ガラガラガラッとひどく慌てたように扉をあける音で私は椅子から思いっきりとび跳ねた。図書室の利用者がすでに誰もいないようなものだからいいものの、ちょっとした迷惑だなぁ、と私は扉の方へちらりと視線を寄せた。そしてまたびっくりした。

帰ってしまったはずの秋葉くんが妙に息を乱し、ついでに顔色悪く私へと近づく。「あ、秋葉くん、帰ったんじゃ……」 ずんずんと近づいてくる。私は怖くなってしまって、ぎゅっとアルバムを抱きしめた。そして秋葉くんはそのアルバムをひったくると、「何もなかったか」と机の上に掌を載せ、私の顔をのぞく。「え、い、いや、まだ何も見つかってない、よ?」

秋葉くんは、チッというように舌打ちして、不満そうな顔をした。
私は思わず肩身を狭くさせたのだが、そのことに気付いたのか秋葉くんは「そっそういう、意味じゃ、ない……」と苦虫をかみつぶしたような顔をする。そして私の手をとり、「帰るぞ」と乱暴に立たせた。
「待って、まだ全然できて……!」「うるさい」

怖い。秋葉くんが怖い。何か怒らせるようなことでもしてしまったのだろうか。卑屈なことばかり考えてしまう。おどおどする私に、秋葉くんはもう一度「うるさい」と睨んだ。何も言っていないのに理不尽だった。

「お前は、会長候補だろう。副会長は会長を守るものだ。守られたかったら言うことを聞け!」

私はぽかんとして、耳まで赤くしながら叫ぶ秋葉くんを見た。そうした後、周りに聞こえてやしないだろうかとあわあわと辺りに視線を向けていると、それがまた秋葉くんの癇に障ったのか、「返事ィ!」「はいいい!」「荷物、用意ィ!」「はいいいい!!!」

秋葉くんは、ぎゅっと私の手をつかんだまま、ずんずん歩く。生徒はとっくの昔に帰っているのが大半だからいいものの、私はこの手を離してくれないだろうか、とカバンを前に抱きながら引け腰で、ぶんぶんと繋がれた手をふった。なのに秋葉くんは私が腕を振る度に手の力を強くして、前を進む。

「おい」
「はいっ」
「明日の12時までだな」
「は、はい」

その時間までに、前生徒会役員への顔合わせを済ませなければ私たちはこの学校を出ることになる。秋葉くんは息をのみこんだ。「俺は退学なんてごめんだ。今更他の高校に行けってか」 秋葉くんの台詞に、うん、と私は頷く。なんだか今日の秋葉くんはおしゃべりだった。

「見つけるぞ」
「うん」
「見つけるぞ、会長」
「……うん……ん!?」

会長って言った。私のこと、秋葉くんは会長と呼んだ。嬉しい訳じゃない。けれども悲しくなる訳もない。「うん、副会長」 私も自然と秋葉くんをそう呼んだ。そして、今ならいいんじゃないかな、と彼の背中を見つめた。

「……秋葉くんは、なんで如月さんと会いたくないの?」

秋葉くんは答えなかった。ただ、「うるさい」と一言呟き、私の手を握る力を強めた。






(もしかしたら、退学になっちゃうかも……)

私は頭の上にひらひらと踊る桜の花びらを見ながらそう思った。今日の12時までに書記を見つけ、そして秋葉くんに副会長に会ってもらわなければいけない。無理じゃないかな、と思っている。ハードルがたくさんある。それなのに、私の中の気持ちは随分落ち着いていた。

たった数日前までに、考えただろうか。入学することに胸がいっぱいになっていた私。入学式早々くじを引いて、そしてそれが当たりくじで、生徒会候補になって、今は窮地に立たされている。
数日前にもどりたいな、とちょっと思った。けれどもそんなことができないくらい知っている。

「あ」

目の前に、男の人が歩いていた。その隣を過ぎようとしたとき、その人がマスクをしていたのが見えた。榎本千尋。あのアルバムにはそう書いてあった。優しそうな瞳で、入学おめでとう、と一番初め、私の背中を押してくれた人。

榎本さんも、私の方に気付いたらしい。カバンを持ちながら、「ああ」と頷く。「おはようございます」と私は頭を下げて、しばらく前と変わらずつけられたマスクを見て、大丈夫なのかな、と首を傾げた。
「おはよう」

この間よりも幾分か元気な声だったことに安心した。「今から学校ですか?」と私はもう少しで退学が決まるというのに、朗らかな会話をしようとしている。榎本さんは「うん、でもまだ幼馴染が来てないんだ」と困ったように頬を書いて、道路の端で電柱にもたれかかった。

朝一緒に行くなんて、随分仲がいいんだなぁ、と思いつつ、私はその隣になんとなく立ち止った。榎本さんは会話を探すように瞳をくるりとまわして、「ああ、くじびき、どうだった? 大丈夫だったでしょ」とほほ笑む。

