生徒会、狙われる



立橋院学園。すべてはくじびきで決める、奇特な学校。経済界、政治界、多くのトップリーダーたちを輩出する名門校。その生徒会役員に就任するということは大変名誉なことであり     「ん、んんん……」


「これだーッ!!!」


えいや、と私はくじを引きぬいた。あいかわらず秋山さんはにこにことしていて、くじびきの箱を両手で持っている。私はゴクッと唾を飲んだ。折りたたんだその紙を開く前に、ともう一回瞬きする。「会長、さっさと開け」 ベシッと秋葉くんに叩かれた。あう、と私は声を落として、紙を開く。あー、と口元をひきつらせた。「どうです? さん」 市井先生が、ひょいっと私の手元を覗く。

「あ、えっと、あの、す、すみません……」

私は肩を小さくさせながら、くじの中身をゆるゆると腕を垂直に上げた。あー、とめんどくさげにため息をつく秋葉くんの声が聞こえる。     体育館倉庫、大掃除



生徒会候補、本日の任務。
学校を、ぴかぴかに。



「ご、ごめんね、ごめんね、私毎回へんなくじ引いちゃって」
「……べつに。下手な任務よりも、こっちの方が気が楽だ」
「う、うん……」

気を使ってなのか、それとも本当のことなのか、ちょっとよくわからない。私がホウキを動かしながら、おそるおそる彼の様子を見つめると、口元にホコリ避けに巻いた布を僅かにずらしながら、また秋葉くんはため息をついた。やっぱり怒っているのかもしれない。

秋葉くんは制服が汚れないようにとエプロンをつけていて、パタパタとたたきでほこりを落としていく。案外似合ったその姿は意外だったけれど、大きな倉庫の奥では、市井先生がひどく楽しげな様子でくるくるとホウキを持って踊っている。生徒会任務のときは、学校のお仕事はしなくていいので、嬉しいんですよー、なんて不道徳なことをこの間言っていた。あの人は本当に先生なのか疑わしいけれども、先生なのである。そう、生徒会候補だけれども、先生なのだ。


     私達は、生徒会役員ではない。

くじびきを持っていた秋山さんが副会長、上石神井さんが書記で、小学生の朝霧さんが会計、まだ会ったことがないけれども、本当の生徒会長さんがいて、私達はただの見習いだ。春の入学から一年間、現生徒会からの任務というテストをこなし続けることで、晴れて私達は来年から生徒会役員の一員となる。

市井先生が先生なのに書記候補であるのは、うっかり準備中のアタリのくじ引きをひいてしまったから。秋葉くんは副会長で、なんということか、私は会長候補。残りの会計は、丁度くじが一枚あまってしまって、誰もひかなかった。
つまり私達はたった3人の生徒会役員候補であるのだ。

立橋院学園の生徒会役員は“ばけもの”だと言ったのは秋葉くんだ。
化物だかなんだか知らないけれども、立橋院は名門中の名門校、その生徒会役員と言えば、世界のトップリーダーとも匹敵する。卒業したのちは、薔薇色の、華々しい未来が待っている     とは言うものの、私は別にそんな未来はいらないし、平々凡々、まったりとした生活があればそれでいい。けれども、生徒会候補を辞退するということは、そのまま退学を意味する。この立橋院以外の学校に行く訳にはいかない私にとって、ここで諦める訳にはいかないのだ。

こうして拳を握り締める毎日なのだけれど、私がひくクジと言えば、今日のような大掃除、書類雑務のお手伝いに、構内の売店のチラシ配り、葉っぱの枝掃除など、地味な任務のクジばかりで、なんだか二人に申し訳ない。まあでも、秋葉くんの言う通り、下手なクジよりも、こっちの方が平和的で楽しいかなあ、と思う気持ちもある。


「……会長、頬、黒くなってる」
「え、ほんと?」
「ああ」

秋葉くんが、ぬっと手のひらを伸ばして、親指で私の頬をおさえた。頬をぐりぐりされて、「ひ、ひたいよあきばふんー」「そうか、悪い」 悪いなんて一つも思っていなさそうな無表情のまま、またぐりぐりされた。「あきばふんー」「とれた」 うん、と秋葉くんは満足そうに頷いて、私の頬をペチペチ叩いている。ちょっとだけ嬉しそうだ。「えっと、ありがとう」「ああ」

「あのー秋葉くーん、さーん?」
「え、はい。市井先生、なんですか」
「ちゃきちゃきしないと、制限時間までに終わらないんで真面目にしましょうよー」
「そ、そうですね、ごめんなさいっ」

