怪少女と告げ口
は夏目の、Yシャツを、ちょんとつかむように、後ろを歩く。そのまた後ろで、ニャンコ先生が短い足をてこてこと動かし、ふんふんとまるで猫のように、周りのにおいをかぎつけていた。
夏目はあまり家でごろごろすることは好きではない。正確にいえば、なんとなく気が引けるからだ。だからどうしても、休日なのだとしても足を伸ばしてしまうのだけれど、その後ろには大抵がつき、それよりもほんの少し低い確率でニャンコ先生がひっつている。一応ボディーガードだかららしい。
妙な組み合わせだ、と考えつつ、特に決めることのないルートを進んだ。熱い日差しは嫌いではない。暑いからねと渡された塔子の帽子が、夏目の影の先っちょを、ちょんと形作る。
大きな反射ミラーが、きらりと光る。まぶしいな、と覗きこんだそのとき、ミラーの中へと微かに映るその影に、夏目は大きく瞳を開けた。びくり、と震えた夏目の体に反応するように、夏目の服の裾を掴んでいたも、大きくとび跳ねる。
いつの間にやらぬっと覗きこむようにしていた、ずいぶん大きな体に、ぐるりと顔の真ん中についたひとつ目は昨夜の怪だ。名前を、と口を開くその前に、夏目はを覗きこみ、ニャンコ先生は面倒くさそうに、ぷいと遠くを見つめていた。
覗きこむ夏目の顔に、は不思議そうに首をかしげ、夏目は怪へと、「また今度」とパタパタと手のひらを振りながら、口をぱくぱくとさせた。今はがいる。ダメだ。
話が通じたのかどうなのか、後ずさるように後退する怪にほっとしている最中、「夏目」と、が呟いた。丸い瞳をきょときょととさせ、夏目は慌てたように少女の頭部を、優しくなでる。「なんでもない」
夏目の手のひらが、ぱたぱたと動くたびに、彼女の頭へとすっぽり収まった麦わら帽子も揺れたのだけれど、はどこか嬉しそうに、「うん」と頷く。歩こうとした、そのときだ。
「ワ!」
驚いたような青年の声は、丁度怪が去った方向からだ。夏目とと、ニャンコ先生はそちらへと視線を向ければ、ひょろりとした黒髪の男が、体を小さくさせ、慌てたように、こちらへと駆け抜けてくる最中だった。
「田沼?」
「夏目?」
顔色悪く振り返る男、田沼は、ほっとしたように、言葉を吐きだし、走るスピードを緩めた。夏目、ニャンコ先生、と視線を下しながら、(最後に少々不思議そうな顔をしたのだが) 「今」 と言葉を短く振りかえる。曲り角の奥へとずるずると続く、どちらかといえば、土の比率が多い道は、みんみんと蝉の音が繰り返し響いた。
そんな田沼へ、夏目は「大丈夫、悪いものじゃない」と首を振り、彼の背中越しを確認するように、少々体を伸ばす。追うように、ニャンコ先生も、「にゃおー」と頑張って猫らしき声をかけていた。
そうか、と短く息を吐きだした田沼を、はじっと見つめる。
いつも以上にむっつりとした表情で、夏目の服の裾を、皺がなるほどに掴み、じろりと田沼を睨んだ。田沼はどこか困ったような表情で、「この子は?」と夏目へと伺い、夏目は苦笑するように、を近所の子だ、と紹介しようとしたそのときだ。
「夏目、おばけいる」
しんとした静寂に、幾ばく間の後、田沼がぱちりと瞬きを繰り返した。「え?」
口元から漏らした声と視線に、は窺うように見上げ、「夏目」と彼の気をひくように、何度もシャツをつかんだ。
夏目は眉を八の字へと変え、田沼へと、「ごめん、また今度」と軽く手のひらを振り、の手を引く。小さな手を、ぎゅうと握り締めた。ニャンコ先生が、何もいうこともなく、後へと続く。
「ちゃん」
「なに、夏目」
ほんの少し嬉しそうに、は声を返し、反対に固い声のまま、夏目はの瞳を見ることもなく、足を動かした。アスファルトの地面の先に、一瞬ゆらりと空気がぶれる。まるで蜃気楼のようだ。
「あんまり、いわない方がいいよ」
ぽとりとこぼした夏目のセリフに、は首を傾げる。「なにを?」「おばけとか」「なんで?」「いわない方が、いいんだ」 握りしめる手のひらは、ほんの少しずつ強くなる。そのことへと気づき、やんわりと握りなおし、夏目はふと立ち止まり、の小さな背へと合わせるように屈み、窺うようにその瞳を見つめた。
「ちゃん、あんまり、ああいうことは、いわない方がいいよ」
「夏目は、がうそつきだと思ってるの」
「いや、」
「うそつきだと思ってるんだ」
小さな少女の声に、夏目はただ、困ったように微笑んだ。「落ち着いて」と彼女へと声を掛ける前に、は夏目の腕を振り切り、顔を真っ赤に上気させながらも、彼女はぐっと拳を握りしめ、「思ってるんだ!」
気の所為なのだろうか。強く吐きだした彼女の語尾へと合わさるように、みんみんみん、と大きく大合唱を繰り返す音が、広がる。耳の中へと、何度も何度も木霊する。
ぱくり、といいようのない言葉を露わすように、は何度も唇を噛みしめ、ぶるりと首を振った。体をびちりと硬くさせ、大きく、言葉を吐きだした。
「夏目なんて、だいっきらいだ!」
嫌われたな、とくつくつと笑う猫の声に、そうみたいだ、と夏目は僅かに肩を落とした。
走り去る少女の白いワンピースが、パタパタと、瞳へと小さく映る。
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2009.01.22
1000のお題 【206 嘘八百】