私は、しばらく前にしたこの人との会話を思い出した。くじで全部を決めるだなんて、大丈夫だろうか    と馬鹿みたいに不安がり、彼は大丈夫だと励ましてくれた。残念ながら、心配が現実となってしまったけれど。

案外、私は弱っていたのかもしれない。大丈夫でしたよ。そう言って会話を円滑に進めるべきだったのだ。けれども私は思わず首をふってしまった。「だめでした。はずれくじひいちゃいました」 多分、今の私の表情は半分泣きかけた最悪なものだったんだと思う。自分でもうまく顔が作れていないと、情けないくらいにわかる。

だから榎本さんは、私を見てぎょっとした。

ああ私、こんなにいい人に、会った行きずりの人に、なんでこんなに情けない顔をして、情けない声を出しているんだろう。ちょっと甘えすぎじゃないだろうか。甘えすぎだ。ああ、榎本さん、ごめんなさい。

そう頭を下げて、逃げて行ってしまえば、いいのに。そうしたらまだ傷は浅くないのに。私は突っ立ったまま、「やっぱり私、くじ運悪いみたいです。結構、だめだめです」とみじめったらしい愚痴をこぼしてしまった。

私は、多分誰かから優しい言葉をもらいたかったのだ。榎本さんなら、優しい言葉をくれる。そう思って頼りにしている。名前を一方的に知って、勝手に親しくなった気になっている。

『見つけるぞ、会長』

会長と、私を会長候補だと認めてくれた秋葉くんの声が聞こえる。秋葉くん。ごめんね。なぜか本人に聞こえるはずもない謝りをした。ごめんね、秋葉くん、市井先生。

「そっかぁ。まあくじだから、そんなこともあるよ」

やっぱり、予想通りに彼は慰めてくれた。そうですよね、ありがとうございます……。私はそれだけ呟いて、彼に挨拶して、惨めったらしく逃げてしまおう。そう思って彼の顔を見たのだ。
けれども彼は、優しい顔をしていなかった。ただ厳しい顔をしていた。予想とは違っていた。

えっ、といろんな意味で拍子ぬけて、足が固まる。

「くじはくじだよ。当たることもはずれることもなる。けれども一番立橋院で試されているのは、そのくじを選んだことで、どういう結果を引き寄せるか。どういう結果を作れるかっていう、生徒の実力を見ているんだよ。くじは、ただの条件だから。そのこと自体に価値があったり、大切なことじゃないんだよ」
だから、諦めないでさん。

パチリと私は瞬き、彼を見た。榎本さんはしばらくそのまま真剣な表情をすると、今度はへたりと力を抜かして、「なんてね」と冗談っぽく笑う。「ほら、行かないと遅刻しちゃうよ」と私を急かさせるようなポーズをした。
私は「そうですね」と流されつつ、歩いて、もう一度振り返って、手を振っている榎本さんを見て、手を振り返して、また歩いた。

だから、諦めないでさん。

そう彼は言った。なんで私の名前を知っているんだろう。会ったことがあったのだろうか。いいや、それはない。私がそのことを忘れるなんてありえない。
もしかしたら同じ中学で一方的に存在を知られていたのかもしれない。私はそう納得して立橋院学園へと進んだ。


諦めないでさん。


そうですね。と私は口の中で呟き、秋葉くん達と待ち合わせをしている場所へ急いだ。




「秋葉くん、時間がない。前副会長のところに挨拶に行ってほしい。お願い」

待ち合わせの図書室で私は勢いよく頭を下げた。秋葉くんからの返事はない。恐る恐る、顔を上げると、彼は妙な表情をしたままで、やっぱりなぁ、と私はスカートのポケットからくじを取り出す。
「うん、嫌なものは嫌だよね。でも、ここは立橋院だから」

二つに折りたたんだ、小さな白い紙を秋葉くんの前に出した。
「くじで決めよう」

隣に立つ市井先生が「おお」と笑う。秋葉くんを、市井先生を射抜かんばかりに睨んだ。市井先生は両手を降参の形に挙げて、さかさか私の後ろへ移動する。

「くじか」
「うん。当たりが出たら、挨拶に」
「はずれたら?」
「行かなくていいよ」

さぁん、とクビがかかっている市井先生が後ろで情けない声を出す。私はそれを無視して、二枚の紙切れを片方ずつに持ち、ずいっと前へと差し出す。
「どっち?」

秋葉くんは、私から見て左手のくじを受け取った。そして二つ折りの中を見る前に、くしゃりとつぶし、投げ捨てる。「こらこら、ポイ捨てはだめですよ」と見当違いなことを言って、市井先生がその紙を拾った。秋葉くんは、フンと鼻をならし、背中を見せて歩きだす。

