「なぁ、ちょっとマネジ手伝わね?」



 バスの中でちょっと




雑誌をじっと見詰めながらいきなり背後の悠くんにそういわれたとき、「へ」とマヌケな声で返事してしまった。マネジ。桐青の事だろうか、と考えても、悠くんは今年西浦に入ったばっかりだ。そういえば、今度合宿に行くから準備しなきゃあ、とか家の中で大声で宣言していたような気がする。

「マネジ?」
「マネジー」
「なんの?」
「合宿」
「ん?」

何だか妙にかみ合わないなぁ、と考えながら、ゆっくりと立ち上がって、視線を合わせながら、もう一度悠くんに訊いてみた。「どこの、高校の、合宿の、マネージャー?」

にしうら! とにっかり笑った表情を見た後で、まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。





ガタン、ガタン、と揺れるバスの隣は、美人な女の人だ。それが監督さんなのだから、世の中広いなぁ、と硬めの座席にもたれかかりながら、うとうとと考える。(………や、せまい、かも)
ずるずると引きずられる形で、悠くんの後ろをついて行ったグラウンドには、一人の男の人がいた。
いや、そりゃあ他の部員さんとかたくさんいた訳だけれども、問題は、一人なのであって、

(うわ、う、う、うわ、ううう)

頭の中でぐるぐると渦巻く奇天烈な感情に思わず口元が、にやにやとしてしまいそうになる。なんたって、ずっとずっと片想いをしていた彼が、今、同じバスに乗っているのだ。「こんにちは」とたった一言だけしか話せなかったけれど、同じ場所にいるんだ。背筋をぴんと伸ばせば、ちょこんと見える青いタオルに、うう、とまた喉の奥で変な声を出しそうになる。


「………あら、酔った?」

隣に座る、監督さん(モモカン、と悠くんは呼んでた)が、腰をほんの少し腰を屈めながら、私の顔をのぞいた。「へ、あ、ちがいます」
さらりと揺れる、綺麗な黒髪にどきりとして、格好いいなぁ、とちょっとほわわんとしてしまう。そういえば、同じマネージャーの先輩も、とっても可愛らしかったんだけれど、ちゃんと仲良くできるだろうか。

「あ、あの、監督さん」
「なぁに?」

ふいに頭に浮かんだ疑問を、訊こうとして、名前を呼んだはいいけれど、うまく言葉がまとまらない。えと、えと、と何回か口の中をもごもごさせてしまった後に、「いいんでしょうか」とその言葉だけはしっかりと形になった。
なにが? と彼女は首を傾げて、頭の中を、もう一回落ち着ける。

「私、西浦の生徒じゃないんですけれど、合宿に参加させてもらって、いいんでしょうか」

それは、結構前から考えていた事なのだ。グラウンドで、あの人に会って、一瞬でぶっとんでしまったけれど、そもそも他校の敷地に入る事だって、もの凄く、勇気のいる事だった。悠くんが一緒じゃないと、とても出来そうにない。

監督さんの返事を待っているうちに、しょぼしょぼと視界が下がってしまって、黒い前髪が、顔の前を覆った。バスの中で元気に騒ぐ声は、きっと悠くんだ。


ちゃんは、あ、ちゃんでいいかな」
「あ、はい」

確認するような監督さんの言葉に、思わずぴょこんっ、と勢いよく顔を上げた。
にっかりと微笑んだ口元が、とても印象的だ。

ちゃんは、うちに派遣された他校のスパイだったりするんだ」
「え」
「それで、ご飯に毒を盛ったり、三橋くんの腕を折っちゃったり、」
「え、ええ!」
「しないでしょ」
「しないです!」


だったらいいのよ。とぽん、と乗せられた手のひらは、女性なのに、私のものよりも、とっても大きくて、ほんの少し安心した。「マネージャーガンバってね」
という言葉に、はい、と頷いて、とっても頑張ろう、もの凄く頑張ろう、とうんうん何度も心の中で宣言して、それで(………ちょっとだけ、あの人と、お話できたらいいなぁ)
ほんのちょっとでいいから。と、緩く瞳を閉じた。






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もうちょこっと続きます
2008.08.26