会長は会長候補ですからがんばりますよ! と変なことを叫びながら、私がばさばさホウキを動かした。ちなみに秋葉くんはいつもどおりにツーンとして市井先生とは明後日の方向を向いている。秋葉くんは市井先生が苦手らしい。「あれ、あれれ、秋葉くんお返事は? ないですか? まあそんな気はしてましたけどないですね? まあいいですけどね? ちなみに秋葉くん見てください、ほら僕もお掃除を頑張っていましたので、ほっぺたがこんなに黒く……あ、無視ですね? 予想はしてましたけどねー!!」 先生はめげない。

がさごそがさ、と埃だらけの体育館の中を、私達はたった三人ぽっちで掃除した。そろそろ、制限時間も近いかもしれない。市井先生も同じことを考えたのか、腕時計を気にして、「うーん」と、首を傾げている。

「そろそろ終わりですけれども……どうしましょうか」
「何がですか?」
「いや、ものを動かしてしまったので、最初と同じ場所に戻せないなあと。しまったな、写真でも撮っておくんだった」

まあ、適当でいいですかねえ、と薄い目をしょんぼりさせながらカリカリと首元をひっかく市井先生を見ながら、「ああ」と私はピンと人差し指を伸ばした。

「確か初めはバスケットボールのカゴを左に置いてあって、その横にバレーボール、バトミントン用具の順番でした。その反対はマットが四枚重ね、6段の跳び箱、5段の跳び箱、7段の跳び箱、跳び箱用のジャンプ台の順ですね。それと緑のゼッケンが上の棚に、その横にオレンジのゼッケンがあったんですけど、番号は23番までで、24番以降は向こうの棚でした。でもこれ、多分まとめてもいいですよね、きっと」

ね、大丈夫、移動させましょう! とにこにこ笑っていると、市井先生と秋葉くんが、ぽかんとしたようにこっちを見ている。私は「あ」と口元を押さえて、「あ、いえ、あの、っていうのは、なんとなく、適当に言ったんですが、間違ってるかも……」 ごにょごにょ、と口を濁した。

「いや、大体そんな感じだったと思いますよ、僕もそんな気がしてきました」 ありがとうございます、さん、と市井先生は眼鏡の奥の瞳を、優しげに笑わせた。隣で、ぽん、と秋葉くんが私の頭を叩くように撫でる。「あ、そうですか、よかったです」 あはは、と笑った。そうした後に、ぎゅっと胸元を抑えた。危ない。

危ない。
ドキドキ、と心臓がなっている。でも大丈夫、これくらい、きっとだいじょうぶ。


     私には、秘密がある。


見た、聞いた、知ったことを忘れることができない。いつもいつも、何の努力もしないで、結果を手に入れてしまう。
もうそんなのは嫌だった。自分はずるいと知っている。だからこの学校に来た。くじびきですべてを決める、この学校にやって来たのだ。




   ***


「はい、おつかれさまー」

ポンッ、と完了の紙に、秋山時乃が判を押した。その横で、ちょこんと顔を出した小雪が、「お、おつかれさま……」と小さな声を出して、また時乃の後ろに隠れた。未だに慣れていないらしい。ふと、秋葉は息を吐いた。相変わらず、この生徒会室には見える人間よりも気配が多く、居心地のわるさを感じている。

「はい、ありがとうございます!」 秋葉の隣では、あいかわらずへらへらと笑うが、時乃に頭を下げている。秋葉はふと、眉をひそめた。どうにもおかしい。




「…………会長、疲れてるんじゃないか?」
「え?」

え、え、え? とはペチペチと頬を叩いた。先生は仕事があるので帰れません。まったくもって君たちが羨ましいです、と涙混じりにハンカチを振る、うそ臭い演技のスパイを白い目で見た後、秋葉はの隣に並び、帰宅した。二人っきりで帰るのは、このごろの常である。

     会長を守るのは、副会長の定めである。

いついかなるときでも、彼女の盾にならねばならない。深く深く、自身にその考えが根付くのは、悔しいことにも、あの凶暴な雌狐からの影響かもしれない、と考えると、じりじりと腹が立つものがあるが、そう思ってしまうのだから仕方がない。いや、やはりこれは自身の判断だ。初めはてんで彼女のことを相手にしてはいなかったし、理不尽な態度をいくつもとったように思う。


「え、あの、疲れてるって、なんで?」
「笑い方がいつもと違うと思っただけだ」
「え、えええー」

なにそれ、と首を傾げるを見て、秋葉は頷く。「違う。いつもは、もっと」 もっと。
今、何を言おうとしたんだろう、と秋葉は口元を押さえて顔をそむけた。もっと、明るい。可愛い。嬉しそうだ。俺も嬉しくなる。会長が笑うと、俺も嬉しい。(いやいやいや) どんどん台詞が過激になっている。最後になれば、意味までずれている。