「くじなんかで決められてたまるか。俺は自分で決めたんだ」



「挨拶に行く……って意味で、いいんですかね?」
「いいと思いますよ」

市井先生はにこにこしながら小さくなっていく秋葉くんの背中を見送った。私はよし、と口元をあげて、秋葉くんが取らなかった、もう一枚残った紙をポケットへしまおうとする。すると市井先生が私の手をつまみあげ、中から紙を取り出した。「当たり」 紙に書かれた文字を市井先生は読み上げる。そして自分が拾った紙も読み上げる。「こっちも、当たり」

私はさーっと背中に嫌な汗が流れたような気がした。市井先生のにこにこ顔が、妙に人の悪い笑みのように見える。私は「うふふ」と笑いつつ、先生の手から紙を取ろうとした。市井先生は右手をひょいっと高く上げて、ぴらぴらと紙を下に振る。「うふふ」「うふふふ」 届かない。先生ちょっと身長高すぎます。

さん、知ってます?」
「……なにがです?」
「立橋院でのくじの不正は退学処分ですよ?」
「え」

口元が勝手にひくひくと笑う。耳で言葉を聞いたあと、頭で言葉を飲み込んで理解して、ぶるぶるぶるっと嫌な汗が全身を流れる。今も、生徒会の人たちは私たちを監視しているに違いない。「えっ、ええ、えーと……あははー」 ……笑ってごまかしてる場合ではない。そして叫んだ。「た、退学ですか!?」

市井先生は二枚の紙を私の手に返した。そしてぎゅっと握らせると、「いえいえ。セーフかと。よかったですねぇ、秋葉くんがくじを開いていなくて。秋葉くんに救われたね」とにこにこした後、「生徒手帳はちゃんと読んでおきましょうね」
で、ですよねぇ、としか言えない。

急いでくじをポケットの中にしまいこみ、私は未だにニヤニヤと(にこにこじゃない、これはニヤニヤだ)と笑っている先生の瞳をじっと見つめた。

「先生にも、ちょっとお願いがあるのですが」
「どうぞ。力になりますよ」






秋葉は息を吸い込んだ。視界がぐらぐらと揺れているような気がする。それが気のせいなことくらいは分かっていた。あの人はどこにいるのか。分かってしまう。おそらくと足が向く。
血を分けた姉弟だからか、自分は嫌ということくらい彼女の好みを理解していた。そして自分がそこからどれくらい離れているかということも知っていた。

昨日、がメロンパンをくれた場所。うっそうと生えた木々の奥を進む。おそらく、彼女はそこにいるだろう。予想通りだった。
彼女は乱立する大樹の間に立ち、刀へと手をかけ木々の木の葉に隠れる空を見上げていた。

「あら、珍しい生き物がいますこと」

ころころと転がすような、鈴なりのような声だ。なのに秋葉は、その声を聞いただけで足がすくんだ。
長い黒髪を綺麗に結いあげ、切れのいい瞳をうっすらと緩める。笑みではない。あれはただ、秋葉を見下す瞳だ。

幻聴でも何でもない彼女の、姉の、如月香澄の声。
手が震える。指がおぼつかない。声も出ることがない。

「……あらあらあら? そういえば、あなたも立橋院に入ったのでしたね。とてもどうでもいいことなので忘れていたわ」

うふふ、と何がおかしいのか、如月香澄は微笑んだ。
(俺が)やはり指は震えている。(俺が)情けない(俺が)情けない(俺が、守らないと)

「……副会長候補として、前生徒会副会長に挨拶に来た」

口から出た声は、案外はっきりとしていた。表情を崩さぬようにと体中に力を入れる。如月香澄はパチリと瞬いた。彼女にしては珍しい表情で一瞬呆然とした顔をした。そして抑えることのできない笑いをかみしめ、片手を口に当てる。肩を震わせ笑っている。「お前がか?」 
落ち着いたのか、彼女は唇を釣り上げ、嘲笑った。秋葉は返事をしなかった。

「そうだ。用事は済んだ。それじゃあな」
「待て」

振り向こうとした秋葉の頬を、刀がかすめる。秋葉は袖から果物ナイフを取り出し、向けられた刃を滑るように受け流す。そして体を回転させ、重心を移動しもう片方の手で取り出したアーミーナイフを香澄の腹へと突き刺した。いや、突き刺そうとした。

あまりにもあっさりとナイフをよけた香澄は秋葉と距離と保ち、片手で持つ刀の刃先を秋葉へと向ける。「挨拶に、来たんだろう?」 相手くらいして行きなさい。


あまりにも予想通りだった。予想通り過ぎて、秋葉は軽くため息をついた。
刃をきらめかせた姉弟は何度も火花を散らし合う。先日のようにはいかない。秋葉はナイフを使っては捨て、使っては捨て、地面には刃がこぼれたナイフが馬鹿みたいに散らばっていく。
対して香澄には余裕の表情が張り付いていた。恐ろしく馬鹿力な、特には本当に人間であるのかと疑いたくなるほどの剛腕。「化け物め……!」「実の姉に対して、まったくひどい言いようだ」

