垂直に挙げ、ついでにもう片方の手でずれた眼鏡を直している。
「あのですね、僕一応教師なんですけど、準備し終わったときにね。試しに一発ってやっちゃったら、当たっちゃいましたー」

市井輝って言います。市井先生でも、輝お兄さんでもなんでもいいですよぉ。とにこにこする糸目さんを見たあと、生徒会面々へと即座に顔を向ける。けれども、「くじにやり直しはきかないわ」と上石神井さんが腕を組みつつ真剣な顔をした。

先生なのに生徒会役員。私の不安を知らずか、市井先生は「まかせてください、僕、字がきれいってよく言われるんですから」とにこにこしている。
つきそうになったため息を押し殺し、なんとか笑みをつくって市井先生に微笑むと、生徒会へと目を向けた。上石神井さんは「ま、確認ができたところでちゃっちゃと行くわよ」と一枚の紙を取り出そうとしていたとき、ずっと私の隣で沈黙を守っていた秋葉くんが口を開いた。「辞退は」 え? と誰ともなしの呟きに、もう一度、と確認する。

「辞退はできるのか」
「できません」

秋山さんが、さっきまでのほわほわとした口調を切り取ったように凛然と言い放った。「辞退とは、退学を意味します。あなただけじゃなくて、連帯責任。会長候補、書記候補ともに退学です。先生ってなると、退学じゃなくて……えっと、クビかな?」「え!?」「クビですか!?」

さすがの市井先生も無職という言葉には焦ったのか、薄い瞳をカッと見開く。それよりも、退学という言葉にどういうこと? と秋葉くんを見た。秋葉くんは、「やっぱり知らなかったのか」と口だけを動かし、「わかりました」と素直にあきらめ、また口を閉じて、前を向き直った。

「あ、あの、た、退学って!」
「無職は困りますよね、無職は」
「フー……」

三者三様の、最後の秋葉くんは静かにため息をついただけだったけれど、私はあわあわと手を動かした。「おだまりなさい!!」 上石神井さんの一括に、みんなの動きは止まり、ただ唯一思いっきり踏まれた山田さんが、気のせいか幸せそうな悲鳴を上げる。語尾にハートついていますが。

「これは決定。決まりなの。私たちもそうだったんだから諦めなさい。あんたたちには今から一年間、生徒会候補としてテストを受けてもらいます。いーい? こっちから出す課題、全部をパスすんのよ。一個でも落としたら即退学。これくらいもできないようじゃ立橋院の生徒会なんてできないわ。わかったわね!? あんたたち、最初からそんなんじゃ立橋院最悪の生徒会候補、なんて言われかねないわよ!!」
「蓮子様、去年、立橋院最弱生徒会候補って言われてたの根に持ってるんですねぇ〜」
「山田ァ!!!」
「あひぃん!」

激しい鞭だ。
納得なんてできないままに、上石神井さんは紙を一枚、こっちへと押しつける。ぽこんっと生徒会の会長印が押されたそれには、指令が書かれていた。


『今から48時間以内に、立橋院生徒である前生徒会役員へのあいさつをすべし』



多難すぎる前途に、大丈夫。と言ってくれた先輩を思い出した。俺ね、くじ運が悪いんだよって言ってた先輩。私はそれ以上に悪いかもしれません。






「と、とりあえず!」
私は重々しい空気を払拭するように、指令書を握りしめながら叫んだ。すでに生徒会室の扉を振り返る。あの中に生徒会役員の人たちがいて、そしてもしかしたら来年には私たちがあの場所にいることになるかもしれないのだ。

でも今はそんなことを考えてられなかった。退学なんて冗談じゃない。今更他の学校の入学式は終了してしまっているだろうし、私はもともとこの立橋院以外に入る気はないけれど、そういう問題以前だ。頑張るしかない。
それに三人とはいえど、一人は大人、しかも教員なのだ。こんなに力強いものはない。頼もしいぞ!

