第22話  自転車高速フル回転?





「恭弥くんが大きくなってから、結構時間が経ったよなあ」

相変わらずのお弁当のおにぎりを作りながら、「うん?」と私は首を傾げた。気がついたら、恭弥くんのお弁当業にも慣れてしまった。初めは、好きだけど、気になるけど、怖い怖いと震えていて、その次は、別にそんなに怖くもないんじゃないかな、と気づいてきた。恭弥くんは何も言わない。私がお弁当を作らなくなった理由も、ちょっとだけ距離を置いていたことに関しても、なんにもいわない。

(知らなかった)
中学生の私が、大きくなった恭弥くんにお弁当を作っているだなんて、知らなかったのだ。
ぎゅ、ぎゅ、とおにぎりを握った。
頭を落として、揺れる前髪を見つめた。
(別に、こわごわする必要なんてない気がする)

ときどき、私は恭弥くんに距離をおいていると思う。別にそれは、恐怖の委員長だからとか、そういう理由ではなくって、私が知らない私を恭弥くんが知っていて、その私と恭弥くんがどんな関係だったか、それを知らないことが怖いのだ。
目を瞑ってみた。
(でもなあ)


でもなあ、とお弁当を作っている間、ずっと考えてみた。それから、朝恭弥くんにお弁当を渡して、バイクの恭弥くんを見送って、自分は自転車で学校に向かった。相変わらず授業中に舌をかんでしまう沢田の背中と、微妙な連携プレーで場をごまかそうとする獄寺コンビの背中を見つめて、くるくると手の中でシャープペンシルを回した。
「よし」

かりこり、と手元の問題用紙に、答えを書き込んだ。







「恭弥先輩、一緒にかえりませんか!」

相変わらずゴツい体で学ランを着る方々の間をひいひい頭を下げて通りぬけ、恭弥くんがいる応接室にてお邪魔をさせて頂いた。頼れる兄貴な草壁さんの気迫で作る不良(風紀委員)のアーチ(お出迎え)を通りぬけやってきた現在の私には、勇気がリンリン溢れまくって誰でもかんでもお顔を分け与えてあげたいような気分である。嘘だちょっとちびるかと思った。

私の唐突な主張にて、恭弥くんはぱちくりと瞬いた。その顔はちょっとかわいかった。でも彼が片手に持つお弁当箱を見て、いやこれあきらかに私が空弁当を取りに来たって勘違いしてるんですけど! と微妙に涙が出そうになった。拳をぎゅっと握って、ブルスコ口元をひくつかせながら待った。とりあえず待った。現在進行形で待った。


「いいけど」
「えっ」
「僕、バイクできみは自転車じゃなかったっけ?」

頑張って僕の後ろを自転車でこぐの? と問いかけられたセリフに、その状況を想像して、ギャグですね! と一人で脳内ツッコミをいれてみた。白目になりそうだ。「あ、そうでしたね、わすれ……うん、わすれて、まし、た……」 ちょっと自分にはバイクに追いつく体力も根性もないので、奮い立たせた勇気をしょんぼりさせて、恭弥くんからそっと頭の上にのせられたお弁当を受け取り、そそくさと応接室から出ようとした。そのときだった。全然関係ないけどなんで恭弥くんは私の頭にものを置こうとするのだろうか。

「待って」
「はい?」
「明日ならいいでしょ。朝、君は徒歩で。僕もそれで」

早めに出れば問題ない、とこっちを見ずに呟かれた言葉をきいて、ぱあっと嬉しくなった。「うん! うん! 一緒に行こう!」 行こうね! とお弁当箱を振り回したあとに、うるさかっただろうか、とちょっと恥ずかしくなった。けれどもほんの少しだけ口元が緩んでいた恭弥くんを見て、ガタガタッとちょっとだけ焦った。ビックリしてもう一回見てみたら、なんてことのない表情で何やら資料を見つめていた。
(き、きのせい?)

気のせいかもしれない。でも嬉しいなあ、と私はえへえへドアをくぐった。
なんでこんなに嬉しいと思うのか。うっすらと気づいているような、気づいていないような、ちょっとよくわからない。





って、雲雀と付き合ってんの?」

次の日、問いかけられたセリフは山本からだ。ちょっと前に、獄寺に同じことをきかれた。
私は何度か瞬きを繰り返して、口元をへにょつかせた。それから、ちょっとだけ小さくなった。ちがうよ、と前みたいに笑えなくって、赤面した顔を両手で覆った。山本は、なんだか静かだった。それから何度か、大きな手のひらで、私の頭を撫でた。




  

2013/01/22