これはお仕置きだな。と香澄は秋葉の両腕を切り捨てた。秋葉は歯を食いしばりながら後ろへと飛びはね、ぎりぎりまで刃の力を外へと逃がす。それでごっそりと持って行かれた両腕の肉が、悲しいくらいにあっけなく、地面へととび散る。

痛い。痛いなんてものじゃない。熱い。まるでその部分が存在しないかのように感じる。

香澄は秋葉の血で汚れた刀を軽く振った。ぴしゃりと赤い液体はとび散り、近くの葉を赤く染める。
「まぁ、弟とは認めていないが。お前のような弱い生き物が私の弟な訳がない」

秋葉は逃げた。
流れる血を、制服を引きちぎり絞るように結ぶ。息を吐き出すことを忘れていたことに気付き、一気に吐き出した。苦しい。
秋葉は姉へと背中を向けて逃亡した。無様だ。しかし香澄は軽く跳躍し、抵抗もない秋葉の足を裂いた。制服が僅かにやぶれ、地肌に赤い線が走る。「お前が、副会長だと」 振る。振る。振る。振る。振る。振り続ける。逃げ続ける。

逃げることに精一杯だ。自分の体は遅すぎた。少しずつ傷が増えていく。手に持ったナイフはどこかに飛び砕け、散っていた。もう何も持てない。体が重い。苦しい。目がかすむ。「お前はいつもそうだ。じゃらじゃらといくつもの刃物を持ち歩いて」「そんなに怖いか? 私が怖いか」「武器に頼らなければ生きていけないのか」「めざりだ」「消えてしまえ」

姉の姿が何重にも見えた。声が耳元でぶれていた。耳が耳の役割を果たしていない。聞き取った言葉が、本当に正しいのかもわからない。

「立橋院を、なめるな      !」


ただその言葉だけが、はっきりと聞き取れた。
(なめてなんかいない)
体が重い。
(なめていて、あんたの相手ができるもんか)

      お前こそ、なめるんじゃない      

ただ、秋葉は上着を投げ捨てた。

香澄は軽くその制服を切り捨てる。しかしそれは重く香澄の刀にまとわりついた。香澄は片目をすぼめ、じゃらじゃらと上着からこぼれ落ちる刃物を見つめた。一瞬、服で遮られた視界の向こう側には、一体どこから取り出したのかと目を疑うような、刃物の山が出来上がっていた。
これにはさすがの香澄も閉口した。「お前、どれくらい持っていたんだ?」 弟を信じられないものを見るように呟く。

「……あんたが怖かったからね」

秋葉は軽く片手を振った。すでに痛みすらも感じない。白いワイシャツの裾から、じゃらじゃらと針がこぼれ落ち、靴を脱ぎ、革靴の中から、外から、ネクタイの裏側に、ベルトに。
くくりつけていたもの全てを秋葉は捨て去った。はだしとなり、地面をじかで触る。ひんやりとしていた。冷たい。まだ感覚は生きている。

「馬鹿か」
「それがあんたの弟だ」
「少しは動きやすくなったのかしら?」
「まあね」
「それじゃあこっちも無粋なものは捨ててあげる」

投げ捨てられた刀へと香澄はちらりと視線を向け、薄く、秋葉にも分からぬほど小さく笑った。

「さあ、派手な姉弟ゲンカの続きと行きましょうか? 私の愚かな愚弟め」

「こええよ、姉ちゃん」と、秋葉は呟く。
      そして拳がまじりあった。





私はアルバムをめくった。図書室を一時的な使用許可を市井先生にもらい、この広い部屋には私一人だ。うずたかく積もった本が一冊一冊消えていく。名前の中のページを同時にめくる。同じ、同じ、同じ、同じ、違う。チェック。同じ、同じ、同じ、同じ、同じ      時間は瞬く間に過ぎていく。頭の中のスピードと時計の針が進むスピードが一致しない。
くるくると瞳を回らせ手を動かす。自分にできる一番速いスピードで動かす。頭の動きに体がついてこない。息をする暇もない。同じ、同じ、同じ、同じ、同じ。
チェックチェックチェックチェックチェック

秋葉くんは、どうだろうか。

頭の中でほんの少しのノイズが走った。軌道を修正する。同じ同じ同じ同じ同じ違う同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ…………

どれくらいの時間が過ぎたのか。私はアルバムのページを閉じ、息をついた。そして時計を確認した。カチリとさされた12という文字とともに、ガランゴロンと、大きく鐘の音が響いた。




市井先生と私は生徒会室の中で直立していた。相変わらず生徒会の椅子は誰も座っていない。上石神井さんがふんぞりかえり、腕を組み、その隣では朝霧さんがおろおろとした表情をしていて、秋山さんがにこにこしすぎて、反対に何を考えているか分からないような顔をしている。山田さんと秘書さんは端っこの方で私たちと同じように起立していた。

