ちりりん、と風鈴の音の音がする。止められた車につるされ、後部をぱっかりと開けた口には、アイスキャンデー、わらびもちと書かれてあった。
怪少女と夏の空
「夏目、アイスキャンデー」
この間食べ逃した所為か、ニャンコ先生は執拗に夏目の足下をくるくると周り、思わず夏目は「おっと足が滑った」とでもいって、その陶器のようにつるりとした尻尾(実際は本当に陶器なのだけれど)を踏みつぶしてしまいたくなった。
「私はアイスキャンデーが食べたいのだ。それくらいの甲斐性を見せてみろ」 「………先生相手に見せてもなぁ」
せめて可愛い女の子にでも見せたいものだ、と夏目はほんの少し思ったけれど、くるくると回り続ける足下の猫が鬱陶しくなったのか、しょうがないなと学生服のズボンのポケットから小さな財布を取り出し、「すみません、二つ」と百円玉を二枚取り出した。
手に木の棒を二本持ち、アイスを固定させると、外に出すだけでとろりと液体が零れ始める。ぺろりと舌でぬぐうと、それは甘い味がした。 太陽に透かされたオレンジ色のアイスは、見ていると少しひんやりとした気分になる。 「ええい、早く食べさせろ」「はいはい後でね」
せめて日陰に、と足を進めていると、丁度その日陰の下から、大きな麦わら帽子をかぶった少女が、夏目が持つ二本のアイスキャンデーをじっと見詰めていた。 あまりにも熱心に見られていたためか、ほんの少しの仏心に、一本のアイスを彼女へと向け、「いる?」
あ、こら! と足下のニャンコ先生が、彼女へと聞こえないように、小さく文句をいったけれども、無視だ。 伸ばされたアイスは熱気でぽたぽたと溶け、地面に薄いオレンジ色の後を残している。まるでそこだけ夕焼けがやってきたようだ。
少女は呆気にとられたように、夏目を見詰めた。 けれども麦わら帽子をぎゅ、と握りしめると、「いらない」とか細い声を残して、パタパタと逃げていく。「あ、逃げられた」と軽く夏目は呟き、少女が涼んでいたであろう場所へと、進んだ。大きな木が、まるでキノコの傘のように茂っていて、火照った肌に気持ちがいい。
「まったく。お人好しだな」 「ん? ああ、いいんだよ、あげようとしたのはニャンコ先生の分だから」 「なんだと!」 「あげてないんだからいいだろ」
そういう問題ではない、と叫ぶ先生に、彼は右手に持っていたアイスを渡し、少しの間黙って頂く事にした。唯でさえ暑苦しいのに、これ以上熱くなるような声を聞き続ける趣味は自分にはない。
溶けかけて、しゃくりともしないアイスを口の中に放り込むと、やっぱり甘い味がした。あの大きな麦わら帽子が、どこかで見た事がある気がするが、どうにも思い出せない。魚の骨が喉につっかえているような気持ちはほんの少しイライラする。
「夏目、これから見に行くか」 「何を」 「とやらの家をだよ」
別に私はさほど興味はないが、と区切る先生を見て、それだ、と夏目の頭の中で、豆電球が光ったようなイメージが流れた。
「さっきの子が、だ」 「何?」
アイスキャンデーをじっと見詰め、逃げてしまった少女。彼女の顔自体ははっきりと見てはいないが、あの大きな帽子は中々に記憶に残る。随分前の事だ、自分が住む藤原家の手前の家の門から、やはり大きな帽子をかぶって、出てきた少女がいた。
「なんだお前、今まで忘れていたのか」
まったくもって忘れていた。そのときは確かに妙な子どもだな、とは思ったけれど、特に印象には残っていない。呆れたような、猫の顔を見て、「まぁね」と誤魔化すようにアイスへとかぶりつく。口の中がほんの少し冷たくなった。
「おれを見て、お兄さんにおばけがついてるよって、あの子はいったんだよ」 「ほう、おばけか」 「すっかり忘れてた」
忘れるなよ、と聞こえた文句を耳からそらして、すっかりと食べ終わってしまった先生の木の棒を拾うと、その拍子か、夏目が持っていたアイスキャンデーは、べしゃりと地面にくっついてしまった。「あーあ」「食べていいか」「いいけど先生、」 ちょっとプライドないんじゃないか。
そんな夏目の言葉も聞かず、シャクシャクと先生が口の中へと氷を含む音しか聞こえなかった。
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2008.08.09
1000のお題 【921 飼い主は躾をしっかりと】
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