なのに先生は、「ええっと、ええっと」と言いながら「上石神井れんこんさん、秋田時さん……」とぶつぶつと生徒会役員の名前を呟いている。「あのう」と思わず声を変えてしまった。

「れんこん、じゃなくて、上石神井蓮子さんですよ。書記の。朝霧小雪さんが会計で、秋山時乃さんが副会長。それと山田さんと秘書さん」
「そうでした。よく覚えられますねぇ」
「……そうです?」

こほん、と私は咳を一つして気を取り直し、広い廊下での作戦会議として、私は手始めに指令書を秋葉くんと市井先生に見せた。先生は興味津々に、秋葉くんはまぁ、ちょっと気になるかな……という程度にちらっとこっちを見る。「ええっと、前生徒会役員へ挨拶しろ、でしたっけ」 先生が眼鏡を直しながら頑張って高い背をかがめていた。うん、うん、と私が頷いていると、先生が「注釈がありますね」と下の方に小さな文字で書かれた部分を口にする。

「会長候補は前会長に、副会長は前副会長に、と各役職ごとであいさつすること。なお、現在留学中の律子・キューベル・ケッテンクラートは除く。……あ、聞いたことがあるな、前生徒会長だ」

名前からして、外国の人だろうか。私は市井先生を見つめた。「他の生徒会役員の方……って?」 教員なのだから、それくらい知っているだろう……と、いう問いかけだったのだが、市井先生はぼさぼさの頭に手を乗せて、「いやぁ」とはにかむ。「僕、今年からの新人なんで、あんまり詳しくないんですよねー」 あっははは。
(……全然……頼もしくない……)
あう。と首を下に落とすと、意外にも秋葉くんが口を開いた。

「副会長は如月香澄だ」

憮然とした表情のまま、秋葉くんは腕をくみこちらを睨む。けれどもちょっとでも貢献しようと思ってくれたのかもしれない、と嬉しくなったことと、そういえば秋葉くんは初めから生徒会のことにちょっと詳しかったことを思い出した。雰囲気はちょっと怖いけれど、なんだか私よりもしっかりしていそうに見えるし、男の子だ。私は期待して続きのセリフを待った。

けれどもいつまでたっても彼の口から次の言葉が出てこない。私と市井先生がじっと彼を待っていた、ということに彼は遅ばせながら気づき少しだけ慌てたように「他は知らない」と付け足す。
……なんでそこだけ知ってるの? なんて突っ込みたい気持ちになったけれど、一人も知らない私が言えたことではない。

会長、とひいてしまったくじが本当に恨めしい。正直そういうのはガラじゃないのだ。ガラじゃないっていうか、分不相応って感じなのだ。私なんかがすみませんって感じである。

「そういえば」と市井先生が指令書を見ながら首をかしげる。
「会長候補が会長ってのは、なしとして、副会長候補が前副会長もいいけど、会計はどうするんだろう。僕は書記だし……いないですねぇ」「あ、本当だ」
うっかりしていた。

私はうーん、と首をひねりながら、「生徒会役員の人にきいてきましょう」と生徒会室へと足を向けようとした。けれども秋葉くんが「やめておけ」と鋭い声を出す。
「時間の無駄だ。俺達は試されてるんだ。ヒントとなる言葉なんてくれる訳がないし、指令書一枚を渡されたということは、これだけで事足りるとあちらは判断したんだ。立橋院生徒会がミスを犯すはずがない。あいつらは化け物と同じだ」

随分はっきりとした声だ。それにしても化け物とは言いすぎだろう……、というセリフを私はごくっと呑み込み、「そう……なのかな?」口元をへにゃりとしながらあいまいな返事をして指令書を見る。なんで秋葉くんは、こんなに生徒会のことを知っているんだろう。もしかして持ち上がり組なのかもしれない。それとも、私が知らなさすぎるだけなのだろうか。自然と体が小さくなりそうだ。

「じゃあ、どうしま、しょう……」

本当は私が会長候補なのだから、私が指揮をとらないといけないに決まっている。けれども私はそういうのは得意ではないし、中心となるべき先生がそこにいるのだ。思わず市井先生をちらりと確認してしまう。市井先生は、分かっているのかいないのか、またにこっと笑った。とりあえず私も笑う。にこっ。にこにこにこっ。にこにこにこっ。
(……なにかが、ちがう……) にこにこし合って、どうするの……秋葉くんも、無言で見つめないでほしい。

「あ、全員であいさつに行くとか」
「基本を押さえてていいかんじですねぇ」
「…………」

自分で提案したものの、なんだか不安になってきた。それはまぁ置いといて、と横に箱をどけるような動作をした後、私は無理に明るい声を作って秋葉くんに声をかける。「秋葉くん、前副会長の如月……さん? を知っているんですよね。最初にその人にあいさつに行きましょうよ」