「副会長候補はどこに?」

上石神井さんがうっすらと瞳を細める。私は思わず視線をそらして「ええっと」と口ごもった。
「逃げたのかしら」「ち、違います」「じゃあどこにいるの」

違う。きっと違う。そう思いたいのに、反論ができない。喉の辺りで声をもごもごさせていると、秋山さんが、「もー、蓮子ちゃんもーちょっと優しく言わなきゃ。ちゃんびっくりしてるよ?」なんて人差し指を立たせながら上石神井さんのおでこをツンッとはじいた。

上石神井さんは真っ赤な顔をしつつ、「私のでこが広いっていいたいのキイイイイ!!!! 秋山時乃ォオオオ!!!!」なんてツンツンし返している。そしてそれを見た山田さんが、「ああっ、蓮子さまぁ……私もっ私もっ」なんて、秘書さんの隣を離れず、体だけ前に出してぴょこぴょこしながら物欲しそうな顔をしていた。漫才か。

「はいはいはーい」

その中でゆったりとしたペースのまま、市井先生が片手をあげる。言い争いのあまり誰も反応しないものだから、朝霧さんが小さな手を市井先生に向けて、「……えっと、どうぞ」と、ちっちゃくかわいらしい声で発言を促した。
ありがとうございます、と市井先生は朝霧さんに微笑んだ。そして言った。

「秋葉くんが何をして、どうなったかなんて、あなたたちが一番よく分かってるんじゃないですか?」

それは、暗に生徒会役員の人たちが私たちを監視していただろう、という言葉をさしていた。さすがに上石神井さんも秋山さんの額をプッシュすることを終了し、「ふん」と気に入らないように鼻で息をする。……市井先生も、やっぱり気づいてたんだ。
「そーよ。だから? うるさいわね、ちょぉーっと意地悪してあげただけじゃない。来るわよ、副会長候補は。ほら、1、2の3」

上石神井さんが「どーん」と扉を指差した瞬間、勢いよく生徒会室の扉が開く。

私はぽかんと口を開けたまま、その様をみた。秋葉くんは肩で押すように生徒会室の扉を開けて、なぜだか制服の代わりに体操服を着ていて、頭には包帯を巻き、ずるずると足を引きずり、目には大きな青いアザがあり、見える部分にはところどころ切り傷がある。「……副会長候補。前副会長に挨拶を済ませて来たぞ」 そしてガラガラな声で前を見据えた。

「え、え、え、えええ、秋葉くんなんでそんなぼろぼろなの!?」
「階段から落ちた」
「どれだけはげしく!?」
「とにかく、これで問題ないんだろ」

それだけ言うと、秋葉くんは辛そうに扉にもたれ掛かる。私は生徒会役員の人達の前ということで駆け寄ることもできないで足踏みをした。その中で、唯一近かった市井先生が「お疲れ様でした」と言いながら秋葉くんの手を取ろうとする。秋葉くんは悔しげにその手をはたき落とし、私を睨んだ。

「そっちは問題ないんだろうな」

その言葉に、私と市井先生はぬるい笑みを浮かべる。
その妙な空気をくみ取ったのか、秋葉くんは眉をひそめた。

「じゃあ全員がそろったところで。この場にいない会長に代わって、副会長の私がまとめます」

こほん、と秋山さんは恭しく咳をして、大きな机の上に乗っていた紙を一枚取り上げた。

「ええっと。前会長のりっちゃんへの挨拶は……いらないんだよね。 副会長は、うんお疲れ様。会計も終了で、書記への挨拶はしてないねぇ。コンプリートならず。残念だね」

そんな風に、まったく残念と感じていないような口調で微笑む。秋葉くんはぽかんとした表情をした後、「……おい」とおどろおどろしい声を出し、最後に諦めたようなため息をついた。そして「まあしょうがないな」と一人で納得し、扉へと手をかけようとする。「そのことですが」

私は一瞬目をつむった。そして前を見据えた。秋葉くんが視界の端で不思議そうな顔をしている。市井先生が、眼鏡を直した。生徒会の人達がくみ取りがたい表情をしている。

「書記への挨拶は必要ない、と判断したので省略させていただきました」

張り付いた自分の声が、嫌味なくらい部屋の中に反響する。「……なぜ?」上石神井さんが、きらりと眼鏡を光らせながら端的に質問を述べる。そのことについて、私は頭の中で何度も繰り返し練習した言葉を、朗々と読み上げた。

「今年と去年のアルバムを比べ、そのクラスと生徒会の人間のみがうつっているページの変化について調べさせて頂きました。結果、退学者を除き変化した人間はいないということが分かりました。そして生徒への聞き込みから、集会にて檀上に上がっていた生徒会の人間が三名だったということも分かっています。ここから考察しますと、おそらく書記は檀上に上がる立場の人間ではなかったつまり    市井先生と同じ、教員だったのではないかと推測しました」

