少女と愚痴話



「お前は何故あの子どもに関わるのだ」

ニャンコ先生の静かな声が、部屋に響く。窓へと垂らした風鈴が、ちりん、ちりんと涼やかな音を立て、机へと向かっていた夏目は、ふいと振りかえった。「なぜ?」


は、ほんの少し笑うようになった。いつの間にか藤原の家の食卓には、小さなが座りやすいようにと台が用意されており、塔子も、滋も、何とはいうことはないが、柔らかい空気を漂わせている。
藤原夫妻に子どもはいない。夏目は、もう子どもというには、窮屈な年齢だ。ぴったりと当てはまったパズルのピースのような空気に嫉妬するほど、また同じく夏目は子どもではない。むしろ喜ばしかった。

「夏目」とは、夏目の服の裾をつかむ。変わらないワンピースに麦わら帽子だが、秋になれば、どう変化するのだろうとそんなことを考える気持ちもある。冬になれば、春になれば、そしてまた。



「そう、何故だ」

にゃんこ先生はくるりと体をまるめた態勢のまま、夏目へと問いかけた。夏目へと問を重ねる声ではあるが、本人そこまで気にしている訳ではないらしく、くあー、と大きな欠伸をひとつ。

「関っちゃだめなのか?」
「いいやそうとはいっておらん。ただ不思議なだけさ」
「そうか不思議か」



そういいながら開かれた窓の奥へと目を寄せ、やんわりと映る闇色の向こう側にほんの一瞬、瞬くように小さな影が映りこんだ。
『こいつ嘘吐きなんだぜ』

脳裏に響く声は、未だに消えることはなく、甲高い子どもの声がくわんくわんと踊り狂う。変なことをいうんだ。変なやつなんだ。お化けが見えるっていうんだってさ。


そんな影はどこかへと、ぽっと消えうせるように、ぎょろりとした、大きなひとつ目が夏目の瞳の上へと滑りこんだ。
何度見ても慣れはしない光景に、ぱくぱくと口を開く夏目を気にした様子もなく、それは飄々と言い放つ。


「夏目殿、名前を返していただきたい」
「………もう遅いから、今度な」
「なま」
「じゃあな」


ぴしゃりとしめた窓の向こう側で、それはしょんぼりとしたように背を向け、高い屋根からするりと滑り落ちる。今でもよくわからない。自分は、この街へと来るまで、何が変わったのかは分からない。何も変わっていないのかもしれない。ただ、小さなきっかけが揃っていただけなのかも。



「…………本当に、なんでだろうな」

呟いた夏目のセリフに、ニャンコ先生は面倒くさげにまた欠伸をした。人間はようわからん。そう呟く招き猫だって、怪なのだ。招き猫のくせにと夏目は意地悪気に、彼のひっぽをひっつかんだ。「ひぎゃあ!」



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2009.01.21
1000のお題 【773 暁闇(あかときやみ・ぎょうあん)】