俺の夏は終わった。


名前を知らない女の子が、気になってしまいました 2




試合に負けると即終了。そんなシンプルな試合は、とうとう幕を閉じた。自分的にいうとよく出来た方だったと思うし、ボロボロと俺たちの目から零れた水とか、くさい言い方をするならばグラウンドにまき散らされた汗とか(これじゃ臭い意味だろ)に、日本人的な発言で、水にっつーか、水分に流された、といっていいんじゃないだろうか。

ただ、お疲れ様でした。と頭を下げて、たった一日。どこかぼけっとする自分自身を、誰が責められる(や、俺受験生だしな)(でも別に、無視して偏差値高いトコ行く訳じゃねぇし)(部活、何はいるかな)
グラウンドで聞こえる声がしない。花井花井、キャプテンキャプテン。忙しなく聞こえた声が、今じゃただのミーンミーン。どこかあつっくるしいってトコは同じだけど。
(だよなぁ、セミの、季節だよな)

夏は終わったけど、終わってないのか。複雑だ、と思ってるのは、俺一人なんだろうか(今頃、チームメイトのやつら、何してんだろ)

俺は特に何もする事もなく、道を歩いていた。図書室でもいって勉強をした方がいいんだろうかとか思いながら、チリチリ当たる日差しの中で、ガリガリ首の後ろあたりをひっかく(……髪、伸ばそうかな)


そんな風に、ぼけっとしていたのがいけなかったのだ。公園近くにある曲がり角で、小さな衝撃と「ふえ?」って声が聞こえる。思わず反射的に伸ばした手は、小さな小さな女の子の細い腕を掴んだのだ。………白いな(じゃ、なくて)
思わずおれてしまいそうな腕をぎゅ、と掴みすぎないように、ゆっくりと地面におろした。高い位置でくくった髪の毛が、ふわっと揺れる。

ポニーテール、っていうんだったか? と思いながら、随分小さな女の子を見た。多分年下だ。その子が持つ、スーパーの袋が、妙に、うん。ぶかっこうだ(…………おつかい?)

「あー、わるい、だいじょうぶ         !」
(な、泣いてる!)

ちらりとこっちを見た顔は、ぱっちりとした目が、俺が可愛らしいと認識するまえに、一瞬意識がぶっとびそうになった。ぽろっと、長いまつげの間から流れる滴が、あくびをしたから出てしまったなんてもんじゃないことぐらい分かってる。ああ俺この夏泣かして泣いてばっかだ。つかどうしようああああちょもう俺どうしたらいいのかおい大丈夫ですかっていうか年下泣かすって俺もう「あ、全然大丈夫です。ごめんなさい、私がよそ見してた所為で」 どこをどう見たらそういえるんだよ!

俺は微妙にテンパったあげく、なんていうかもうどうすればいいか分からなかった。お前どこが大丈夫なんだよだって「泣いてる、じゃん!」 ちょっと何さけんでんの俺!


その子をじっと見て(いや正確に言うと俺が固まってしまって)、その子も俺をじっと見る。……なんだよっていうかすみません。
俺にまっすぐ視線をのばしたまんまで(……なんか行動かわいいよなこの子)、その子自身の頬へと、真っ白くて、小さな手をすっと伸ばした。その細い指を伝って、ぽとり。やっぱ泣いてる。
どうすればいいか分からなかったけど、ポケットの中に出かけるときはとつっこんでいる青のストライプがはいったハンカチを取り出して、その涙がつたったラインが、きらっと光るのが、妙に情けない気分になりそうで、その子の頬を、できるだけ、やさしく、ふいた(つもりだ)

その子が一瞬、ただでさえでかい目を、もっとでかく、開いたとき、あ、俺やっちまった、と思った。ひかれてる。これ完全ひかれてる「あ、あの、ホント、大丈夫ですから」 ……ほらな!
でもここまで来たら俺は退かない。寧ろ退けない。意を決して、

「大丈夫じゃねぇーって」
ほら、切れてるかもしんないし、丁度となりに公園あるし!

水飲み場があったはずだから、そこら辺で傷口かなんかを洗えばいい。そう思って伸ばそうとした俺の腕は、見事にからぶった。「だいじょうぶだもん!」と叫ばれて、ばしこんと手を弾き落とされた。(ああ……やっちまった)
俺はどうにも、構い過ぎるけがあるらしい。さっきも妹に接するような態度でずかずかと不用意だったと思う。直そう直そうと思うのに、どうしても直らない俺の癖は、とうとうこんな見知らぬ女の子にまで影響を及ぼしてしまったらしい。

真面目に、情けなくなった。なによりも情けないのは、腕を振り払われた俺よりも、振り払ったこの子の方が「ああやっちゃった!」って表情をしているからなのだ。
さっき俺とぶつかったときよりも痛そうな表情に、俺がこの子にそれをさせていると考えたら、マジで情けなくなった。

俺、さっさとどっかに行った方がいいかもしんない(でもこんなトコで女の子一人おいとく度胸はない)
本当に、どうしようか。正直俺は八方ふさがりだった。


けれどもそのとき、「やっちまった!」な表情の女の子が、ただでさえ八の時だった眉毛を、もとぐにゃりと歪ませた。絞り出したように「……ごめんなさい」と俺をじーっと見つめて来たもんだから、たまったもんじゃない。
パクパクとその子は、何度か口を開けたり閉めたりして、ぎゅ、と肩に力を入れて、俺を見た。

「家族の夕ご飯作らなきゃダメなんで、早く帰らないと、ダメなんです」

がさり、とその子の手に持つスーパーの袋がゆれた。
(……ちがうそんな訳ない)
だってこの子は、本当に俺の事をいやがってた。

けれどもそんな事を言う、この子は、

(…………優しい、子なんだな)
「そうなのか。偉いな、家族思いなんだな」


するりと俺の手から流れた真っ黒な髪の毛が、妙に気持ちよかった。よしよし、となんども撫でる手が、暖かくなった(……髪の毛?)
……ヤバイ、俺自分で自分におどろく。なんか今、ナチュラルにこの子の頭を撫でている自分に、マジで驚く(ひかれた、これ絶対、ひかれた)

もう取り返しの付かない俺は、よしよしと何度も撫でさせてもらった。
すると気のせいか、その子はネコのように、気持ちよさそうに目を細めてとろんとした顔をする。(俺の気のせいだろうか)
ほんの少しの間の後に、小さく、ありがとうございます、と聞こえた。(……なんで?)


ゆっくりと、その子は、俺を、その真っ直ぐな目で見て、

「…………だいすき、なんです」

一瞬、本気でドキンとした。(俺が言われてるんじゃない事ぐらい分かってるって)なんかその家族が、本気で羨ましいと思った。
少し頬がピンクになって、口元をゆるませたこの子が、可愛いと思った。


俺も、どうしたらいいか分からなくなって、よしよしと撫でる手を止める事もできないで。「そっか」と味気ない返事を返した後に、もっと気の利いた事を言えば良かったとほんの少し後悔して。

けれども小さく小さく、それでも微笑んだその子が、無茶苦茶、かわいいと思った。






  


2007.10.30