あんまりにも長い台詞を一気に言いきってしまったものだから、苦しい。もし間違っていたら。そう思う気持ちで心臓がドコドコ餅をつくかのように叫んでいる。「……それで、なんで挨拶する必要がないって思ったのかな?」 秋山さんが、じっとこちらを見つめた。
これだ。自信を持て。強く。生徒会の人達を、納得させろ     


「頂いた指令書には、『今から48時間以内に、立橋院生徒である前生徒会役員へのあいさつをすべし』とありました。教員は立橋院の生徒ではありません」





しん、とした空気が苦しい。
さっさと解放してほしい。どんどん前を見つめることが苦しくなってきて、ああやっぱり駄目だったか。退学か。と思った。思いっきり目が潤んできて、息をするのが辛くなる。榎本さん、ごめんなさい。気のいい男の先輩に心の中で頭を下げた、私、あなたの数日だけの後輩だったみたいです    「半分、正解ね」

「…………え」

なので上石神井さんが、そう人差し指を立てたことが、寧ろ信じられなかった。
嘘じゃないだろうか、と彼女の小さな体を見つめる。他の役員を見つめてみる。市井先生。最後に秋葉くん。一週回って上石神井さん。
上石神井さんは「だから、半分正解よ。はい合格、おめでとう。時乃ハンコ押してやって」「はーい」「あーもーちょっとズレてんじゃないあんたはなんで毎回こうなのよ」「え? そんなことないよ。試しに蓮子ちゃんのおでこに押してみるね。よいしょ」「秋山時乃ォ……!!」「蓮子さま、私っ私にもっ私っにもっ!!」

「……なんかこう、空気がフレンドリーだねぇ、秋葉くん」
「…………」
さん秋葉くん僕たちもフレンドリーな感じの生徒会を目指しましょうね」
「なんか嫌です」
「ごめんこうむる」
「息がぴったりで先生泣きそうです」

「とにかくっ!!」

頭に赤いハンコを押された上石神井さんがこっちを指差した。

「書記が生徒じゃないってとこは正解よ。……まさか教員って言われるとは思わなかったけど。悩みまくって自滅するといいわオホホホホ、という48時間だったんだけど、思い込みって怖いわね。まさかまさかまーさーかーよ」

これから一年間、頑張りなさい。と最後に上石神井さんは締めくくる。
「あ、はあ……」と三人で生返事をして、「そういえば、会長さんは今日は?」と訊いた。なんだか色んなことがあっけらかんと過ぎていったものだから、どうでもいいことまで気になってきたのだ。

「あ、あのねぇ」と秋山さんが口を開こうとしたところを、上石神井さんが高速で、平手打ちのごとく口を縫い付け、「さぁ、さっさと帰んなさい!!」 と思いっきり扉を指差される。訊いてはいけないことだったのだろうか……と、三人でへこへこ生徒会室の外へ向かう。


そして一人、市井輝はほくそ笑んだ。立橋院生徒会、なんて簡単な。さすがは子どもの集まりじゃないか。なんて。




◇◇◇

市井輝はスパイである

◇◇◇



立橋院学園を狙う者は多い。しかし忍び込むスパイの大半が返り討ちとなり、退学扱いとされる。たかだか子どもが中心となるくせに、なんという守りの堅さか。
成功確率の低さに比例して高くなる報酬。プライドもあった。誰にもなし得ぬことを、自分こそはという自尊心。

たまたま引いたくじで当たりを引いた。不正行為は許されない。そのことに対して、立橋院は獲物を狙う獣以上に目を光らせる。運があればいいのだ。そして、市井は勝ち取った。

おそらく一枚のみ余ったと言われている会計のくじは、元は新入生として侵入するはずだった仲間のものだろう。生徒会候補という、十分すぎる隠れ蓑に一人の仲間が入り込むことができたのだ。市井が役員としてくじを引いた瞬間、これ以上の接触は禁物と早々に関係を捨てることを選択したのだろう。もし仲間がそのままくじをひいていたら、どうなっていただろうか。中々面白い。

生徒会は市井が仕掛けた盗聴にも気づいていない。如月秋葉も問題ない。あれは弱すぎる。
なんだ、やはりただの学生じゃないか。
赤子の手をひねるようだ、とはこのことではないか?