「嫌だ」

ピシリと、空気が固まった。
そしてそれを確認して、秋葉くんはもう一回、言った。
「絶対に嫌だ」






なんでこんなに道のりが厳しいんだろう。私はしょぼくれながら学園の購買を探す。市井先生は仕事があるとどこかへ行ってしまったし、秋葉くんはもちろんのこと、止めるまでもなく早々に立ち去ってしまった。
「……153人」

今まで歩いて眼の中に止まった人数を数える。入学式だっていうのに、なんでこんなに人が多いんだろう。きっと、これでも少ない方なのだ。48時間以内、と書かれた紙をもらってからすでに数時間が経過している。ふっとため息をつき、やっと見つけた購買のパン屋に並べられた品物を確認する。品数14。1種類のパンでも10数個は残っていて、値段も手ごろだ。この場所にあるパン全てが売れたと計算すると、「2万9千4百円」 瞬きをするよりも速く、脳内から取り出した答えを無意識に呟く。

「うん?」 購買のバイトらしき女性が首を傾げた。他の人とは違い、黄色く、デザインが違っていてツギハギのスカートをはいている。栗色の髪の毛で、目が緑色で、背がすらっとしていて、真っ白な肌だ。外国の人だ。生徒会長の人も名前からして外国の人だったし、なんて国際色豊かなんだろう。

きれいな人だなぁ、とぽけっとバイトの人を見つめていた後、「なんやぁ、パン、いらんのか?」とその人が唐突に関西弁をしゃべった。頭をぶち抜かれたような感覚である。「あ、い、いり、ます……」 財布を持つ手が震えそうだ。こんなにきれいな人なのに。こんなに素敵な人に見えるのに……関西弁なのか。いや、これはこれで可愛いかも。

私はメロンパンを一つ購入し、「おおきに〜」と愛想よく笑う女の人に笑い返した。そうしたとき、そうだと言葉を続ける。後ろに生徒がいないことは確認済みだ。
「あのう、私前生徒会の人を探しているんですけれど……知っていますか? 会計と書記の人です」 

ううん? と女の人は不思議そうな顔をして紙袋にメロンパンをつめてくれる。そして私が出した五百円玉を確認して、おつりを返してくれた。よどみない動作に私はあたふたしつつ、「あのう」ともう一回声をかける。「うちやけど?」「え?」

「なんやの、探してるんちゃうん? 会計。うちやで」

女の人はカタカタカタッ、と手元にある電卓を恐ろしいスピードでたたき、そして目にも見えないスピードで購買奥に置かれた紙に記入していく。今日の売上だろうか。「前生徒会の会計、リサ・ハンビーや。何の用なん?」

あんまりにも、あっけらかんと答えられたものだから私は手の中に渡されたメロンパンお紙袋をそのまま床に落としてしまった。それと同時に、ゴトンッと何か重いものが廊下の真ん中に落ちた。リサさんと二人で振り返ると、黒いトランシーバーが、ザーザーと音を立てながら声を発した。

『前生徒会役員、会計、リサ・ハンビー、完了』

ザーザー。あとはトランシーバーの波打つ音が聞こえるだけだ。
一体このトランシーバーはどこから落ちてきたのか。あんまりにもタイミングが良すぎることから、どこからか立橋院の生徒会役員の人たちに監視されているということが、よくわかって、背中に汗が一筋たれた。
『あいつらは化け物だ』
秋葉くんが呟いていた言葉の意味が、少しだけ分かったような気がした。





「ねえ、蓮子ちゃん」

生徒会役員候補たちが退席してしばらく。時乃は資料の山に顔をうずめながら呟いた。今日は幼馴染が休みだ。いつもだったら待ち合わせして、一緒に学校に来て、一緒にお話するのにつまらない。だから自然とぶうたれた表情になってしまう。けれども手は止めない。こういうことはあんまり得意じゃないけれど、ちょっとずつ慣れてきたことは間違いない。

蓮子は、「何」と短く言葉を発しながら、並べられた三台のパソコンを片手で打ちながら操作する。小雪は一生懸命に何やら紙を折っているし、山田も一生懸命にお茶を入れている。「ぬるい!」と蓮子にお茶をぶっかけられつつ、幸せそうに注ぎなおしている。すでに五回目だ。

麦男     結局名前を名乗ることのなかった、達に向かい、「秘書だ」といった男は部屋の隅で微動だにせずこちらを見つめている。「あんたさっさと帰ったら?」という蓮子の言葉に、「会長のいない場所の認知をすることも秘書の仕事だ」と表情をぴくりとも動かさず答えたものだから蓮子もそのままほおっている。