「…………やっぱりなんでもない」 んん? とは不思議気な声を出したが、深く追求することはやめたらしい。秋葉は自身の耳を触った。熱くなっている。このところ、定期的にこの症状が出る。おかしい、とは認識しているものの、どうすればいいかはわからない。とにかく任務に支障をきたすことのないようにと眉をひそめるばかりなのだが、この会長のそばにいると、またいっそうひどくなる。

まだまだ俺は未熟だ。修行がたりない、気合が足りないと、とある凶暴な姉の所為で、女ばかりというか、人間そのものを避けて生きてきた男、如月秋葉は本気で思っていた。案外バカである。

(まあ、疲れもするよな。会長は、女なんだし)
あんなアタリくじに合わなければ、お互い普通の学園生活を営んでいた……のだろうか。なんだか想像がつかない。

「あ、疲れてるって言えば、秋葉くん、怪我はもう治ったんだよね?」

てくてく、と道を歩きながら、は秋葉を見上げた。電灯の明かりが、ぼんやりと道を照らしている。「ああ」「案外おっちょこちょいなんだもんなあ、こないだは、なんだっけ、ガラスのドアに思いっきり全身でぶつかったんだっけ? 気をつけなきゃだめだよ」「そうする」 

そう答えながら、次の言い訳はどうするかな、と考えた。まさか本当に、そんなまぬけな醜態を晒している訳ではない。毎度毎度、稽古と名のついた殺し合いの姉弟げんかでボロボロにされるのであるが、まさか前生徒会副会長が実姉であるなどと、どうにも言いづらい。というか、あれが女である、姉であるという事実を、自身の記憶から消し去りたいレベルだ。

打たれ強さとタフさは天下一品であると、市井から太鼓判を押されている秋葉は、毎度毎度、コリもせず化物に挑む。ついでにボロボロにされ、全身包帯だらけになった言い訳として、適当な理由を説明しているのだ。

秋葉くんはおっちょこちょいを直さなきゃダメだけど、ついでに骨を健康にさせるため、日頃から牛乳を飲んで、小魚を食べなきゃダメなんだよ、とうんぬんかんぬん知ったかぶったような説明をするに、秋葉はくすりと笑った。けれども慌てて口元を押さえた。どうにも、自分のガラじゃない。「…………!」「え、秋葉くん?」

視界の端で、奇妙に何かが光った。秋葉はをかばうように体を反転させ、彼女を抱きしめた。殺気はない。気配は複数。しかし遠い。息を殺し、辺りを這うように窺う。電灯の音が、頭の上で響いていた。(…………消えた) こちらの変異に気づき、逃走したか。

「あ、あの、あ、あ、あきばくん……」

ぷすぷすと焦げ付くように顔を赤くしたが、秋葉の腕の中でもがいていた。「ああ、悪い。苦しかったな」「い、いや苦しかったって」 ぐるぐると目を回しているに気づきもせず、秋葉はまたすたすたと歩いた。

「会長、このところ、不審なことはなかったか?」
「……不審なこと?」
「変なこと、と言ってもいい」
「…………立橋院に来てから、毎日が変なことだらけだよ」
「なるほど」

納得した。
まあ、確かにこの学校は奇妙なところだらけかもしれない。ふむ、と秋葉は口元に親指を置き、再び気配を窺った。今のところ、問題はない。立橋院の生徒会役員と言えば、テロリストやらなんやらの格好の餌かもしれないが、彼女はただの候補である。なんの力がある訳でもない。(それじゃあ、なんで……) 立橋院とは、なんの関係もないのかもしれないな、と秋葉は一人、堂々巡りに思考を続けた。
とにかく、何があろうとも、彼女を守らなければ。

秋葉が頷いた。
しかしながら、一言もしゃべることなく、てくてくと歩き続けるを不審に思い、秋葉は振り返った。「……会長?」「変なこと、あったよ」「え」「男の子に抱きしめられるなんて、初めてだったんだけど」

むっと唇を尖らせて、「それだけっ」とぷいと顔をそむけるに、秋葉は首を傾げた。男の子に抱きしめられる。「……………あ」 やっとこさ、意味に気づいた。

「いや、別に、俺は」 じわじわと顔を赤面させる秋葉の横を、はむっとしたように通り過ぎた。「あ、ま、待て、会長。一人じゃ危険だ」「危険なのは、秋葉くんです!」「な、なんでだよ!」「ばか!」 怒られた。なんて、しょぼくれている場合じゃない。

「会長、待てって!」


この場に細目のスパイがいれば、こうつぶやいていたかもしれない。
「若いって、いいですねぇ」