バスから降りながら、隣の女の子を眺めてみた。


 お掃除します



ふわふわとした髪質の彼女は、この合宿の間、一緒にマネージャーをするお仲間さんだ。かわいい女の子だなぁ、と各自の荷物を手で持ちながら、隣を見詰める。
仲良くできたら、それが一番いいんだろうけれど、私はどうすればいいんだろうか。そもそもこの人は、私よりも一つ年上だ。先輩、といったほうがいいのかな、それとも、さん付け?
ええっと、ううんと、と唸っている隣で、女の子の目線がくるりと交わった。お互い暫く見つめ合いながら、へらりと笑う。いい人だぁ、と心の中が、ちょっと安心した。

「あのね、私、篠岡千代っていうの、えっと、田島くんの妹さんだったよね」
「は、はい! 田島です。あの、って呼んで貰えれば」
「うん、ちゃん。私、千代でいーよ!」

暗い合宿所への道が、ぱっ、と明るくなったようで、とってもとっても、嬉しかった。
「はい、千代さん!」



着いた合宿所は、びっくりするくらい、おどろおどろとしている、というのが第一印象だ。木で出来た古めかしい建物というだけでもほんの少し後ずさりしてしまうのに、その周りにはこれでもかと木々が生い茂り、「ひくっ」と喉の奥から変な声が出てきそうだった。
耳の端っこで聞こえる、「雰囲気あるなあ」と呟いた、ちょこっと軽そうな男の人の言葉に、うんと頷く。

取りあえず掃除だと、千代さんと一緒に、ぐっと腕まくりをして、廊下の埃をホウキで集める。面白いくらい集まるチリににやにやしてしまうと、「こっちは一人でもだいじょうぶだよー」と千代さんに声をかけられて、それじゃあ部屋の中でも、と足を踏み入れた。
ガヤガヤ聞こえる声と、開けっ放しにされた押し入れから少しだけ布団がはみ出ている。誰かが移動させようとしたんだろうか。よいしょ、と布団と布団の間に手を伸ばし差し込むと、顔が白いふかふかの部分につっこんでしまった。少しほこりっぽい。

「お、おい大丈夫か」
「え、はいー」

聞こえた男の人の声に返事をすると、男の人は私の脇から布団を取り上げて、何度か体をゆさぶりながら固定する「あ、ありがとうございます」と笑いながら振り向くと、野球部員おそろいのようなアンダーシャツが見えて、そのままそろそろと顔を上げると、見覚えのある真っ白いタオルを頭でくくった、「うあああああ!」

と、叫んでしまいそうになったところを、ぐ、と唇を噛みしめて我慢した。あの人だった。
何をどういったらいいのか分からなくて、彼がのそのそと足を移動させ、ベランダへと移動する姿を見て、はっとして、また一つ、私は布団を取り出し彼に続いた。
ふらふらする足を叱咤して、そろそろと彼の隣へと布団を並べて干す。

お互い無言で布団を並べて、押し入れへと移動しながら、また干した。
(………話しかけ、たい)

今日はいい天気ですよね! だけでもいい。もの凄く、話したい。ぱくぱくと口だけ動くのに、喉はすっかり乾いてしまっていて、肝心の言葉が、ちっとも出なかった。綺麗に並べよう、と手のひらで軽く布団を叩きながら、彼を視線の端で見詰めた。

「あの、」
「はいっ」

盗み見ているのがばれちゃったのか! とビックリして布団へと視線を移動させる。ぱんぱんぱん。誤魔化すように叩く手のひらは、少し痛い。「な、なんでしょう」
声がひっくりかえっていないだろうか。もの凄く恐い。彼から何をいわれるんだろう、とビクビクしながら顔をゆっくりと向けると、なにやらいいづらそうに口をぐねりとひねり、首を横へと背けた。思わずなぞるように彼を同じ行動をすると、てんてんてん、と妙な間が流れる。

「あ、あの?」
「え、いや、あ、そう、布団たたき、場所、知ってる?」
「し、しらないです、ごめんなさい」
「いや、うん、そう」
「………あの、」
「うん、なに」
「………なんでも、ない、です」
「………そ、そっか」

唾を、飲み込んだ。
苦しい。少し苦しい。もっとすらすら言葉を話せたらいいのに、何かにつっかえているようで、嬉しいのに、会えるだけでとってもとっても嬉しいのに、どこか寂しい気持ちになった(いや、うん、ダメでしょ)
私は、悠くんの、西浦のマネージャーとして来てるのであって、こんな風におどおどするだけで時間を潰しちゃダメなんだ。うん、そう。

私は力強く頷いて、「じゃあ、先生に訊いてきますね!」と飛びだそうとした。くるりと背中へと振り返る寸前に、彼は「あ!」と大きな声を立てて、驚くように、私もまた振り返る。
少し頬を赤くさせて、口元をへの字のようにさせている彼は、叫んだ。

「お、俺、花井だから!」

ぽかん、と口を開けてしまいそうだったけれど、よくよく考えれば、私はこの人の名前も、何も知らなかった。ただただ、悠くんと同じ学校で、同じ学年で、同じ野球部だって事しか知らなかった。
じわじわと恥ずかしさと一緒に、なんだか形容しがたいような嬉しいような、飛び跳ねるような気持ちが溢れてきて、「わ、私、田島です!」

うん、田島さん、と花井さんは声にだして、私は急いで振り返った。そのまま、志賀先生の元へと、一目散に駆け抜けて、思わず口から溢れてしまいそうな、ううう、と嬉しいようなうめき声を、ぐ、と手の甲で押さえて。
やった、とぐっと手のひらを握って、ちょっと泣きそうになった。
もちろん、悲しくてなんかじゃなくて。

たたたか私の飛び跳ねる音が、リズミカルに耳元で囁いた。





TOP

2008.09.28

続きに花井視点