「ねえ蓮子ちゃん、なんで48時間なの? 私たちのときは24時間だったよね?」

もう一度、蓮子に時乃は問いかけたふわふわした口調の向こう側には、ちょうど一年前自分たちがあちら側、生徒会候補として立っていたときのことを思い出していた。あの時はなんだかんだと言って、結構     大変だった。まぁなんとかなるよね、とは思ってはいたけれど。

蓮子は時乃の声にふふんと鼻で笑う。「別にハンデとかちょーっとおまけしてやろうかしら、なんて考えで時間を延ばしてやった訳じゃないわよ。物事にはちょうどいい時間ってのがあるの。長く間を取ることこそ意味があるときがある。ちょっと物事を長く考えさせてやろうってのよ」

ふうん。と時乃は軽く考え、まぁいっか。と思った。一応、自分だって考えている。けれども結局決めたのは会長だ。時乃は会長を全面的に信用している。会長が決めたんだから、問題ない。それについていけばいいだけだ。

「まあなんていうか、あいつらの人格はくじが当選して5分で調べ上げたわ。そんなもんネットにつなげばちょちょいのちょいなのよ。そこから一番効率のいい試し方を考えただけ」
「人格……?」

小雪が小さな体をぴょんと、机の上に乗り出す。蓮子はほんの少し自慢げに、三台のパソコンのうち一つから画面を呼び出す。先ほどの会長候補と言われていた少女の顔写真が映し出された。そして副会長候補。書記候補……とうつりかわる。ちゃん、かわいいなぁ、と時乃は思う。一歳下なだけでこんなに変わるのだろうか。なんだか雰囲気がピカピカしている。髪の毛伸ばしてみよっかな、と肩口までの髪をいじくった。

。こいつは天才ね。まぁ、私ほどではないけれど……と、いうか私とはちょっと分野が違うわ。小中高の模試全てがトップ。小さい頃から神童扱いを受けていた所為か、自分から踏み込むことが弱い。ちやほやされて育ったお譲ちゃんよ」
「……うん? つまりはえーっと、勉強ができて賢い子なのかな?」

時乃は唇に人差し指をつけてむん、と顔を突き出す。「違うわ」と蓮子は即座に否定する。
のIQ自体はさして高くない。ま、もちろん平均よりは上よ? でもそんなのこの立橋院の中では埋もれるレベルよ。それよりも、彼女は自身の才能に助けられて生きてきたみたいね。くじびきが全ての立橋院に来た理由も、なんとなくは想像つくわ。というか調べたんだけど」

カタカタカタ、とキーボードをたたく。「市井はただの小物だけど、ダークホースはこいつね」副会長候補の、少年がこちらを睨むようにして写真に写っている。

「秋葉くん?」
「そう、少なくとも、の戦闘能力のなさはこいつでカバーできるでしょうね。この部屋に待機させていた橘いづみには気づいてたわ。一見冷静に見えるけれども、案外決断力がない。情に弱い。と一緒のお人よしコンビってとこ。くじびきが人を選び、人がくじびきを選ぶというけれども、おもしろい偶然よ。こいつ、なんたって     

蓮子がくるりと体を反転させた瞬間、一台のノートパソコンがテーブルの上から滑り落ちた。あっ、と誰もが息を飲んだ瞬間、地面に叩きつけられる手前で、パソコンは空中でピタリと制止した。そしてゆっくりと絨毯の上に落とされる。

「おっちょこちょいですぅ、蓮子さまぁ」「うるさい山田ァ!!」
ぐるん、と蓮子の回し蹴りが山田に炸裂した後、蓮子は小雪に向かい、「ありがと」と静かに礼を言う。小雪は静かに頷いた。

小雪は超能力者である。おそらく、それは歴代の生徒会でも最強の戦力を誇る。そして時乃の強運体質。蓮子の創造性、そしてそれをまとめ上げる会長。蓮子は腕を組み、椅子へと深く腰掛けた。これだけの能力を持つ自分たちでさえ、立橋院最弱の生徒会役員候補だと言われたのだ。もちろん、そのとき小雪の超能力は明るみに出ていなかった訳なのだが、それでも、と考える。

「……ま、今回の生徒会候補は中の上ってとこね」

蓮子が静かに呟いたとき、生徒会役員候補が、前会計リサ・ハンビーとの接触に成功したことを知らせる知らせが届いた。