「そんな訳、ないよねぇ? 千尋ちゃん」

秋山時乃は自分の幼馴染である、立橋院生徒会長へと声をかけた。風邪だと言っていたが、治ったらしい。元気そうな顔だ。
生徒会室と書かれた部屋のそのまた下の下の下。地下に位置するここは歴代の生徒会役員とその側近以外は知るはずのない場所だ。

榎本千尋は数日たまった書類にポコポコとハンコを押しながら、「なんだよ時乃」と会長の証であるゴツく、重いヘルメットを危なっかしくずらして幼馴染の少女を見た。蓮子は「キイイ! なんでこんなに書類があんのよー!!」とヒステリックを起こし、それを小雪がなだめる。山田は蓮子の周りをくるくると回り、イラつかせたのか尻をけられて幸せそうな声を出していた。

「市井先生。盗聴くらい蓮子ちゃんがすぐ気づいちゃうし、スパイだってのもいづみちゃんが教えてくれたから、すぐに分かったしねー」
「だからあいつは小物なのよ。わざと監視とか緩くしてやって完璧じゃない風を装ってあげたら、面白いくらい釣り上がるもの」
「秋葉くん、お腹殴られて痛そうだったね。カメラに映ってたやつね」
「……時乃、のぞき見っぽいぞ、それ」

ええ違うよー、お仕事だもん。ね、小雪ちゃん。と小雪に向かい首を傾げる。小雪はどう言えばいいのか困った顔をして反対向きに首を傾げる。

「で、市井先生の書記候補をそのままにしようって言ったのは時乃だよな。どうするんだ?」

千尋はヘルメットをかぶりなおす。眼鏡がかちりとヘルメットに当たった。危ない、と両手で直すと、今度は頭のバランスが取れない。
「まるめこんじゃったらいいかなって思って」

あんまりにもあっさり言った言葉に、役員達は苦笑した。秋山時乃が言うのは常に本気だ。そして彼女は実行した。洒落にならない。

「あの気のよわそーな会長候補に務まるのかしら?」
「大丈夫だよー」
「そーお? アレックスを教員だなんて言っちゃうよーな奴らなのよ?」
「一応檀上には上がってたんだけどなぁ、アレックス……」

千尋はあの大きな犬を思い出した。多分あんまりにもお行儀よくお座りしてたもんだから、生徒会のペットかマスコットのように思われていたのだろう。なんだか可哀そうな犬だ。

「それに市井先生だけど、くじのやり直しはきかないから、先生が駄目なら、ちゃんと秋葉くんの二人だけになっちゃうよ? 可哀そうだよー」
「……だからってスパイと一緒にってのもまた、……その、大変なような」

千尋はぽりぽりと頬をひっかいた。「まぁ大丈夫」ともう一回幼馴染は胸を張る。じゃあ大丈夫なんだろう、と簡単に信用した。結局この幼馴染達は根本がそっくりなのである。
小雪が小さい背を大きく見せるように椅子にとび乗る。そして千尋をちらりと下から見上げた。「なんで、お兄ちゃん、今日は候補の人達と、会わなかったの……?」

ある意味全員の代弁だった。
千尋は候補の人間に会わないと役員達に伝えたのだ。だから千尋は候補達がいる場に出席しなかった。
一向に理由を答えようとしない千尋に、小雪はもう一度訊いた。「……なんで?」

千尋はほんの少し苦笑しながら、「やっぱりこういうのは最後の最後に会った方がびっくりするんじゃないかなぁって思ってね」
そんな千尋の答えに幾人かは不思議そうな顔をする。それ以上説明する気はないし、それ以上訊いてくるような仲間たちでもない。
千尋は少し意識を外へと向けた。

こんにちは、会長です。いつか彼女にそんな風に名乗るときのことを、千尋はほんの少し想像した。ぎょっとしたようなあの女の子の顔を想像すると、なんだかちょっと楽しい気持ちになる。
それにもし、自分が会長だと言ってしまえば、今度あの子に会ったとき、自分に本音が言えなくなるんじゃないだろうか、とも考えた。そうして真面目な理由を頭の中であげ終わったあと、千尋は一番最後に心の中で舌を出した。

それに、言いづらいしね。

実は全部知っていました、だなんて言えないじゃないか。
もう少し開き直る時間が欲しいと思う。そのための時間稼ぎだ。

会長として立橋院を背負うようになって、自分はもしかしたらちょこっとひねくれてしまったのかもしれない。
千尋は苦笑しながら、うずまるような書類に再び目を通し始めた。





「秋葉くん、あーん」

秋葉は勘弁してくれ。と心の中で叫んでいた。

「あーん」
「……おい、会長……」
「だって秋葉くん、こないだ階段で落っこちて腕が折れちゃったんでしょ?」

如月秋葉は現在松葉づえでの生活を余儀なくされていた。それは実の姉にボッコボコのメッタメタにやられてしまった、という字面だけで見ると、とても悲しくなるようなことが原因なのだが、それはしょうがない。それよりも適当に階段で落ちた、といった言い訳を、が未だに信じていることに秋葉は少々度肝を抜かれそうだ。

「あーん」

だからって、なんでこうなるんだろう。確かに利き腕は使えない。一人暮らしをしているものだから、これはかなり辛い。料理もできない。なので食事に関しては片手で掴めるファーストフードで代用していたのだが、に怒られた。母親のように怒られた。だめでしょ! なんて言ってぷんぷんされた。
もしこれが姉やら母だったなら、と考えると、ぷんぷんする前に生命が怪しくなるそうな一刀を振るわれるので、こんなに平和的な怒り方には寧ろ違和感が湧く。とても悲しいが。

屋上にてと秋葉は二人で座り、の膝の上にはお弁当が広げられ、ピンクの可愛らしいお箸には、ほかほかしていそうな綺麗に焦げ目のついた卵焼きがつままれている。
美味しそうだな、と思ったことは否定しない。けれども、これでは、あれじゃないか。

「そう言えば、正式に生徒会候補として認められたんだったな」

秋葉は慌てて話を逸らした。そしてそのことには気付かず、「そうだった」なんて言いながら、あーんを直前までしていたお箸を自分の口へとパクリと持っていく。ちょっと残念だったな、と思ったことは否定しない。

は一端弁当を置き、鞄を広げた。そしてその中に納まっている三枚の証書を取り出す。「えっと、貴公、を立橋院生徒会会長候補と認めます……これは違う、と」と言いながら一枚を戻した。

秋葉は、いちいち候補にまでこんなものを作るとは、まったくもって暇なことだ。と半分呆れたような気持ちになった。そして「秋葉くんのは……」と言いながら、もう一枚の紙をめくるを見て、猛烈に嫌な予感が湧いた。
(……これ、もしかしなくても、フルネームだよな……!?)

如月秋葉。前副会長、如月香澄の弟。
別に隠すことじゃない。隠すことじゃない。けれど     「ま、ま、待ー!!!」 

「貴公、如月秋葉を立橋院生徒会会長候補と認めます」

全体的に、一歩遅かった。

(……ばれた)
ばれてしまった。ああ、と秋葉は目を閉じた。はぽかんとした目で証書を見つめる。そして秋葉を見て、もう一度証書を見る。「あ、秋葉くんって……」 恐る恐る、と言ったように彼女は口を開いた。秋葉はもう全てを覚悟していた。「下の名前だったの……!? え、本当は如月くんなの!?」「そこかー!!!」「え!?」

「い、いやいやいや、えええ、私男の子のこと下の名前で呼んでたの? うわ恥ずかしい、えええ恥ずかしいー。てっきり名字だとばっかり……」

なんて頬に手を当てつつばたばたと上半身を慌ただしくひねるの頬は真っ赤だった。あわあわしているものだから、目も潤んできている。ほんの少し可愛いな、とか思ってしまったので、こっちの頬まで赤くなった。秋葉は「うるさいな」と一言呟き「どっちでもいいだろ」と不満げな声を出す。

如月と言う名字は、好きではないのだ。あまりにも珍しすぎるから、どうしても姉と繋がってしまう。
まったく、こいつが平凡でよかったなぁ、と秋葉はため息をついた。察しが悪い、いいやもしかして、記憶力が悪いんじゃないだろうか。

よかったよかった。と思いっきり胸の内から不安を吹き出すと、ほんの少し恥ずかしそうにしたまま、がこっちを窺ってくる。「ええっと、秋葉くん……で、いいよね?」「寧ろそっちがいい」 名字は嫌いだ。

間髪いれずの秋葉の言葉を訊いた後、「し、下の名前かぁ……」と言いながら、なぜかは赤くなった。そして何故が赤くなったのかという意味も分からず、秋葉もつられて赤くなる。は誤魔化すようにもう一回弁当箱へと箸をつけた。今度はソーセージだ。「あーん!」

え、さっきので終わりじゃなかったの。そんな気持ちを叫びたいのに、はじっとこっちを見据えていた。秋葉は今の時間をそっと時計で覗き見る。しばらくしたら市井も職員室からこちらへ来るはずだ。そうなったら、このシーンを見られるに違いない。そしたらなんと言われるか。

頭の中で考えが堂々巡りになる。この場を避けるためにはしかし。

…………ぱくり
もぐもぐ


やってしまった、と思いつつ、秋葉はしっかりとソーセージを咀嚼した。久しぶりの手作りの味だ。ちょっと幸せになったことは否定しない。否定はしないが恥ずかしい。
よし、これで終わりだ、と顔を背けようとした瞬間、「あーん」 今度はミートボールだった。ぱくり。

さっきよりも羞恥心がどこかへぶっとび始めた。
もぐもぐと、餌を雛に与える親鳥のように、は「あーん」をし続けた。もうどこかへ思考もぶっとんだらしい秋葉も、無言で食べ続けた。結局弁当全てをからにしたとき、いつの間にかやってきていた市井は眼鏡を執拗に直しながら、ちょっと視線を遠くして、ぽそりと呟いた。

「あんまーい……」

主に、空気とかが。「わっかーい……」
さすがのスパイも、ちょっとひく。

とりあえず、中の上生徒会候補はこうして発足した。